大湯温泉(読み)オオユオンセン

デジタル大辞泉 「大湯温泉」の意味・読み・例文・類語

おおゆ‐おんせん〔おほゆヲンセン〕【大湯温泉】

秋田県鹿角かづのにある温泉。泉質は塩化物泉。付近に大湯環状列石がある。大湯
秋田県湯沢市にある温泉。一軒宿のみが営業。泉質は硫黄泉
新潟県魚沼市にある温泉。泉質は単純温泉奥只見観光の基地。

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精選版 日本国語大辞典 「大湯温泉」の意味・読み・例文・類語

おおゆ‐おんせん おほゆヲンセン【大湯温泉】

[一] 秋田県北東部、鹿角市にある温泉。泉質は弱食塩泉
[二] 秋田県南東部、湯沢市にある温泉。泉質は硫黄泉。
[三] 新潟県南東部、魚沼市にある温泉。泉質は単純泉

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日本歴史地名大系 「大湯温泉」の解説

大湯温泉
おおゆおんせん

[現在地名]湯之谷村大湯

折立おりたて村の湯中居ゆなかい栃尾又とちおまた集落の中間に位置し、集落は佐梨さなし川両岸にある。正保国絵図に「大湯村」高三五石余がみえるが、天和三年郷帳にはみえない。しかし元禄・天保の郷帳では一村として記される。いわゆる湯之谷温泉郷は、当地のほかに、佐梨川上流の栃尾又温泉こまの湯、只見ただみ川ダムに注ぐこいまた川の沢中にあったこいまた温泉、奥只見おくただみダムに水没した波拝なみはい温泉の五ヵ所があったが、当地はこれら温泉郷の中核をなす。開湯は奈良時代とされる。栃尾又温泉と同様に薬師堂があり、行基作と伝える薬師如来が安置される。元禄一七年(一七〇四)の大湯縁起(和泉屋文書)によると、養老二年(七一八)の夏、行基が来て九寸三分の薬師如来を刻み、小堂を構えて安置した。これを湯元の本尊として入湯者の尊崇を集めたとある。四日よつか(現小出町)の諏訪神社に伝える慶長六年(一六〇一)の堀直政寄進状には「直政様御湯治之砌、御墨付被遣候」とあって、前年の越後一揆平定後、疲れを癒しに入湯したという。

大湯温泉
おおゆおんせん

[現在地名]鹿角市十和田大湯

大湯川左岸の山麓から湧く湯。寛政(一七八九―一八〇一)頃の「邦内郷村志」に「温泉附薬水」として「鹿角郡毛馬内県温泉 在大湯村城府西、在大湯村側、其湯清白而治疥瘡・諸悪瘡、四時秋田近隣庶民浴者不絶」とある。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大湯温泉」の意味・わかりやすい解説

大湯温泉
おおゆおんせん

新潟県南東部,魚沼市にある温泉。越後三山の駒ヶ岳北麓,魚野川の支流佐梨川の渓谷に位置する。泉質は単純泉,食塩泉。泉温は 57℃。胃腸病に効能があるといわれる。静かな湯治場であったが,1952年以後の奥只見の電源開発,観光開発に伴って近代化した。 1971年奥只見シルバーラインの開設により銀山湖,尾瀬,奥日光に通じる観光ルートの拠点となった。付近にスキー場がある。

大湯温泉
おおゆおんせん

秋田県北東部,十和田湖の南にある温泉。鹿角市に属する。大湯川に沿って 2kmにわたり湧出。上町,下町に分れ,下町は段丘上の街村として古くから発達。泉質は食塩泉,硫黄泉。泉温 73℃前後。付近に特別史跡の大湯環状列石や野中堂,万座の縄文後期の巨石文化遺跡がある。冬季はスキー客でにぎわう。十和田湖観光の基地。国道 103号線が通り,JR花輪線十和田南,陸中花輪駅よりバスの便がある。

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