北欧文学(読み)ほくおうぶんがく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「北欧文学」の意味・わかりやすい解説

北欧文学
ほくおうぶんがく

北欧文学というとき、言語的にはノルド語に属するデンマークスウェーデンノルウェーアイスランド、そしてウラル語に属するフィンランド、これら5か国の文学をさすのが通例である。デンマーク内の自治領であるフェロー諸島では、ノルド語の一つであるフェロー語が使われており、またスカンジナビア半島の北部には先住民族であるサーミ人が生活し、ウラル語に分類されるサーミ語を話している。これらフェローやサーミの文学も北欧文学に含まれる。

 1961年に創設された北欧理事会文学賞の歴史をみると、これまでフェロー諸島の作家では、デンマーク語で書いたウィリアム・ハイネセンWilliam Heinesen(1900―1991)が1965年に『良き希望』Det gode håb(1964)で、1986年にロウイ・ペアトゥルソンRói Patursson(1947― )が詩集『同じように』Líkasum(1986)で受賞している。サーミ語で発表される文学作品は年に10作にも満たないが、1991年にはサーミの詩人でフィンランド国籍のニルス=アスラク・バルケアパーの『わが父太陽よ』Beaivi, Áhčážan(1988)に授与されている。

 デンマークのもう一つの自治領グリーンランドでは、ノルド語ともウラル語とも系統を異にするグリーンランド語が使われている。まだ受賞者は出ていないが、グリーンランドの作家も1983年より北欧理事会文学賞の選考の対象と考えられている。

[福井信子 2017年8月21日]

古代

1000年ごろまでほぼ一体性を保っていたといえるノルド語も、東と西の違いが徐々に現れ、さらにそれぞれの言語に分化していく。北欧各地に残されているルーン文字の碑文は分化以前のノルド語で記されている。大半は碑の由来を説明する短い決まり文句であるが、なかにはスウェーデンのレーク石のように英雄伝説を内容とする760文字に及ぶもの、ノルウェーには韻律形式で書かれた200文字のエッギュム石Eggjumstenも存在する。

 北欧一帯に口承で伝えられてきた神話や伝説、詩歌は、韻律をもち頭韻とケニング(換喩(かんゆ)法)を特色としていた。やがて変化に富んだ韻律を用い、ケニングをいっそう多用するスカルド詩が盛んとなり、10世紀ごろからは、アイスランド・サガの主人公としても有名なエギル・スカラグリムソンEgill Skallagrímsson(900?―983?)、蛇舌(へびじた)のグンラウグGunnlaugr Ormstunga(980?―1008?)など個々の吟唱詩人の名前も知られるようになる。こうした口承伝承は、キリスト教とともに伝来したラテン文字により書き留められていく。

[福井信子 2017年8月21日]

中世

9世紀にノルウェーからアイスランドへの植民が始まり、植民の歴史や一族の歩みなど「サガ」とよばれるものが書かれ、移住前の口承伝承も含め1200年ごろから中世のアイスランドで多くの写本が残されることとなる。ノルウェーとアイスランドの中世文学は「西ノルド」norrøn文学と総称され、その代表的なものはエッダ詩、サガ文学、スカルド詩である。スノッリ・スツルソンは『散文エッダ』とよばれる著作で、北欧神話の知識、ならびにケニング、韻律形式などの詩の技法を集大成している。

 スノッリ・スツルソンによりノルウェー王国史『ヘイムスクリングラ』がまとめられる一方で、デンマークでは大司教アブサロンの命により、サクソがラテン語で『ゲスタ・ダノールム』を著すなど、各国で国威発揚の作品が生まれる。後者はワルデマー大王の時代を頂点として描いた1200年ごろまでのデンマーク王国年代記であり、シェークスピアハムレットのモデルとした話など、数々の伝説神話も収められている。アイスランドの詩人がノルウェーの宮廷で活躍し、ノルウェー宮廷が大陸文化流入の窓口として栄えていた時代もあるが、1380年からノルウェー全土(アイスランド、フェロー諸島、グリーンランドも含む)はデンマーク王の支配下に入り、ノルウェー語の文語は姿を消す。サガ文学が隆盛を誇ったアイスランドも独立自由の気風を失い暗黒の時代に入る。ノルウェー語によるノルウェー文学がふたたび登場するのは19世紀になってからである。

 13世紀には「ユラン法」「スコーネ法」「西イェータランド法」などデンマーク、スウェーデンで次々と地方法が成文化されていく。これらの地方法は多彩で具体的な事例を示しており、異教時代の口承伝統を力強く受け継ぐものである。その一方でキリスト教の文学、世俗的な文学が盛んとなり、聖人伝説や騎士小説などが翻訳物を中心に多数現れてくる。また中世に北欧に伝えられたものに、「フォルケビーセ」とよばれる口承のバラッドバラード)がある。本来踊りながら歌ったもので、北欧ではデンマークでもっとも盛んに広まり、後の時代に貴族の婦人が書き留め後世に伝わる。フェロー諸島ではフォルケビーセを歌いながら踊る鎖踊りの伝統がいまなお生き続けている。

[福井信子 2017年8月21日]

宗教改革期

宗教改革により聖書が自国語に翻訳され賛美歌集が生まれたことは、各国の文学にとって大きな意味をもった。新約聖書の翻訳に続き、スウェーデンでは1541年に『グスタフ・バーサ欽定(きんてい)訳聖書』、デンマークでは1550年に『クリスチャン3世欽定訳聖書』が完成している。デンマークの支配下にあったアイスランドでも1584年に『グズブランドル聖書』が完成し、アイスランド語の文語が定着し始めたことは、エッダ詩・サガ文学に基づく文芸復興の動きにつながった。12世紀よりスウェーデンの支配下にあったフィンランドでも、フィンランド語文学の父とされるアグリコラMichael Agricola(1508―1557)が、1548年に新約聖書をフィンランド語訳している。ただ全訳完成の1642年までには、さらに1世紀が必要であった。

[福井信子 2017年8月21日]

17~18世紀

三十年戦争(1618~1648)を機にスウェーデンは強力な国家を形成し、北欧を主導する立場となっていく。文学においても誇り高く過去の歴史を振り返るようになる。スウェーデン文学の父と称されるイェーオリ・シャーンヒエルムGeorg Stiernhielm(1598―1672)は、古典的な典雅な詩で知られるとともに、詩『ヘラクレス』でバロック時代を切り開くなど大きな影響を残した。一方、デンマーク文学の父と位置づけられるのは、18世紀の啓蒙(けいもう)主義の時代に活躍したノルウェー出身のホルベアである。18世紀後半、デンマークでは政治面でドイツの影響を排除しようという動きが表面化し、デンマーク語がラテン語学校の科目として導入され、デンマーク史の英雄や庶民の逸話を集めた愛国的な読本『デンマーク人、ノルウェー人、ホルステン人の偉大な良き行い』Store og gode Handlinger af Danske, Norske og Holstenere(1777)がマリングOve Malling(1747―1829)によって編まれている。同じころ、スウェーデンのグスタフ3世の時代の文学は、フランスの影響もあり優雅な雰囲気をたたえ、生きる喜びにあふれている。

[福井信子 2017年8月21日]

19世紀

19世紀にドイツからロマン主義が流入すると、とくにノルウェーとフィンランドでは民族のアイデンティティを求める啓蒙活動が盛んとなり、民族意識が高揚する。ノルウェーではアスビョルンセンとヨルゲン・ムーJørgen Moe(1813―1882)により昔話が収集出版され、フィンランドでも民族叙事詩カレワラ(カレバラ)がロンルートにより編纂(へんさん)された。またデンマークではスウェン・グルントビーSven Grundtvig(1824―1883)、タング・クリステンセンEvald Tang Kristensen(1843―1929)、スウェーデンではヒルテン=カバリウスG. O. Hyltén-Cavallius(1818―1889)、ステフェンスG.Stephens(1813―1895)が昔話の収集を行っている。

 1814年にデンマークの支配を離れたノルウェーは、ノルウェー語の文語としての確立に努めた結果、ブークモールとニューノシュクの二つのノルウェー語をもつに至る。両ノルウェー語が対等に存在するという状況は現在まで続き、ニューノシュクの重要な作家としては、ビニエ、ガールボルグ、20世紀ではベソースの名があげられる。

 フィンランドは1155年以来1809年までスウェーデンの支配下にあったため、両国のかかわりは深く、現在も少数ではあるがフィンランドにはスウェーデン語系住民が存在し、スウェーデン語はフィンランド語と並んで公用語として認められている。スウェーデン語で著作するフィンランド人作家としては、古くはフランセーンFranz Mikael Franzén(1772―1847)がおり、19世紀のルーネベリ、トペリウスはフィンランド国民を代表する作家としてフィンランド人のアイデンティティ確立に貢献した。だがフィンランド語とスウェーデン語の対等な関係が実現するにつれ、19世紀の終わりごろからスウェーデン語作家は少数派の代表という位置づけになっていく。

 ブランデスの主導もあり、デンマークでは19世紀後半から自然主義的リアリズムの作家として、ヤコブセン、バングなどが活躍する。さらにノルウェーのイプセン、ビョルンソン、スウェーデンのストリンドベリなど、19世紀の北欧から世界的な文学が生まれていく。

 またこの時代にグリーンランド人アロンAron(1822―1869)がデンマーク人リンクH. J. Rink(1819―1893)とともに絵入りで伝説や神話をまとめたものがある。グリーンランドの国民的叙事詩とよぶにふさわしいこの作品は、『このように私アロンは書く』Således skriver jeg, Aron(1999)という題で彼の死後130年を経てようやく刊行が実現した。

[福井信子 2017年8月21日]

20世紀

自然主義、リアリズムにより社会や民衆、個人が描かれる一方で、20世紀に入るとモダニズムの文学も起こってくる。伝統的にフィンランドのスウェーデン語詩人は抒情(じょじょう)詩に優れ、初期のモダニズムの代表的な詩人としてショーデルグランがあげられる。国際的なモダニズムはデンマーク、スウェーデンで繰り返し展開されていく。ノルウェーは時代の文学的潮流から距離を置きながら、歴史小説、社会小説等で独自の歩みをみせる。また両世界大戦で中立を保ったことを背景に、第二次世界大戦後のスウェーデンは現代社会について独特の進んだ危機意識をもつようになり、人間存在の根本を問うような作家たちを次々と生み出していく。

 現代のスウェーデン文学を代表する作家として、スンドマンPer Olof Sundman(1922―1992)、エンクウィストPer Olov Enquist(1934―2020)、イーバル・ル=ユーハンソンIvar Lo-Johansson(1901―1990)、リードマン、イェーラン・トゥーンストレムGöran Tunström(1937―2000)、詩人ではグンナル・エーケレーブGunnar Ekelöf(1907―1968)、トゥーマス・トランストレンメルTomas Tranströmer(1931―2015)、シャシティン・エークマンKerstin Ekman(1933― )の名をあげることができる。デンマーク文学からはクラウス・リフビャウKlaus Rifbjerg(1931―2015)、ビリ・セアンセンVilly Sørensen(1929―2001)、ペータ・セーベアPeter Seeberg(1925―1999)、ドリト・ビロムセンDorrit Willumsen(1940― )、詩人のピーア・タフトロプPia Tafdrup(1952― )、ノーブラントHenrik Nordbrandt(1945― )など、ノルウェー文学からはワスモーHerbjørg Wassmo(1942― )、ソルスタDag Solstad(1941― )、フレグスタKjartan Fløgstad(1944― )、レンØystein Lønn(1936―2022)、ヒャシュタJan Kjærstad(1953― )、ラーシュ・ソービュ・クリステンセンLars Saabye Christensen(1953― )などがあげられる。フィンランド文学ではベイヨ・メリ、ハンヌ・サラマHannu Salama(1936― )、スウェーデン語詩人のボ・カルペランBo Carpelan(1926―2011)、トゥア・フォルストレムTua Forsström(1947― )などが活躍している。アイスランドからはオウラブル・ヨウハン・シグルズソンÓlafur Jóhan Sigurðsson(1918―1988)、トール・ビルヒャウルムソンThor Vilhjálmsson(1925―2011)、エイナル・マウル・グビュズムンドソンEinar Már Guðmundsson(1954― )、エイナル・カウラソンEinar Kárason(1955― )、フェロー諸島からはオドウォル・ヨハンセンOddvør Johansen(1941― )、ヨウアネス・ニルセンJóanes Nielsen(1953― )をあげることができる。

 児童文学においても第二次世界大戦後まもなくリンドグレーンが登場し、北欧の児童文学を世界に広める存在となる。全般的に1960年代、1970年代の児童文学は社会問題を取り上げ暗い現実ばかりを強調する傾向にあったが、1980年代に入るとファンタジーあふれる作品が中心となっていく。ことばの響きとユーモアによりすべての世代から愛される国民的詩人として、スウェーデンのヘルシングLennart Hellsing(1919―2015)、デンマークのハルフダン・ラスムセンHalfdan Rasmussen(1915―2002)、ノルウェーのプリョイセンAlf Prøysen(1914―1970)があげられる。

 なお、1990年代に北欧文学史のシリーズが、アメリカのネブラスカ大学出版からスベン・ロッセルSven H. Rossel(1943― )の監修で出版されている。1992年に『デンマーク文学史』が刊行され、『ノルウェー文学史』(1993)、『スウェーデン文学史』(1996)、『フィンランド文学史』(1998)と続いている。

[福井信子]

『F・J・ビレスコウ・ヤンセン、牧野不二雄監修『デンマーク文学作品集』(1976・東海大学出版会)』『毛利三彌著『北欧演劇論――ホルベア、イプセン、ストリンドベリ、そして現代』(1980・東海大学出版会)』『山室静著『北欧文学ノート』(1980・東海大学出版会)』『山室静著『北欧文学の世界』(1987・東海大学出版会)』『谷口幸男編『現代北欧文学18人集』(1987・新潮社)』『ペーテル・ハルベリ著、岡崎晋訳『北欧の文学 古代・中世編』(1990・鷹書房)』『キーヴィン・クロスリイ・ホランド著、山室静・米原まり子訳『北欧神話物語』(1991・青土社)』『山室静著『サガとエッダの世界――アイスランドの歴史と文化』(1992・社会思想社)』『カイ・ライティネン著、小泉保訳『図説 フィンランドの文学――叙事詩「カレワラ」から現代文学まで』(1993・大修館書店)』『ステフェン・ハイルスコウ・ラーセン監修、早野勝巳監訳『デンマーク文学史』(1993・ビネバル出版、ささら書房発売)』『熊野聡著『サガから歴史へ――社会形成とその物語』(1994・東海大学出版会)』『福井信子・湯沢朱実編訳『子どもに語る北欧の昔話』(2001・こぐま社)』『フレデリック・デュラン著、毛利三彌・尾崎和郎訳『北欧文学史』(クセジュ文庫・白水社)』『A.GustafsonSix Scandinavian Novelists(1969, Biblo and Tannen, New York)』『Fritz Paul (Hg.)Grundzüge der neueren skandinavischen Literaturen. 2.unveränd. Aufl.(1991, Wissenschaftlische Buchgesellschaft, Darmstadt)』

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