形式的な意味では,商法典の第4編〈海商〉の諸規定をいうが,実質的な意味では,企業法としての商法の体系に属する海上企業についての法規の総体をいう。しかし,海商法の規定は,船舶法(35条)によって,企業とは直接関係のないすべての航海船に準用されるので,その意味で商法そのものの商行為中心主義は破綻を生じている。また,船舶の航行に伴って生ずるあらゆる法律関係に関連のある公法,私法,国際法などの法規の全体を〈海法maritime law〉と呼ぶこともある。これらの法規には船舶法,船舶職員法,船舶安全法,海上衝突予防法,港則法,水先法,海難審判法,船員法,商法,国際海上物品運送法,〈船舶の所有者等の責任の制限に関する法律〉(船主責任制限法,船主有限責任法と略称),油濁損害賠償保障法,〈海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律〉(海洋汚染防止法と略称),〈海洋法に関する国際連合条約〉(国連海洋法条約と略称)などのほか,数多くのものがある。しかし,これらの法のすべてを統一する学問的な理念を欠くので,理論的に独立した〈海法〉という法領域は存在しないという考え方が一般的である。
なお,保険や会社など,商法上の制度は,古い時代に冒険貸借やコンメンダなどの海上企業において行われていたものから発展してきたことを考えると,商法自体,海商法から発達したともいえる。
古い時代においては,道路は未開で輸送手段も未発達のうえ,盗賊に襲われる危険も多い陸上交通よりも,海上の交通のほうがむしろ安全で,大量の積荷を運ぶことができたから,海上航行を規制する法が早くから発展してきた。ヨーロッパの古代において,すでに,地中海沿岸諸国およびその植民地間に世界的な慣習法としての海商法が存在していたとされている。ロード海法lex Rhodia de iactu(前300ころ編纂)が有名である。現在の海商法のなかに存在する投荷という共同海損行為に関する定めが,すでにこの時代に存在していたのである。その後,中世になると海商法は,海運業の発達とともに,海港都市を中心として発展し,当時の慣習法や判例法を収録したものがみられる。フランスのオレロン島における海事裁判所の判決を集めたものとされるオレロン海法Rôles d'Oléron(11~12世紀ころ),また当時の地中海沿岸地方に行われていた慣習法の集成で,バルセロナの海事裁判所における判例を編纂したコンソラート・デル・マーレ(13世紀ころ),そして,ハンザ同盟の海事慣習法を編纂したウィスビー海法Wisbysches Seerecht(15世紀)は,中世の三大海法と称されている。ついで近世になり,中央集権的な国家が成立すると,各国は法典の編纂を行い,まず,1681年にはルイ14世の海事勅令が最初の統一的・自足的な海事法典として制定された。これは,5編713条からなり公法・私法にわたる大法典である。その後,1807年のナポレオンの商法典は,海事に関する私法規定のみを一括して商法典のなかに収めるという形式をとった。そして,71年のドイツ旧商法もこの形式によっている。また,イギリスでは,1854年に商船法が制定された。このように,海商法は,沿革的には,世界的な慣習法として発達してきたため,統一的な内容を有していた。ところが,近世の法典編纂期には,各国が独自の海商法を制定するに至り,その統一性が失われた。しかし,19世紀末ころから,世界的な海運取引活動が盛んになるにつれて,海商法の統一が要請され,今日までに,多くの国際的な海事条約が成立している。日本にも,廻船式目(1223)や海路諸法度(1592)など,古い海事法令は存在したが,現行の海商法は明治以後,西欧の制度を摂取したので,直接,これらとの関係はない。
商法第4編〈海商〉には,海上企業の物的組織(船舶),人的組織(船舶所有者,船長など),海上企業活動(海上物品運送,海上旅客運送),海上危険に対する対応策(共同海損,船舶衝突,海難救助,保険)に関する規定がある。そのほか,国際海上物品運送法(1957公布),船主有限責任法(1975公布)などの特別法,〈船舶衝突に付ての規定の統一に関する条約〉(船舶衝突条約と略称。1910締結),海難救助条約(1910締結)などの条約,そして,共同海損についての国際的な約款であるヨーク・アントワープ規則などのほか,海事慣習法,海事判例法などが,現在における海商法の重要な法源である。
→海損
執筆者:佐藤 幸夫
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実質的意義においては、海上企業を規律の対象とする私法規定の総体をいい、形式的意義では、現行商法典の第3編「海商」のなかに規定されている法をさす。単に海法ともいう。海商法の中心をなすものは、海上企業活動に属する海上運送に関する規定である。したがって、海商法は「海上運送に関する法」といっても過言ではない。しかし、海商法には、海上運送に関する規定のほかに、海上企業を遂行するために必要な人的・物的組織に関する規定、すなわち、企業主体としての船舶所有者・賃借人・共有者および企業補助者としての船長、物的組織に関する船舶、船舶金融に関する船舶先取(さきどり)特権・船舶抵当権などの規定や、海上企業の危険性に対する法的対策の制度として、共同海損、海難救助、船舶の衝突、海上保険に関する規定を置いている。
海商法は、航海に伴って生ずる事項を規律の対象としているところから、非常に古くから発達し、商法の起源ともなっているが、商法のほかの部門とは異なる独自の存在を保ちつつ発達してきた。航海は、海という共通の舞台と、船舶という唯一の物的手段によって行われ、また、海上企業は多く国際的な関係を背景に展開されるために、これを規律する海商法は国際的に統一される傾向が強い。その成果は、船主責任制限条約(1957、1976)、同改正議定書(1996)、船荷証券条約(1924)、同改正議定書(1968、1979)、国連海上物品運送条約(ハンブルク・ルール、1978)、ヨーク・アントワープ規則(1974、2004)、油濁損害民事責任条約(1969)など、枚挙にいとまがない。
[戸田修三]
『落合誠一著『商法研究1 運送責任の基礎理論』(1979・弘文堂)』▽『戸田修三著『海商法』新訂第5版(1990・文真堂)』▽『中村真澄著『海商法』(1990・成文堂)』▽『戸田修三・中村真澄編『注解 国際海上物品運送法』(1997・青林書院)』▽『落合誠一・江頭憲治郎編『海法大系――日本海法会創立百周年祝賀』(2003・商事法務)』
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