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双林寺 ソウリンジ

デジタル大辞泉の解説

そうりん‐じ〔サウリン‐〕【双林寺】

京都市東山区にある天台宗の寺。山号は金玉山。延暦24年(805)に最澄が唐から将来した経巻・仏具を納めるために桓武天皇が創建。開山は最澄と伝える。延暦寺建立後はその別院室町時代国阿が中興し時宗国阿派の本寺となったが、明治初期に天台宗となる。境内に西行庵・芭蕉庵がある。

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大辞林 第三版の解説

そうりんじ【双林寺】

京都市東山区下河原鷲尾町にある天台宗の寺。山号、霊鷲りようじゆ山(のちに金玉山)。805年最澄の創建。後鳥羽天皇が帰依し皇女が入寺したため双林寺宮と称された。一四世紀後半より明治維新までは時宗道場となっていた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

双林寺
そうりんじ

京都市東山区鷲尾(わしお)町にある天台宗の寺。山号は金玉山(きんぎょくさん)。本尊は薬師如来(やくしにょらい)。805年(延暦24)唐より帰った最澄(さいちょう)が、天台密教疏(しょ)500巻と護摩供用仏具を桓武(かんむ)天皇に献じたので、天皇は一伽藍(がらん)を建立してそれを収め、最澄に賜ったと伝える。傅翕(ふきゅう)が創建した中国浙江(せっこう)省の双林寺に似ているので、霊鷲山沙羅双樹林法華三昧無量寿(りょうじゅせんさらそうじゅりんほっけざんまいむりょうじゅ)院と名づけ、略して双林寺とよばれた。かつては支院17をもつ大寺であったが、境内が削られ、現在は大部分が円山(まるやま)公園となっている。西行(さいぎょう)法師(1118―90)は出家後東山に住し、当寺での歌があり、頓阿(とんあ)(1289―1372)も西行を慕って住した。また鹿(しし)ヶ谷(たに)事件で流罪となり出家した平康頼(やすより)は寺内の山荘で『宝物集』を著したといわれる。室町時代には時宗の国阿(こくあ)が念仏道場として復興し、国阿派(双林寺派)の根本道場となった。明治初期に天台宗に復した。門前に西行桜、西行庵(あん)、芭蕉(ばしょう)庵がある。本尊薬師如来坐像(ざぞう)は国の重要文化財。西行、頓阿、平康頼の供養塔、円山応挙の碑などがある。[田村晃祐]

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世界大百科事典内の双林寺の言及

【築館[町]】より

…東に接する迫町,若柳町との境に迫川の遊水池としての機能をもつ伊豆沼,内沼があり,冬季にはハクチョウ,ガン,カモなどが飛来し,天然記念物に指定されている。平安時代の薬師如来座像(重要文化財)を本尊とする双林寺(杉薬師)がある。【千葉 立也】。…

※「双林寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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