翻訳|temperament
オクターブを均等に分割した音律。歴史的には純正律を実用的に修正した音律を〈平均律〉といい,とくに半音の間隔を均等に配分した〈12平均律〉をいう。〈12平均律〉はすべての長・短調が演奏可能な実用的音階で,とくに18世紀以降の調性音楽の基礎となったのみならず,20世紀初めの十二音音楽もこの音律論を前提としている。自由な転調と移調,それに自由な和音進行を円滑に行うという必要性から生まれた音律法で,それぞれの音の振動数の比が12\(\sqrt{2}\)になるようにオクターブを12個の等しい半音に分割する。従来のピタゴラス音律,純正律や中全音律などで生じる微細な音程の差を取り除き,たとえば嬰ロ音とハ音とを同一とみなす。それによって,エンハーモニック転調も初めて可能になる。
ピタゴラス音律や純正律による調律では,特定の和音において〈ウルフwolf〉と呼ばれる著しい不協和音を生じることがある。またすべての長・短調が自由に使用できないという不都合がある。近親関係調のハ長調とト長調の間ですら同じ音程間に微細なずれが生じ,たとえば,純正律のトとイは,ハ長調のソとラの場合は9:10であるがト長調のドとレの場合は8:9になるのである。そこで,16世紀において長3度を純正にとり,5度を縮めるという中全音律が行われるようになる。これは不等分平均律unequal temperamentとも呼ばれ,一種の平均律ではあるが,〈12平均律〉のようにすべての単位音程を等しくとる等分平均律equal temperamentとは区別して用いられる。
オクターブを均等に分割するという考え方は,すでに実践の面においては15世紀のリュート奏者などの間で行われていたとみられる。しかし,これを理論的に最初に定式化したのはランフランコGiovanni Maria Lanfranco(?-1545)やサリーナスFrancisco de Salinas(1513-90)らの16世紀の音楽理論家である。その後,半音を17:18にとるガリレイVincenzio Galilei(1520ころ-91)や,幾何学的算定法を用いたメルセンヌらにおいて12平均律の理論が提示された。一方,純粋に理論値として,53等分平均律をはじめ,19,31,41各等分平均律も考案された。
これらの平均律はとくに鍵盤楽器の調律法に大きな意味をもつが,平均律に調律してすべての長・短調を用いるという考え方を最初に具体的に示したのはバーデン辺境伯の宮廷楽長であったフィッシャーJohann Caspar Ferdinand Fischer(1665ころ-1746)のオルガン作品《アリアドネ・ムシカAriadone musica》作品4(1702)であり,この作品においては彼は20の長・短調を用いた前奏曲とフーガを作曲している。すべての長・短調を用いた作品を最初に実践したのはJ.S.バッハの《平均律クラビーア曲集》第1集である。しかし,このころすでに平均律は十分に浸透した音律法であったらしく,ラモーも同じ頃に平均律の理論を示し,また,マッテゾンの《通奏低音教本》(1719)にはすべての調を用いた例題が示されている。しかし,オルガンの調律に平均律を採用したのはG.ジルバーマンの世代に至ってからのことである。
平均律はその後,調性音楽と密接に結びついた音律論として,〈トリスタン和声〉に代表される豊かな転調を用いたR.ワーグナーの和声の基礎となったのみならず,十二音音楽を支える理論でもあった。シェーンベルクがセリー(音列)のさまざまな転回形を使用する際も平均律を前提としていたのである。
平均律の理論はヨーロッパだけの所産ではない。たとえば中国では南北朝の宋の何承天が447年ころに12平均律を算定したとされ,また,明代の人,朱載堉(しゆさいいく)も1596年に算定している。日本でも1692年に中根元圭が算定しており,一方,アラブでは現在,24平均律が実用されている。なお,中根が《律原発揮》(1692)において算定した方法はオクターブの12乗根を開いて求めるという今日の算定法と同じものである。
→音律
執筆者:西原 稔
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
音律の一種。一般的にはオクターブまたは特定のある純正音程を多等分割して平均化する音律方式をさすが、元来temperamentとは、ピタゴラス音律や純正律の算出法から生じる音のずれをわずかに加減して「調節された」音律を意味する。
ヨーロッパでは中世以来ピタゴラス音律や純正律が用いられてきたが、和声法や調性の発達に伴いそれでは転調が困難で、とくに演奏時の音高調整が不可能な鍵盤(けんばん)楽器において著しい支障が生じ始めた。このため、多少響きの純正度は減じても調に対する適応力を拡大しようと登場したのが平均律である。15~19世紀には純正律を部分修正したさまざまな不等分平均律(中全音律など)が用いられたが、その間、16世紀にはオクターブを12半音に等分した12平均律が考案された。これは、五度定律法によって純正五度音程を12回重ねて得た音と基音とのわずかな音程のずれ(ピタゴラス・コンマ)を解消するために、1/12コンマだけ狭い五度を基本単位として閉じた五度圏を可能にしたものである。異名同音間の偏差がないため、12音鍵盤上の転調を可能にした。12平均律は、完全八度以外は純正律からずれている(とくに長短三および六度のずれが大きい)、また和声法上の協和・不協和音の区別が響きのうえで得られないなどの欠点はあるが、17、18世紀からしだいに実用化され始め、19世紀後半以降は他を駆逐して広く世界的に用いられるようになった。
今日平均律というと、この12平均律をさすことが多いが、等分平均律にはそのほかにも各種あり、なかでももっとも純正律に近いものとして53平均律が重要である。中国では朱載堉(しゅさいいく)が1596年に、日本では中根元圭(げんけい)が1692年(元禄5)にすでに12平均律を算出・発表しており、西アジアでは今日独自の微分音的音律を表すものとして24平均律が用いられている。さらに、タイには七等分平均律、インドネシアには五等分平均律に近い音列が存在する。
[川口明子]
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…人間ひとりひとりの特有な心理的特徴は,一般に性格と呼ばれるが,この性格が環境からの影響をうけて後天的に形成されるものであるのに対し,その基礎にあって生物学的に規定されていると考えられる生来性の特質が気質である。気質を表す英語temperamentなどの西欧語は語源的に〈ほどよく混ぜ合わせる〉という意味のラテン語temperareに由来しているが,これは,ヒッポクラテス以来,人間の性格類型を血液・胆汁・黒胆汁・粘液という4種の体液の混合のぐあいから考えたためである。このうち,血液が優勢ならば,陽気で快活な〈多血質sanguine〉が,胆汁が優勢ならば,短気で興奮しやすい〈胆汁質choleric〉が,黒胆汁が優勢ならば,陰気で憂鬱(ゆううつ)な〈黒胆汁質melancholic〉が,また粘液が優勢なら,鈍感で冷血な〈粘液質phlegmatic〉がそれぞれ生ずると信じられた。…
…心理学において両者を同義に用いる場合もあるが,区別して用いる場合には,人格(パーソナリティ)が知・情・意の全体的な統一性をあらわすのに対して,性格(キャラクター)は,そのうちの情意的な側面をさすのが普通である。 また,性格に似た語として気質temperamentがあるが,それは一般に性格の下部構造をなし,個人の情動的反応の特質を規定する遺伝的・生物学的な特性(神経系のタイプなど)をさしている。古代ギリシア以来,有名な〈多血質〉〈胆汁質〉〈黒胆汁質〉〈粘液質〉という気質の4類型があるが,そこには体液の混合の割合がその人の気質を決定するというヒッポクラテスに始まる古代ギリシア医学の考え方があった。…
…オクターブの分割によって得られるこれらの音程比は,自然倍音列内の音程比と一致する。一方,音程値には種々のものが提案されたが,今日最も普及しているのは,12等分平均律の半音を100セント(したがってオクターブは1200セント)とするセント値である。音程
【西洋】
西洋における音律の歴史は,単旋律音楽から声楽ポリフォニーへの発展,鍵盤楽器の台頭,調の拡大など,音楽様式そのものの変化と深くかかわり合っている。…
※「平均律」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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