改訂新版 世界大百科事典 「サンゴ礁」の意味・わかりやすい解説
サンゴ(珊瑚)礁 (さんごしょう)
coral reef
造礁生物が集積・固結してできた礁石灰岩が,低潮位面またはそれに近い位置にまで海底から高まり,防波構造をつくっている地形をいう。造礁生物の主体は,活発な炭酸カルシウムの分泌により,強い波にも抵抗しうる骨格をもった造礁サンゴで,ミドリイシ科,キクメイシ科,ハマサンゴ科,クサビライシ科などイシサンゴと呼ばれるものである。これらはどれもイソギンチャクなどと同じ腔腸動物に含まれる。その他石灰藻類や海綿類や有孔虫類などがある。このようにサンゴ礁は生物の造る地形であり,地球上にこれほど大規模で,かつ広域にわたる生物地形は,地質時代を通じても他に例がない。また,生物地形のため,海洋のさまざまな環境条件の影響を直接受け,第四紀の環境変遷のすぐれた記録者となっている。さらにまた,サンゴ礁形成の上限を決めているのが海水準であるため,地盤の隆起と沈降,海水準の昇降に対して,海洋中に自然に設置された一種の検潮儀としての性格も有している。
造礁サンゴの生育条件
サンゴ礁の主体をなす造礁サンゴの生育を決める条件は表面海水温度,塩分濃度,照度条件がおもなものである。多種多様の造礁サンゴが活発に生育する表面海水温度は18~36℃の範囲で,とくに25~29℃が最適である。塩分濃度では27~40‰が活発な生育範囲で,34~36‰が最適である。照度は,12万~4.2万lxが活発な生育範囲で,水深にしておよそ20m以浅の範囲にあたる。以上三つの条件のうち温度条件は,造礁サンゴの広域的な分布を決め,塩分濃度は河川の流入する河口周辺を除いては,世界的にほぼこの範囲にある。照度条件は,造礁サンゴの組織内に共生する褐虫藻が光合成をする必要があるための条件で,深度限界を決めている。造礁サンゴは組織内に褐虫藻が共生するため,浅所で非常に速い石灰化率を維持できる。たとえば,枝サンゴ類は年に数cm~十数cmも伸び,塊状サンゴは数mm~数cm上方へ成長する。組織内に共生藻類をもたず光合成の制約条件もないため深所に生育できるものは非造礁サンゴと呼ばれる。これらはサンゴ礁の形成とは無関係のもので,成長率も低いため骨格が緻密で,いわゆる宝石類として利用されている。
サンゴ礁の地形
こうした生態的条件の下でサンゴをはじめとする造礁生物が集積・固結してサンゴ礁という地形を形成する。この場合,礁の外縁側には常に外洋の波浪が打ち寄せ,縁溝・縁脚系と呼ばれるくしの歯状の防波構造をした地形で砕波して多量の泡を生じ,酸素が効率よく海水中に取り込まれる。また海水の流動も速いため動物性プランクトンも集中する。礁の外縁部では,ミドリイシ類を中心とする造礁サンゴは強い波浪をかわすようにテーブル状を呈して礁斜面を覆い,十分な酸素とプランクトンにより最も活発に礁形成がすすむ。このため礁全体で最も高い堤部をなし,これにより外洋と切り離された礁湖(ラグーン)と呼ばれる内海ができる。サンゴ礁地形の平面形や断面形は,場所ごとの生態的条件,海底地形の条件とともに,それ以上に後述する第四紀の海水準変化と海水温度変化によって決められている。この結果サンゴ礁は,エプロン礁apron reef,裾礁fringing reef,堡礁barrier reef,環礁atoll,卓礁table reef,離礁patch reefに大別される(図3)。各タイプの分類規準となる地形要素は礁湖の有無や深度,堤状をなす礁外縁が低潮位面にほぼ一致した平たん部すなわち礁原reef flatの連続性の程度,外洋側の礁斜面の基底部の深度および陸棚の幅に対する礁全体の幅の相対的な位置,このほかに中央島の有無などである。各タイプの世界的な分布は図1に示すとおりである。礁の分布の特徴は,堡礁と環礁が低緯度の海域に集中し,裾礁とエプロン礁,および卓礁は前者の周辺部の中緯度に集中する傾向を示していることである。離礁は低緯度から中緯度まで広く分布している。これは離礁の外洋側の礁斜面の基底深度が裾礁から堡礁,環礁までの特徴をもっていることを示唆している。
礁形成についての諸説
サンゴ礁にはなぜこのような六つの主タイプができ,かつその分布に規則性があるのであろうか。かつてC.ダーウィンは1842年にサンゴ礁に裾礁,堡礁,環礁と三つの基本型を指摘し,陸地の沈降,すなわち海洋底の沈降にともない,裾礁から堡礁,さらに環礁へと順次移化していったとする沈降説subsidence theoryを唱えた。続いてJ.D.デーナは53年にサンゴ礁背後の島の海岸線の屈曲と溺れ谷の存在は沈降説の地形的証拠であるとした。一方,R.A.デーリーは1910-34年にかけて,氷河の消長と海水準変化は密接な関係があり,氷期の氷床の発達は60~90mほどの海水準の低下をもたらして活発な海食による泥質の堆積物を形成し,環礁の礁湖底の平たんさと水深の一様さは海水準低下の地形証拠であるとした。また氷期には海水温も5~10℃の範囲で低下し,泥質堆積物とあいまって礁の形成は阻止され,その後現在の間氷期に向かって海水準が上昇し,礁の形成が行われたという氷河制約説glacial control theoryを提唱した。これに対して地形輪廻説で有名なW.M.デービスはダーウィンの沈降説を全体として支持しながら,デーリーの気候変化に伴う海水温の低下や海水準低下を認めて縁辺帯説を1923,28年に提唱した。すなわち氷期には礁の形成は阻止されたものの,サンゴ海(暖海)ではサンゴ藻の生育は持続し,サンゴ礁の地形は海食から保護された。しかし冷海では礁は浸食され,間氷期に入って礁の形成が再開したとするものである。これらの説はそれぞれ礁地形のタイプ,あるいは礁の有無などを部分的に説明するが,サンゴ礁のタイプとそれぞれの系統的な地理的分布を説明していない。現在では氷期にもサンゴ礁の形成が持続した海域のあることが推定されている。
ダーウィン以来の研究を踏まえて,サンゴ礁の地形と地理的分布を第四紀の海水準変化と海水温変化との関係において説明するモデルが図2である。このモデルおよび図1から氷期にも礁の形成があった核心域では堡礁,沈水した島棚ならば環礁が形成されること,間氷期に向かって海水準と海水温の上昇に伴い礁の形成があった周辺域では,裾礁とエプロン礁が,沈水している島棚の場合は卓礁が形成されることが理解できる。最後にビキニ環礁やエニウェトク環礁などで行われた試錐試料ですでに知られているように層厚1000mに達する礁石灰岩の存在と図1と図2との関係について少し触れておきたい。少なくとも第四紀の中期以降,海水準と海水温はほぼ規則的に似たような規模で少なくとも十数回は昇降を繰り返してきた。もしこの間に地盤の上昇が持続すれば隆起裾礁や隆起堡礁など,いわゆる隆起サンゴ礁となる。一方サンゴ礁からなる海洋島は海洋プレートといっしょに水平方向に地理的位置を変えつつ,垂直的にはゆっくりと沈降してきた。後者の点においてダーウィンの沈降説は海洋島のサンゴ礁の地形の説明に有効であり,厚い礁石灰岩の存在を説明し得る。また,沈降説は第三紀をも含む長い地質時代のサンゴ礁の構造と分布の説明に有効で,それ以外の説明は,第四紀に入ってからの海水準や海水温変化に対応する礁地形の説明に有効なものである。
サンゴ礁は環境変遷や海洋プレートの運動の歴史について膨大な情報を秘めて,広い暖海の海中に数限りなく,複雑に浮かんでいる。しかし現在のサンゴ礁に関するかぎり,図2から,多様な形状の礁を生み出す大きな原因はサンゴ礁形成の土台となる陸棚や島棚の屈曲や凹凸である。
執筆者:堀 信行
サンゴ礁の生物
造礁サンゴ類の肉質部には,褐虫藻zooxanthellaと呼ばれる藻類が共生しており,サンゴ礁海域では,貧弱な植物プランクトンよりも,基礎生産において重要な役割を担っている。多くの造礁サンゴ類は,動物プランクトンを食べるほかに,褐虫藻が光合成で造り出した有機物が,体外に溶出したものを利用しており,褐虫藻にはその生活基盤を提供している。この共生藻の光合成のために,サンゴ類は光を必要とし,そのためサンゴの生育は,十分な光の届く浅い海に限られる。
サンゴ礁は,石灰質の骨格をもつ動物(主としてイシサンゴ類)と,石灰藻類(緑藻,紅藻,ラン藻など)が,複雑な構造物を造りあげており,多くの動・植物に生活の場を提供している。造礁サンゴ類は,太平洋西部の熱帯メラネシア海域(フィリピン-ニューギニアとオーストラリアのグレート・バリア・リーフ)に最も多くの種類がみられ(約400種),紅海がそれにつづく。太平洋東部や大西洋(カリブ海など)では,種類は少ない(約70種)。サンゴ礁を構成する生物には,ほかに海綿類,コケムシ類,八放サンゴ類(ソフトコーラル)などがある。一方,ブダイ類,フグ類などの魚やウニ類は,直接サンゴや石灰藻をかじりとる。また,穿孔性のカイメンや二枚貝,ホシムシ,多毛類などの無脊椎動物は,サンゴの骨格に無数の通路を掘り,ウニ類などは,サンゴを削ってすみかをつくる。これら動物の作用と波の作用で,サンゴ塊は常に破壊されつづけている。この破壊と成長によって,サンゴ礁は多数の穴,クレバスなどをつくり,豊富な生物が生活するすみ場所を提供している。このため,海のいろいろな環境の中で,最も豊富な種類と複雑な種間関係をもった生物群集をもっている。
サンゴ礁にすむ魚類は,原色の派手な色や模様をもつものが多い。この原因として,サンゴ礁そのものが多彩であるので,捕食者に対するカムフラージュのため,魚たちも多彩に目だつ模様になったと考えられてきた。しかし,これら目だった色をもつ魚はサンゴ群体のまわりで単独で生活し,なわばりをもつ種が多いことから,むしろ同じ種内の信号として派手な色や模様をもっていると思われる。また,有毒な魚類でも色彩の派手なものが多いのは,捕食者(天敵)に有毒性を誇示する〈警告色〉と考えられる。
サンゴ礁は約4億年前のシルル紀から知られている。サンゴ礁の生物群集は地球上でも最も長い歴史をもっているため,そこにすむ生物同士の結びつきには,特殊なもの,高度に発達したものが多数みられる。その中で特に著しいものは,異なった生物間の共生である。褐虫藻は,サンゴ以外にも,シャコガイやカイメン,クラゲなどとも共生している。また,サンゴイソギンチャクとクマノミの共生も有名である。その他,サンゴ類,ソフトコーラル,イソギンチャク,カイメン,ウニ,海藻などサンゴ礁のほとんどすべての付着性の生物には,1種以上の生物の共生がある。また,魚類を掃除するものとして有名なホンソメワケベラやオトヒメエビなども,掃除される魚との間に長い共存生活の歴史をもっている。
1978-79年の環境庁の調査によると,日本にはサンゴ礁が約8万7000haあり,その大部分が沖縄県にある。近年,海の汚染,埋立て,オニヒトデの食害などによるサンゴ礁の消滅がみられ,奄美諸島,沖縄諸島で著しい。1960-70年ごろ,オニヒトデがオーストラリアのグレート・バリア・リーフをはじめ,太平洋の熱帯の多くのサンゴ礁で大発生した。原因は,いまだにはっきりしていないが,オニヒトデも本来サンゴ礁にすむ生物の一員であって,数十年に1度くらいはこのような大発生を繰り返しているとする説もある。しかし,人類による海洋の汚染,天敵であるホラガイの大量採取,異常気象などが原因となって,オニヒトデの大発生を招いたとする説も根強い。
執筆者:向井 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報