痛みの診断と治療を専門的に行う診療科で,疼痛外来とも呼び,痛みを除去する治療を除痛術ということもある。診療は麻酔科医が担当するが,関係各診療科の協力を得て運営されている。
痛みの治療は原因疾患を診断し,これを治療することが根本方針であり,痛みの原因を除去せずに鎮痛薬あるいは局所麻酔で痛みを緩和させるのは対症療法である。しかし痛みを伴う疾患のなかには,医学的に原因除去が難しいだけではなく,通常の薬物療法では痛みの治療が困難な疾患は多い。具体的には悪性腫瘍の神経組織への浸潤,骨破壊,機械的圧迫,伸展などによるいわゆる癌性疼痛,疾患により神経が変性を起こし痛みが慢性化する帯状疱疹後神経痛,中高年者に多い変形性脊椎症で起こる腰背部痛,自律神経反射によってもたらされる血流障害,筋萎縮が原因となる慢性痛,顔面の発作的痛みを起こす三叉(さんさ)神経痛などが代表的な疾患例である。
痛みの診断は問診,神経学的診察,神経ブロックなどによって行う。まず,問診によって,痛みの部位や内容,たとえば鈍い痛み,鋭い痛み,ひりひりする痛みなどの患者の表現から,痛みの内容を推定する。次に神経学的診察を行うと,痛みの原因,痛みの種類,部位,痛みによる全身的・局所的影響が明らかとなる。さらに,痛みの部位は痛みの反射によって起こる筋肉の緊張,運動障害,局所の血流障害などで診断でき,また痛みを伝える神経を局所麻酔薬で麻痺させる神経ブロック(伝達麻酔の一種)を行うと確実に診断することができる。
痛みの治療法は以下に述べる4種類に分類できる。
(1)鎮痛薬を投与する方法 鎮痛薬は中枢神経に作用して,鎮痛作用のほかに精神的苦痛,不安,緊張も軽減する。投与方法は疾患の内容により注射,経口,注腸などが用いられる。鎮痛薬の効果は患者の評価によることが多いが,薬用量や,薬理作用により他覚的判定も可能である。麻薬や一部の非麻薬性鎮痛薬は,中枢神経以外に,呼吸,循環を抑制する作用があるので,投与量,投与間隔に制限がある。また,依存性を形成しやすく,長期間の連続使用により用量も増加するので使用適応には制限がある。鎮痛薬に鎮静薬を併用すると相乗作用により著しい鎮痛効果を呈するものがある。三叉神経痛など一部の痛みには抗痙攣(こうけいれん)薬,また癌性痛には抗うつ薬が有効な場合もあり,鎮痛薬は疾患,痛みに適した選択が必要である。
(2)神経ブロック法 痛みを中枢神経に伝える神経経路の一部を局所麻酔薬で一時的に麻痺させたり,神経破壊薬を注射して永久的に痛みを遮断する方法がペインクリニックで主として行われる。神経ブロックは痛みを抑えるだけではなく,痛みが原因となって起こる局所の筋肉の緊張,血流障害も改善することができる。ことに交感神経が関与している痛みの疾患では痛みが血流障害を起こし,さらに発痛物質が産生されるために,さらに痛みが悪化する悪循環を起こすことが多い。神経ブロックのなかでも,交感神経ブロック,硬膜外ブロックはこの悪循環を治療するのにきわめて有効である。神経ブロックにより痛みは緩和され不安,不眠状態も改善,経口的摂取も可能となり全身状態も改善する。ことに癌性痛では原疾患の治療とともに,痛みを取り除くことにより,精神的にはより人間的な生活を送ることができる。神経ブロックの大きな利点は,確実に痛みを治療できる点と,患者に負担が少ないことである。
(3)機械的方法 痛い局所をさすったり,マッサージをすると痛みが和らぐが,この効果ははり(鍼)治療の原理に似ている。鍼(はり)を穿刺(せんし)して起こる機械的な痛みの刺激は,本来苦痛の原因となる痛みの伝達を脊髄神経レベルで抑制するために,痛みが除かれると説明されている。ペインクリニックでは鍼療法を応用する場合もある。この原理を応用して,電気的に高周波で皮膚,筋肉などを刺激して痛みを治療する方法も広く用いられている。電極を脊髄神経や中枢神経に植え込み,体外から電気刺激を加えて痛みを治療する方法も開発されている。これらの電気刺激により神経組織の一部からエンドルフィンというモルヒネ様物質が体内で産生され,鎮痛効果を呈すると考えられている。
(4)神経切断術 痛みを伝達する神経経路を外科的方法で切断する方法である。ペインクリニックで治療できずに神経切断術が行われることはきわめてまれである。痛みを訴える患者は精神的にも抑うつ的で,希望を失っていることが多く,積極的な治療が必要である。痛みの治療に対する不安や予後に対する恐怖感もあり,痛みの治療以外には関心がなくなる場合もある。そこでペインクリニックでは痛みの治療とともに精神科医の協力で精神神経科的療法も行われる。長期間療養患者には生活条件に関するカウンセリングを行う場合もある。ペインクリニックにおける痛みの診断,治療は,いままで忘れられていた人間的医療を行う診療科ともいえよう。
→痛み →麻酔
執筆者:田中 亮
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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痛みの診断と治療を目的とした診療施設をさし、麻酔科の専門分野の一つである。診断の対象とされる痛みは、もとの病気を治せばすぐに治まるような痛みだけではなく、慢性痛あるいは難治疼痛(とうつう)が中心である。麻酔科医、整形外科医、精神科医、脳外科医といった各科の医師や薬剤師、看護師、理学作業療法士らが集まって、患者の痛みを総合的に診断、治療しているような施設を、とくにペインセンター(ペインクリニックよりも規模が大きく、麻酔科という範疇(はんちゅう)を越えた独立した総合的な組織)とよぶ。ただし、ペインセンターの運営はときとして非常にむずかしく、日本のペインクリニックでは普通、麻酔科医が薬物療法と神経ブロックをおもな治療手段として痛みの治療を行っている。
ペインクリニックの治療対象となるものは、三叉(さんさ)神経痛、帯状疱疹(ほうしん)後神経痛などをはじめとする神経痛、顔面痛、頭痛、筋膜疾患、頸部(けいぶ)・背部・腰部における筋肉のこりを伴う痛み、五十肩、むち打ち症、悪性腫瘍(しゅよう)による痛み(癌(がん)末期の内臓痛、胸痛、癌転移による痛み)、四肢の血行障害などである。また、痛みを伴うものではないが、顔面けいれん、顔面神経麻痺(まひ)、突然性難聴などもよく対象となる。
ペインクリニックで用いられる神経ブロックは、大きく分けると治療的ブロック、診断的ブロックの二つとなる。また、ブロックを行う神経によって、体神経ブロックと交感神経ブロックとに分けられる。診断的ブロックというのは、たとえば、下肢の血行障害があり、治療として外科的に交感神経切除術を行うことが有効かどうかを決めなければならないとき、まず、交感神経ブロックを行い、その効果の有無によって手術の方針をたてるような場合をいう。
[山村秀夫・山田芳嗣]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…古くから痛みの治療に使われてきたはり(鍼)も痛みを和らげる脳の仕組みと無関係ではないように思われる。
[ペインクリニックpain clinic]
主として慢性の痛みを専門に治療する特殊な診療部門で,末梢神経の興奮伝導を遮断する神経ブロックが治療法の主体をなしている。疼痛外来ともよばれる。…
…古くから痛みの治療に使われてきたはり(鍼)も痛みを和らげる脳の仕組みと無関係ではないように思われる。
[ペインクリニックpain clinic]
主として慢性の痛みを専門に治療する特殊な診療部門で,末梢神経の興奮伝導を遮断する神経ブロックが治療法の主体をなしている。疼痛外来ともよばれる。…
※「ペインクリニック」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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