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院司 いんし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

院司
いんし

「いんのつかさ」ともいう。上皇法皇女院,後院などの院庁の実務を担当する職員。令制には規定されていないが,嵯峨天皇が譲位後に安部安仁を嵯峨院の別当に任命したのが始り。院司には別当,執事,年預 (ねんよ) ,判官代 (はんがんだい) ,主典代 (しゅてんだい) ,蔵人,非蔵人,北面の武士西面の武士などがあった。別当は院務を統轄する長官で,定員に制限はなく,最初5人であったものが院政最盛期には 20人あまりにもなった。別当には朝廷と兼官の公卿別当と,院専任の非参議別当があり,受領の出身者の多かった非参議別当が院政の実権を掌握。年預は院の雑務を司り,別当のうちから毎年交代で選出。鎌倉時代以後は2人が専任。判官代は院庁の諸事を,主典代は文書記録を司った。

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デジタル大辞泉の解説

いん‐し〔ヰン‐〕【院司】

《「いんじ」とも》上皇法皇女院の庁で事務を執った職員。いんのつかさ。

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百科事典マイペディアの解説

院司【いんし】

院庁(いんのちょう)

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世界大百科事典 第2版の解説

いんし【院司】

〈いんのつかさ〉ともいう。上皇につかえて院中の諸事をつかさどる職員の総称。平安初期,嵯峨上皇の院中に別当や蔵人を置いたのに始まり,宇多上皇のときに大いに拡充整備され,円融上皇の院中ではその主要な機構がほぼ整った。ついで院政期に入り,執政の上皇の院司は質量ともに拡充強化されたが,南北朝時代以降,公家政権の衰退に伴ってしだいに縮小し,江戸末期,上皇の廃絶とともに院司も消滅した。 院司の構成にはかなり変遷があるが,《西宮記》《拾芥抄》《名目抄》その他の記録により,平安・鎌倉時代の院司を概括すると,二十数種に及ぶ。

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大辞林 第三版の解説

いんし【院司】

〔「いんじ」とも〕
上皇・法皇・女院に仕え、院の事務を執る役人。いんのつかさ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

院司
いんし

上皇や女院に仕えて院中の諸務を処理する職員。平安初期嵯峨(さが)上皇の院中に別当(べっとう)を置いたのに始まり、宇多(うだ)上皇に至って大いに整備され、円融(えんゆう)上皇のときまでには、主要な院司の組織はほぼ成立を遂げたが、さらに院政開始後は、政務をとる上皇の院司は拡充強化され、院政を支える重要な柱となった。その後院政の衰退とともに、院司の機構もしだいに縮小したが、別当以下おもな院司は江戸末期まで存続した。『拾芥抄(しゅうがいしょう)』『名目抄(みょうもくしょう)』などに院司として列挙するものを数えると二十数種に上るが、それらは性格、機能のうえから次のように分類できる。(1)は院司の中核として院中の庶務を統轄処理するもので、院別当、判官代(ほうがんだい)、主典代(しゅてんだい)、庁官などである。別当は院司の上首として院中の諸事を総理する職であるが、その員数が20人前後に上った院政時代以降は、そのなかに院執事、執権、年預(ねんよ)を置き、院務掌理の実質的な責任者とした。(2)は上皇身辺の諸事に奉仕するもので、蔵人(くろうど)、非蔵人および殿上人(てんじょうびと)などである。院司の語を以上の(1)(2)に限定する用例も多い。(3)は各種の職掌を分担専当するもので、召次所(めしつぎどころ)、仕所(つかえどころ)、別納所(べちのうしょ)、御服所(ごふくどころ)、御厨子所(みずしどころ)、進物所、文殿(ふどの)、御厩(みうまや)などがある。(4)は上皇身辺の警固にあたるもので、御随身所(みずいじんどころ)、武者所、北面などである。そのほか鎌倉時代以降、上皇の政務を補佐するものとして評定衆(ひょうじょうしゅう)、伝奏(てんそう)が置かれ、文殿はそのもとで訴訟審理などの役割を与えられた。[橋本義彦]

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世界大百科事典内の院司の言及

【別当】より

…この制は鎌倉幕府に継承され,1180年(治承4)和田義盛が初代侍所別当となった。(6)院司(いんじ) 上皇または女院の院中庶務を担当する院司の上首。嵯峨院が院中を統轄するために別当以下の院司を置いたのに始まり,宇多院を経て円融院のとき院司組織が整備され,別当の員数も漸次増加し,院政をはじめた白河上皇の晩年には20余人になった。…

【院司】より

…平安初期,嵯峨上皇の院中に別当や蔵人を置いたのに始まり,宇多上皇のときに大いに拡充整備され,円融上皇の院中ではその主要な機構がほぼ整った。ついで院政期に入り,執政の上皇の院司は質量ともに拡充強化されたが,南北朝時代以降,公家政権の衰退に伴ってしだいに縮小し,江戸末期,上皇の廃絶とともに院司も消滅した。 院司の構成にはかなり変遷があるが,《西宮記》《拾芥抄》《名目抄》その他の記録により,平安・鎌倉時代の院司を概括すると,二十数種に及ぶ。…

※「院司」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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