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御茶ノ水 おちゃノみず

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

御茶ノ水
おちゃノみず

東京都千代田区文京区にまたがる,JR中央線と総武線の御茶ノ水駅周辺地区の通称。お茶の水とも書く。江戸時代初期に現在の駅の対岸のあたりにあった高林寺 (現在駒込の蓬莱寺) 境内の清澄な湧水を,将軍の茶の湯の水に用いたのが地名の由来。

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百科事典マイペディアの解説

御茶ノ水【おちゃのみず】

東京都御茶ノ水駅周辺の地域。江戸初期高林寺境内の湧水(ゆうすい)を将軍が茶に用いたのが地名の由来という。駅の北側を神田川が流れ,右岸は千代田区駿河台,左岸は文京区湯島で,両岸はお茶の水橋と聖(ひじり)橋で結ばれる
→関連項目神田

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世界大百科事典 第2版の解説

おちゃのみず【御茶ノ水】

東京都千代田区北部(神田駿河台)から文京区南東部(湯島)にかけての地名。行政名にはなくJR中央線,および地下鉄丸ノ内線の御茶ノ水駅周辺をさす通称名であるが,お茶の水,御茶の水などの書き方もある。古くから茶をたてるのに良い水が出るため,この地名が出たとされている。本郷湯島台と神田駿河台とを分かつ掘割(神田川)は茗渓(めいけい)または仙台堀とも呼ばれ,江戸初期に江戸城防衛のための外堀の一部としてつくられた人工河川で,1660年(万治3)拡張されて船の通行が可能になった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

御茶ノ水
おちゃのみず

東京都千代田区神田駿河台(かんだするがだい)から文京区湯島(ゆしま)にまたがる地区。お茶の水とも書く。区境の旧外堀(神田川)の南側のJR御茶ノ水駅を中心とし、その北に東京メトロ丸ノ内線御茶ノ水駅、南に同地下鉄千代田線新御茶ノ水駅がある。江戸初期、外堀を掘るための神田山(台地)切り崩し中、高林寺の境内から清水が湧(わ)き出し、それを徳川将軍家のお茶をたてる水として献上したことが地名の由来。御茶ノ水の別名、茗渓(めいけい)の名でもよばれた。この境内の一部に1874年(明治7)東京師範学校(現在の筑波(つくば)大学)、女子師範学校(現在のお茶の水女子大学)が設立された。現在は東京医科歯科大学の敷地となる。その東側が1690年(元禄3)建設の湯島聖堂で、その南側の橋はそれにちなんで聖橋(ひじりばし)とよぶ。外堀の南側には私学の日本、明治の各大学、さらに池坊お茶の水学院、アテネ・フランセなど各種の学校がある。なお、南側に1891年設立のビザンティン式建築のニコライ堂がある。古くから文教地区で、書籍・出版関係の会社も多く、学生の街として繁栄している。[沢田 清]

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