緑茶を使って炊いた飯。東大寺,興福寺の僧坊に始まるといい,奈良茶飯,奈良茶粥,略して奈良茶とも呼ばれた。《本朝食鑑》(1697)は良質の煎茶の初煎,二煎をとり,塩を少し加えて飯を炊くとしている。いった大豆や焼栗を加え,食べるときあらためて茶をかけることも多かった。江戸では明暦の大火(1657)後,浅草待乳山(まつちやま)聖天宮門前の茶店が豆腐汁,煮しめ,煮豆などを添えてこれを売り出し,まだ飲食店の珍しい時代であったため,江戸中から人々がこの奈良茶を食べにいったという。その後,各地各所に奈良茶を称する店ができたが,やがてしょうゆ,酒などで味つけするようになった。〈おでん茶飯〉という茶飯がこれで,桜飯,きがら茶飯とも呼ぶ。幕末近くの江戸では夜ふけの町を流し歩く茶飯売があった。茶飯とあん掛け豆腐を売ると《守貞漫稿》は記している。
執筆者:鈴木 晋一
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元来は茶の煎(せん)じ汁で炊いた飯で、茶粥(ちゃがゆ)から転じたものである。とくに江戸時代には奈良茶飯の名で全国的につくられていた。江戸時代の『料理調法集』には、「極上の煎茶を煎じ、出し殻(がら)を去り塩少々を加え、右にて上白米をふっくりと飯に炊く」とあるが、のちに桜(さくら)茶飯と称し、茶の煎じ汁、塩、しょうゆ、酒を加えて炊き込むやり方が一般に行われていた。現在の茶飯は、茶の煎じ汁は用いず、しょうゆと酒またはみりんを加えて炊く。その相手にはおでんがよくあうとされ、おでん茶飯の看板が以前はよくみられた。東京では明治・大正のころ黄枯(きがら)茶飯といっていた。これは、しょうゆと酒を加えて炊き上げたもので、いまの茶飯である。
[多田鉄之助]
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…関西でかやく飯と呼ぶのは,ゴボウ,ニンジン,シイタケ,油揚げなどの具を加薬(かやく)(薬味)として炊き込み,あるいは混ぜたものをいうが,この〈かやく〉ももともとは助けるものの意味の〈加役〉で,増量材の意ともされる。江戸時代,東海道目川(めがわ)宿(現,滋賀県栗太郡栗東町)の名物として知られた菜飯は,カブやダイコンの葉をゆでて刻み,塩味をつけて飯に混ぜたもので,奈良茶と呼ばれた茶飯とともに広く普及したものであった。たけのこ飯,クリ飯,マツタケ飯,五目飯,あるいは芳飯(ほうはん)なども,すべてこうした変り飯である。…
※「茶飯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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