コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

大福餅 ダイフクモチ

5件 の用語解説(大福餅の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

だいふく‐もち【大福餅】

あんを餅の皮で包んだ和菓子

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

大福餅【だいふくもち】

餅を薄く伸ばして皮とし,アズキ餡(あん)を包んだ菓子。江戸中期ごろにその形から腹太(はらぶと)餅と称されたが,転じて大腹(大福)餅となったという。ゆでた豆を餅に入れた豆大福や,ヨモギの葉をつきこんだ草大福などもある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典の解説

だいふくもち【大福餅】

和菓子の一種。あずきあんを餅(もち)で包んだもの。餅の皮にゆでた赤えんどうを入れた豆大福、よもぎの若葉を混ぜて搗(つ)いた餅を用いた草大福などもある。◇「大福」と略す。

出典|講談社
和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

だいふくもち【大福餅】

小豆あんを薄い餅の皮で包んだ菓子。庶民的な餅菓子として愛好され,ゆでたエンドウを餅に入れた豆大福,ヨモギの葉をつきこんだ草大福などもつくられている。室町後期から鶉(うずら)餅という菓子があり,これを焼いたり,焼印を押したりしたものを鶉焼と呼んだ。塩味のあんをたっぷり入れ,丸くふくらんだ形にしていたための名で,のちには腹太(はらぶと)餅ともいった。これを平たくしたのが大福餅である。《宝暦現来集》(1831)は,江戸小石川のある寡婦が1771年(明和8)冬に売り始めた〈おた福餅〉の後身とするが,とにかく寛政年間(1789‐1801)にいたって流行し,江戸の町には毎夜〈籠の内へ火鉢を入れ,焼き鍋(なべ)をかけ,その上に餅をならべ〉(《寛政紀聞》)た大福餅売の姿が見られたものであった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大福餅
だいふくもち

餅菓子の一種。餅で餡(あん)をくるんだもので、大福長者のように白く福々しい姿が庶民に愛され、大福餅とよばれた。略して大福ともいう。また大福の両面を鉄板で焼いたものを焼き大福というが、昔は焼き大福を大福餅、焼かないものを生(なま)の餡餅といった。餅の皮は薄く、餡を多くした形状から腹太(はらぶと)餅、大腹(だいふく)餅などともいわれたが、当初は塩餡で「あんびん」とも称した。つくられたのは元禄(げんろく)年間(1688~1704)とも明和(めいわ)年間(1764~1772)ともいわれ、餅まんじゅうの名もあった。『寛政(かんせい)紀聞』には、冬の夜寒(よさむ)に焼き大福を売り歩いて好評であったと記されている。大福が甘くなったのは18世紀末という。[沢 史生]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の大福餅の言及

【和菓子】より

…(1)餅菓子 餅,および餅を材料に使うものであるが,現在ではもち米だけでつくるふつうの餅を材料とするものは少なく,多くは糝粉(しんこ),白玉粉,小麦粉,道明寺粉などを主材料とする。ふつうの餅でつくるのは大福餅や萩の餅(ぼた餅)くらいであるが,江戸時代には鶉餅(うずらもち),大仏餅などこの種類のものが多かった。糝粉餅を使うものには鶴の子餅,すあま(州浜),草餅柏餅,切山椒(きりざんしよう)などがあり,だんご類も多くはこれに属する。…

※「大福餅」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

稀勢の里寛

1986- 平成時代の力士。昭和61年7月3日生まれ。中学卒で鳴戸部屋に入門し,平成14年3月初土俵。16年5月新十両,同年11月には18歳4ヵ月で新入幕をはたす。18年7月新三役小結,21年3月新関...

続きを読む

コトバンク for iPhone

大福餅の関連情報