ハウス(英語表記)House, Edward Mandell

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ハウス
House, Edward Mandell

[生]1858.7.26. テキサス,ヒューストン
[没]1938.3.28. ニューヨーク
アメリカの外交官,政治家。コーネル大学で学んだのち,1892年テキサス州知事 (民主党) の政治顧問をつとめ,その頃名誉大佐の肩書をもらい「ハウス大佐」が通称になった。 1912年大統領選挙の際に,W.ウィルソンの信頼を受け,第1次世界大戦中2度,その特使としてヨーロッパ諸国を歴訪し和平調停を行なった。アメリカの参戦後は,連合国から「十四ヵ条平和構想」を講和の基本原則とする同意を得,ウィルソン外交に一応の勝利をもたらした。ベルサイユ条約,特に国際連盟規約の起草に参画し,ウィルソン外交の強力な推進力となったが,19年国際連盟をめぐり,連盟案を救うため妥協を主張する彼と,妥協を許さないウィルソンの意見が対立し,両者は決別,ハウスは政界から退いた。

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デジタル大辞泉の解説

ハウス(house)

家。家屋。住宅。「セカンドハウス
建物。小屋。「レストハウス」「オペラハウス
ビニールハウス」の略。「ハウスもののトマト」
カーリングで、ストーンを投げ入れる目標区域。青色と赤色の同心円で描かれ、外径は3.36メートル。ストーンの位置が中心部に近いほど得点が高くなる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ハウス House, Edward Howard

1836-1901 アメリカのジャーナリスト。
1836年10月5日生まれ。明治2年(1869)特派員として来日し,4年大学南校の英語教師となる。7年台湾出兵に従軍記者をつとめた。大隈重信援助英字新聞を発行。記者,評論家,著述家として活躍。西洋音楽の普及にもつくした。明治34年12月18日東京で死去。65歳。ボストン出身。

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占い用語集の解説

ハウス

地球の天球を12に区画したもの。「マンデン・ハウス」とも呼ぶ。「サイン」が個人の心理的な傾向や個性を表すのに対し、「ハウス」は個人の活動の分野を表す。プラシーダス方式によるハウス区分が一番普及している。

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世界大百科事典 第2版の解説

ハウス【Edward Mandell House】

1858‐1938
アメリカの政治家。テキサスで1890年代から歴代州知事の選挙事務長・助言者として活躍,〈ハウス大佐〉の名で知られた。1912年ウィルソンの大統領当選を助け,以後彼の最も信任厚い助言者となった。第1次世界大戦に際し大統領の特使として渡欧,和平工作に当たり,合衆国の参戦後は講和計画の立案や休戦交渉で活躍し,パリ講和会議でもアメリカ代表団および国際連盟規約起草委員会のメンバーとなった。【志邨 晃佑】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ハウス
はうす
Edward Mandell House
(1858―1938)

アメリカの政治家。テキサス州に生まれる。プランテーション経営、金融業に従事したのち、1900年代まで同州の政界で活躍。12年の大統領選挙で、ウィルソンを支持して中央政界に登場し、以後ウィルソン政権の下で彼のもっとも信頼する大統領顧問として、人事、外交に特異な役割を演じた。とくに第一次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)すると、ウィルソンの和平工作の命を受けて、15年から16年にかけて交戦国を歴訪した。[紀平英作]

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