出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
かつての日本でいろりやかまどで燃やす薪はその多くを柴山などとよばれる入会(いりあい)山,共有林,屋敷林などから得てきたが,薪不足の家では〈そだ売り〉などの薪の行商から買い求めた。京都大原女(おはらめ)の薪売は頭上運搬でも有名であり,また大分県の吉四六話(きつちよむばなし)のなかには薪売をだます話もある。
薪のなかでも火力の強い松は,刀鍛冶や陶業に必須のため,こうした地帯ではとくにアカマツが伐採され,はげ山が現れることもあった。薪には大木を割った〈まき〉と,小木の枝や葉を含めた柴や〈そだ〉がある。竹など音のするものなど,いろりで燃してはならない木が各地で伝えられている。これにはいろりを神聖視する信仰のほかに,灰をとるという実用的な意味もあった。灰は山村では栃の実などのあく抜きのほか,セッケンの代用などさまざまに使われた。またまたぎなど狩猟者の間にはどんな悪天候下でも,ハイマツの薪などを使って発火する方法が伝わっている。
火に呪力を認めていた時代には,薪にも同様な力があると信じられていた。大晦日の晩,いろりで燃やす火をとくに〈年取りの火〉などとよび,このときにたく薪をショウガツギ(正月木),セチホダ,ヨツギホダ,トギなどといって暮に山からきって用意しておく。年の更新にあたって,いろりの火をとくに絶やさぬようにする風もあり,この薪や火種の管理には家の主婦があたった。夜ごと,オキに灰をかぶせて何代にもわたって火種を絶やさぬ村や家も各地にある。また,正月の初山入りに男が山に行って柴をとってくる風も各地にある。薪に着火するにはコッパややにの多い肥松(こえまつ)が使われたが,後には杉やヒノキの薄片の端に硫黄(いおう)をつけた〈付木(つけぎ)〉が出まわった。付木は先ににおいの強い硫黄がついているので縁起物や魔よけとされ,マッチが普及してからも贈答に使われた。また,修験者がたく護摩(ごま)木は,この火によってすべての罪障を焼きはらい,不動明王と一体化するなどといった象徴的な意味があり,これには土地ごとにカツギ(勝木)と称されている木が選ばれている。宮中での御竈木(みかまぎ)(御薪)の風習をはじめ,正月の神祭用の薪である年木(鬼木(おにぎ)や幸木(さいわいぎ)などともよばれる),竜宮の水神に薪を与えるモティーフをもつ〈竜宮童子〉の昔話などからも,薪が単なる燃料ではなかったことがわかる。
→燃料
執筆者:佐野 賢治
木質燃料の慣用的な呼名。樹木より作った燃料のうち,炭化,ガス化などが行われていないものを総称する。とくに大木を割ったものを,〈しば〉や〈そだ〉との対比で狭義に〈まき〉と呼ぶこともある。樹木を切って乾かしただけで使用するまきは,人間が火を使い始めたときからの燃料である。
堅(かた)(ナラ類,カシ類,クヌギ),雑(その他の広葉樹),松(針葉樹),製材まきに区分され,束(そく)(長さ50cm×周囲70cm),棚(幅60cm×高さ150cm×長さ300cm)を単位として取引された。水分が多いこと,かさばること,比重が軽いなどの欠点があるが,1960年代まで地方都市,農山村の主燃料であった。発熱量は乾いた物で針葉樹4800kcal/kg,広葉樹4500kcal/kg前後である。まきには,材木を切って乾かしただけではなく,若干加工したものもある。例えば,薫薪(くんしん)は原木の水分をいぶしながら蒸発させ一部熱分解したもので,表面は褐色になり,樹木を切っただけのものより耐水性と保存性がよい。薫薪はとくにガス化用に適する。また,粉体となった木質を成形してつくったまきもある。日本のオガライト(商品名)はその代表的な例で,のこくずを主原料とし,チップくず,樹皮などの木材工業残廃材を加圧,加熱成形したものである。製品は角形,丸形で直径5~7cm,中心に1cmの穴がある。長さは35cm内外。比重は1.1~1.2,高発熱量4900kcal/kg,低発熱量4500kcal/kgである。棒状ではなくペレットタイプ(径7mm,長さ14mm)に成形したものもあり,自動化した木質燃焼器具の燃料として好まれている。
→薪(たきぎ)
執筆者:杉浦 銀治+善本 知孝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
「たきぎ」ともいう。燃料とする木材で、幹や枝の材を適宜の大きさに切り割って、しばらく時間をかけて乾燥させたもの。1、2年乾燥させるのが望ましいとされている。薪は立木(りゅうぼく)から調整した普通薪と、製材の残材から調整した製材薪に大別され、普通薪は広葉樹薪と針葉樹薪に分けられ、前者は樹種により細分される。ブナ科の樹種とくにナラ属のナラ類、カシ類、クヌギの薪は「堅薪(かたまき)」とよび、材質が硬く火もちが長い良質薪とされる。その他の広葉樹薪は「雑薪」で燃焼性が悪く価格も安い。針葉樹薪は「松薪」と総称され、火力が強く炎が長いので陶磁器製造用に需要がある。製材薪は廃材の背板や端切れ材などの薪で「ばた薪」といい、乾燥して火付きはよいが火もちは短い。
薪の発熱量は樹種により差があるが、絶乾(ぜっかん)(絶対乾燥状態)の薪で1グラム当り平均4500カロリー程度で、針葉樹薪は広葉樹薪よりやや発熱量が多い。薪の水分が多いと発熱量が減るが、水分40~50%の生(なま)薪では2500カロリー程度である。薪が水分を吸収しないように、薪を加熱処理して乾燥させるとともに表面を炭化させたものが「燻(いぶり)薪」である。また廃材の鋸屑(のこくず)やチップ屑、樹皮屑を乾燥させ、高圧で圧縮成形したのが「成形薪」で、鋸屑の成形薪はオガライト(商品名)とよばれ、取り扱いやすく燃焼性のよい新しい薪である。
薪はもっとも簡便な燃料として人間の歴史とともに利用されてきた。日本でも木炭とともに家庭燃料として昭和30年代までは多く利用されてきた。最盛期では年間2000万立方メートル、木材の全需要量の28%が薪炭材であった(1957)が、その後の石油利用による燃料革命によって、薪炭材の需要はわずか42万立方メートル(1987)までに激減した。その後は多少増加して約109万立方メートル(2010)となっている。世界では、全木材生産量の55%、19億立方メートル(2010)が薪炭材として利用されている。
[蜂屋欣二・藤森隆郎]
樹木を切って乾燥させ、燃料として用いるもの。焚(た)き木の意。太い幹の部分を割り木にして用いるマキと、枝を焚きつけにするソダとがある。樹種には限定がなく、雑木はすべて薪になるが、燃えにくい木や悪臭の出るものは好まれない。カキの木は火葬に関係があるなどといって、いろりで燃すことは禁忌とされていた。電気、ガス、石油、石炭などの普及する前、燃料はすべて薪に頼っていたから、いろり、かまど、風呂(ふろ)などで使う薪の量は莫大(ばくだい)なもので、つねに薪を絶やさぬ心配りが必要であった。割り木にしたものを家の周囲に積み上げたり、屋敷内に積んで藁(わら)をかぶせたり、薪小屋を設けたりしていた。入手する方法としては、山林を多くもつ人は自分の山から伐(き)り出し、分家では本家の山林からもらい受け、入会(いりあい)山をもつ村では、そこからとることが認められていた。町場では買い求めた。薪の束(たば)は、たとえば三尺(約1メートル)の縄で縛れる分量を一束(そく)とし、縄の長さは薪の太さなどによって一定しない。
薪売りを「春木(はるき)売り」などといい、有名な京都の大原女(おはらめ)なども、頭上運搬で薪を売り歩いた。いろりの火種を絶やすことは主婦の恥とされ、寝るときは灰をかぶせておき、朝はわずかの燠(おき)に付木(つけぎ)でソダに火を移した。大晦日(おおみそか)から正月にかけては、「世継(よつぎ)ほだ」といって太い薪を燃し続けるものであったし、正月の門松(かどまつ)の周りに薪を立て並べたり、年木(としぎ)・新木(にゅうぎ)などの飾りを設けたりするのも、薪の重要性を示すものである。
[井之口章次]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…爆発の危険性が液体や固体の燃料に比べて大きく,ガス中毒を起こす危険もある。【吉田 忠雄】
[燃料の文化誌]
火の使用は人類の歴史の上できわめて大きな意義を有するが,燃料の主たるものは長い期間,薪であった。石炭や石油,ガスなど新しい燃料の普及が著しいとはいえ,今日でも薪を燃料にしている地域や社会は非常に多い。…
… 薪のなかでも火力の強い松は,刀鍛冶や陶業に必須のため,こうした地帯ではとくにアカマツが伐採され,はげ山が現れることもあった。薪には大木を割った〈まき〉と,小木の枝や葉を含めた柴や〈そだ〉がある。竹など音のするものなど,いろりで燃してはならない木が各地で伝えられている。…
※「薪」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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