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方広寺 ほうこうじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

方広寺
ほうこうじ

京都市東山区にある天台宗の寺。天正 14 (1586) 年豊臣秀吉によって創建され,木造の大仏を安置した。慶長1 (96) 年の大地震で倒壊,同7年炎上。同 17年徳川家康のすすめにより,秀頼が再興したが,同 19年落成供養の際,鐘銘の「国家安康,君臣豊楽」の文句を徳川家康が曲解し,「家」と「康」の字を分断しているのは徳川氏への呪いの文句であるといい,大坂の陣を引起したことは有名 (→鐘銘事件 ) 。

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方広寺
ほうこうじ

静岡県西部,浜松市北区にある寺。臨済宗方広寺派の大本山で,山号は深奥山。元中1=至徳1 (1384) 年奥山朝藤が建立。無文元選 (聖鑑国師) の開山。江戸時代には徳川氏および朝廷の祈願所となり大いに栄えた。

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デジタル大辞泉の解説

ほうこう‐じ〔ハウクワウ‐〕【方広寺】

京都市東山区にある天台宗の寺。天正17年(1589)豊臣秀吉が奈良東大寺大仏を模して創建。開山は木食応其(もくじきおうご)。大仏と大仏殿は焼失し、現在は本堂・大黒天堂・大鐘楼が残る。豊臣家滅亡のきっかけとなった「国家安康」の銘を記した釣鐘で有名。通称、大仏殿。
静岡県浜松市北区にある臨済宗方広寺派の大本山。山号は、深奥山。奥山朝藤が寺地を寄進し、元中元年=至徳元年(1384)に創建。開山は無文元選。防火に霊験ある半僧坊大権現が祭られる。奥山半僧坊。

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百科事典マイペディアの解説

方広寺【ほうこうじ】

静岡県引佐(いなさ)町(現・浜松市)にある臨済宗方広寺派本山。本尊釈迦如来。1384年奥山(おくやま)朝藤(ともふじ)を開基とし,無文元選(むもんげんせん)を開山として創建。
→関連項目北[区]

方広寺【ほうこうじ】

京都市東山区茶屋町に豊国(とよくに)神社と並んで建つ。豊臣秀吉が創建した天台宗の寺院。16世紀末の完成。大仏殿には6丈の木像大仏が安置され秀吉の権勢を示していたが1595年の大地震で倒壊。
→関連項目柏原宿五条大橋鐘銘事件

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デジタル大辞泉プラスの解説

方広寺

静岡県浜松市にある寺院。1371年創建。臨済宗方広寺派大本山。本尊は釈迦如来。七尊菩薩堂は国の重要文化財に指定。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほうこうじ【方広寺】

静岡県引佐(いなさ)郡引佐町にある臨済宗方広寺派本山。1384年(元中1∥至徳1)ころ創建。開祖無文元選。秀吉および家康以来の徳川氏も保護したので寺運は盛んであった。1903年一派本山となり,末寺180余寺をもつ。境内にまつられる鎮守の半僧坊権現は火伏せの霊験で知られ,奥山半僧坊として広く信仰される。【細溝 典彦】

ほうこうじ【方広寺】

京都市東山区にある天台宗の寺院。大仏殿とも呼ぶ。豊臣秀吉の創建で1595年(文禄4)完工。6丈(約18m)木製金漆塗座像大仏が安置されたが96年(慶長1)地震のため大破し,98年秀吉の死後,秀頼は復興を命じ,1612年銅像大仏が落成。大仏は62年(寛文2)の地震で再び小破したので木像に造り替えられたが,1798年(寛政10)雷火のため大仏,本堂,楼門が焼失した。天保年間(1830‐44)に尾張国の有志が半身の像を造り,仮堂に安置したが,1973年火災で焼失,現在は鐘楼と鐘のみを残す。

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大辞林 第三版の解説

ほうこうじ【方広寺】

京都市東山区にある天台宗の寺。1586年豊臣秀吉が奈良東大寺に倣い大仏殿を建てたのに始まる。開山は古渓宗陳。1614年に豊臣秀頼がつくった梵鐘の鐘銘に「国家安康」の文字があり、それを口実に徳川家康は大坂冬の陣を起こした。
静岡県浜松市引佐いなさ町奥山にある臨済宗方広寺派の大本山。山号、深奥山。1384年奥山朝藤の建立、無文元選むもんげんせんの開山。俗称、半僧坊。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の方広寺の言及

【安土桃山時代美術】より

…前者には,日吉(ひえ)大社西本宮本殿(1586),同東本宮本殿(1595),園城寺金堂(1599)などがあげられる。現存しないが,1589年に建てられた方広寺大仏殿も,鎌倉時代再建の東大寺大仏殿の様式を受け継いでいた。後者には,豊臣秀吉をまつった豊国廟の建築を移したと伝えられる都久夫須麻神社本殿,宝厳寺唐門や大徳寺唐門,大崎八幡神社社殿(1607)などがある。…

【賀茂川∥鴨川】より

…1591年(天正19)豊臣秀吉は御土居の築造に当たり,その東端を鴨川西岸とし,古代・中世以来の洪水の防止をはかった。1610年(慶長15)には,方広寺大仏殿造営の材木運搬のため角倉了以が鴨川の開削(水路化)に着手した。洛東と伏見(淀・鳥羽一帯)の高低差約6尺を土木工事によって水平化することに成功,〈淀・鳥羽之船直に三条橋下に至る〉ようになり(《(駿府記》),物資の輸送が格段に円滑化された。…

【鐘銘事件】より

…1614年(慶長19)再建された京都方広寺大仏殿の釣鐘の銘に徳川家康が難くせをつけ,豊臣秀頼を開戦に追いこんだといわれる事件。秀吉が創建し,1596年の大地震で崩壊した方広寺の再建は徳川・豊臣両氏の共同事業であったが,鐘銘に〈国家安康〉の文字があったのを〈家康〉を胴切りにするものと難くせをつけた家康は,これを機会に秀頼の徳川氏への臣従化を迫った。…

【豊臣秀吉】より

…また主要都市や鉱山を直轄下におき貨幣を鋳造し,諸国の座や関を整理するなど商工業の把握につとめた。方広寺大仏殿の造営のため職人を動員し,百姓から武具を取り上げる刀狩令の口実とするなど,新たな身分編成につとめている。九州征伐の直後にキリシタン宣教師の追放を指令し(伴天連(バテレン)追放令),布教の手段となっていた南蛮貿易を自己の統制下におき,武具など先進技術や生糸輸入の独占をはかった。…

【真継家】より

…86年(天正14)久直は後陽成天皇即位のさい諸国鋳物師から祝儀銭を徴収,これを慣例化し,伊豆守となった。ついで康綱は江戸幕府から鋳物師支配を承認されるとともに,1609年(慶長14)伊勢神宮の式年遷宮に当たり子息康利(親当)とともに斎部姓に改姓,奉幣使となり,14年には総奉行片桐且元の下で諸国の鋳物師を動員して方広寺の鐘を鋳造する。また17年(元和3),22年に康綱,康利は日光奉幣使とともに関東に下向,真継家は以後,伊勢,日光の例幣使の役を務めることとなる。…

【妙法院】より

…ついで後高倉院皇子尊性法親王が天台座主となってここに住し,新日吉社,金剛念仏三昧院以下多数の寺院の検校職を兼ね,天台三門跡の一つとして勢力を振るった。1586年(天正14)豊臣秀吉が方広寺大仏殿を建て壮大な千僧会の法要を営んだとき,妙法院がこれを管理しており,本坊は綾小路より当地に移っていた。豊臣氏滅亡後,蓮華王院,新日吉社,後白河法皇御影堂,方広寺大仏殿などすべて妙法院が管理することとなった。…

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