翻訳|panorama
元来は,高い所から四方の風景を遠くまで見晴らすことをいい,ギリシア語のpan(すべて)とhorama(眺め)の合成に基づく。転じて,そのような風景を円形絵画として人工的に構築し,照明や可動装置によって実物そっくりに見せる近代の見世物をいうようになった。その規模は概して壮大であり,背景から立体的に突出した構築物による錯視効果に訴える設計がなされる。パノラマの母体は,教会堂内陣の円形壁画や天井画がもたらす,別天地への参籠体験を喚起するような視覚効果にあるが,直接の先行形態は,透視図法の過度の適用によって錯視効果を高めるバロック劇の舞台装置や芝居絵であった。なお,このような〈見ることの過剰〉が享楽に向かわず,いわば〈視覚の専制〉を生むに至ったのがJ.ベンサム考案になる監視方式パノプティコンにほかならない。
近代的パノラマの発明者はダンチヒ(現,グダンスク)出身の建築画家ブライジヒJ.A.Breysig(1766-1831),ならびにエジンバラ出身の画家バーカーR.Barker(1739-1806)であるとされる。後者は1788年にエジンバラにおいて同市の風景を再現公開するとともに,パテントを取得して94年にはロンドンで興行を打ち,年に2回ずつ絵柄を変えたという。パノラマ興行はその後1800年ころパリとベルリンに波及し,のちにはアメリカにも広がったが,演目は犯罪,戦争,大災厄のような超個人的できごとに取材した大道絵起源のものが多かった。そして70-71年の普仏戦争時に戦争パノラマの大流行を迎えたあと,写真や映画のような新しい媒体の前に見世物としては消滅の方向をたどった。だが,パノラマ的視構造そのものは,新しい媒体のなかにも継受されて,映画の撮影技術や上映方法に採り入れられている。
なお,日本における最初のパノラマ興行は,1890年5月21日,浅草公園内に開館した日本パノラマ館でのそれであった。幼時体験の層でパノラマ観覧をうけとめた次代の詩人萩原朔太郎は,定本《青猫》のパノラマ的な挿絵〈世界名所図絵〉の解説において,〈パノラマ館の屋根に見る青空の郷愁〉について語っている。彼が,江戸川乱歩の耽美(たんび)趣味あふれる人工楽園小説《パノラマ島奇譚》を絶賛したのも故なしとしない。
執筆者:種村 季弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
半円形に湾曲した背景画などの前に草木や人物などの模型を配して立体感を現し、照明により室内で観賞する者に、野外の広い実景を見るような感じを与える装置。1788年イギリスの美術家リチャード・パーカーによって創案された。日本では1890年(明治23)東京・上野公園で開催された第3回内国勧業博覧会に登場したパノラマ館が最初である。日露戦争当時を全盛期としてその後衰退した。また2メートルほどの背景画に立体模型を配してガラス越しに観覧させるジオラマもあった。現在はショーウィンドーや壁面利用にパノラマが応用されている。なお、周囲の景色が遠くまで見渡せる高い場所のことをパノラマ台ともいう。
[斎藤良輔]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…これとは別に,ドイツの私立学校(ギムナジウム)などでは,早くから生徒を年齢・進度別のグループに分けて学級を編制する方式が行われており,教室ごとに黒板が置かれ,それに向かって生徒たちの机が配置される近代的な教室ができ上がっていた。18世紀の啓蒙思想家たちは,新しい学校のあり方についてさまざまな提言をのこしているが,それらの多くは著しく管理・監督的な教育観に貫かれていて,学校を俗悪な日常的環境から切り離し,むしろ刑務所や矯正施設的なもの(パノプティコン)としてとらえる傾向があった。それらはそのまま実現されることは少なかったものの,その後の学校観に大きな影響を与え,近代の公立学校にみる管理棟を中心に整然と対称的に展開する空間構成,同一の建物単位の繰返し,古典主義的な建築様式などはそのあらわれということができる。…
…パノラマの母体は,教会堂内陣の円形壁画や天井画がもたらす,別天地への参籠体験を喚起するような視覚効果にあるが,直接の先行形態は,透視図法の過度の適用によって錯視効果を高めるバロック劇の舞台装置や芝居絵であった。なお,このような〈見ることの過剰〉が享楽に向かわず,いわば〈視覚の専制〉を生むに至ったのがJ.ベンサム考案になる監視方式パノプティコンにほかならない。 近代的パノラマの発明者はダンチヒ(現,グダンスク)出身の建築画家ブライジヒJ.A.Breysig(1766‐1831),ならびにエジンバラ出身の画家バーカーR.Barker(1739‐1806)であるとされる。…
※「パノラマ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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