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国地頭 くにじとう

百科事典マイペディアの解説

国地頭【くにじとう】

1185年,源頼朝が五畿・山陰・山陽・南海・西海の諸国を対象に置いた地頭で,個々の荘・郷・保に置かれた荘郷地頭とは区別され,一国を知行の対象とした。頼朝謀反人源義経・行家を追捕(ついぶ)するため国ごとに地頭を置き,荘園・公領をとわず平均に段別5升の兵粮米を徴収する権利をはじめ,荘公の田地に対する検注権などの支配権を行使するものとし,国衙在庁や荘公の下職(現地役人)・惣押領使などからなる地頭の輩を幕府の支配下に組み込もうとした。そのため国衙の行政に公然と干渉することとなった。現地では兵粮米をめぐり混乱が生じ,1186年には頼朝に地頭設置を奏請した北条時政が,地頭職の辞退を申し出て惣追捕使となり,さらに頼朝が兵粮米の徴収を全面的に停止するなど,国地頭はまもなく廃止された。以後,国には惣追捕使が置かれ,やがて守護とよばれるようになった。

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世界大百科事典 第2版の解説

くにじとう【国地頭】

鎌倉幕府のはじめ,1185年(文治1)11月,源頼朝の代官北条時政の奏請によって,五畿山陰山陽南海西海の諸国を対象に,国ごとにおかれた地頭。このとき謀反人となって逃亡した源義経・同行家を追捕(ついぶ)するために,これらの国に地頭をおき,(1)荘園・公領をとわず,反別5升の兵粮米を徴収すること,(2)一国の田地を知行すること,(3)国衙の在庁や荘・公の下職(現地の役人)・惣押領使などからなる地頭の輩を幕府の支配下にくみこむことなどが予定されていた。

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世界大百科事典内の国地頭の言及

【勧農使】より

…比企朝宗は鎌倉幕府の守護制度が整備されるなかで,北陸道諸国の守護として活躍するようになるところからみて,この鎌倉殿勧農使がある意味では鎌倉幕府の守護制度の源流をなすとも考えられる。しかしながら,85年(文治1)11月におかれた鎌倉幕府の国地頭(ないし惣追捕使)が,勧農使の伝統をうけついで公然と国務に干渉していたにもかかわらず,翌年3月,北条時政が自分のもっている7ヵ国の地頭職を辞退して惣追捕使になると後白河法皇に申し出て,諸国の勧農から手をひいている。またそれをうけて,同年6月になると,今度は頼朝の要請によって,西国37ヵ国を対象として,武士の濫行を停止せよという後白河法皇の院宣が出された。…

【地頭】より

…しかし,この勅許の内容や設置された地頭職の意味についてはなお議論が一定しない。従来,この文治勅許によって設置された地頭は一般の荘郷地頭と考えられてきたが,近年ではこれと類型的に区別される国地頭であるとの理解が一般化しつつある。その際,文治勅許によって成立した地頭制を国地頭のみと限定するか,あるいは在来の指摘を認めつつ,荘郷地頭,国地頭双方であったとするかの両様の見解が提起されている。…

※「国地頭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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