相模原(読み)さがみはら

百科事典マイペディア「相模原」の解説

相模原【さがみはら】

神奈川中部,相模川境川の間にある洪積台地標高140〜30m。砂礫(されき)層と関東ローム層からなり,地下水面が低いので水利が悪く,開発は遅れ,明治以後の開拓地も多い。畑作が主で,近年灌漑(かんがい)が進んだが,最近は相模原市,厚木市,海老名市などを中心に住宅や工場が急増している。
→関連項目綾瀬[市]神奈川[県]

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精選版 日本国語大辞典「相模原」の解説

さがみはら【相模原】

[一] 神奈川県北部の地名。相模原台地の北部を占め、東京都に隣接する。昭和一二年(一九三七)以降、軍都として発展。第二次世界大戦後は工業団地、住宅団地がつくられた。昭和二九年(一九五四)市制。
[二] 神奈川県中央部の台地。相模川と境川との間にひろがる。相模原、座間などの都市がある。古墳・遺跡が多い。

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デジタル大辞泉「相模原」の解説

さがみはら【相模原】

神奈川県北部の市。昭和15年(1940)ごろから陸軍の軍用地として都市化し、工業団地・住宅地として発達。昭和29年(1954)市制施行。平成18年(2006)に津久井町・相模湖町を、翌年に城山町・藤野町を編入。平成22年(2010)指定都市となる。人口71.8万(2010)。
[補説]相模原市の3区
中央区緑区南区

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世界大百科事典 第2版「相模原」の解説

さがみはら【相模原】

神奈川県の中央北部にあり,相模川と多摩丘陵に挟まれたほぼ長三角形の洪積台地相模原台地ともいう。北西端から南端まで約40km,端部では東西約8km,標高は北部で130~160m,南部で30~40mである。南端部は一段と高い高座(こうざ)・座間(ざま)丘陵に続く。相模原は相模川による河岸段丘で,相模川とほぼ並行し,〈はけ〉とよばれる二つの段丘崖によって三分される。最上位は最も広い相模原面で,北東端が標高160mと高く,南へしだいに低くなる。

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世界大百科事典内の相模原の言及

【神奈川[県]】より

…その前山である大山は,山頂に阿夫利神社がまつられ,雨乞いの神として多くの農民の信仰を集めてきた。県央部には相模川を挟んで,中流部に相模原中津原の台地,下流部には低地が開け,相模湾岸は砂丘地となっている。相模川は,1887年に完成した日本最初の洋式水道である横浜水道以来,県民の都市用水,工業および農業用水の重要な役割を果たし,水系には相模湖(1947),津久井湖(1965)も造成された。…

※「相模原」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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