本妙寺(読み)ホンミョウジ

デジタル大辞泉プラスの解説

本妙寺

熊本県熊本市西区にある寺院。「肥後本妙寺」ともする。日蓮宗六条門流。山号は発星(ほっしょう)山。加藤清正が父の菩提を弔うため、1585年に摂津(大阪)に建立した寺が起源。境内には清正の廟もあり、地元では「清正公(せいしょこ)さん」とも呼ばれる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほんみょうじ【本妙寺】

熊本市にある日蓮宗の寺。山号は発星山(ほつしようざん)。肥後熊本の領主加藤清正の廟所,〈清正公(せいしよこ)さん〉の名で知られている。1585年(天正13)清正が大坂に創建,1600年(慶長5)新たに築かれた熊本城のなかに移転。11年清正は没して熊本西郊中尾山に葬られ,廟を造営して浄池廟と称した。1614年熊本城内の本妙寺が焼亡したのを機に浄池廟のかたわらに移建されたのが現在の本妙寺である。加藤家改易ののち新領主細川氏も崇敬し,寺領400石を給した。

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大辞林 第三版の解説

ほんみょうじ【本妙寺】

熊本市花園町にある日蓮宗の寺。山号、発星山。1585年に加藤清正が大坂に創建。1600年熊本城内に移り、清正没後現在地に再移転。清正の廟びようがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

本妙寺
ほんみょうじ

熊本市西区花園(はなぞの)にある日蓮(にちれん)宗の寺。発星山と号する。本尊は宗祖奠定(てんてい)大曼荼羅(まんだら)。1585年(天正13)加藤清正が父清忠(きよただ)の冥福(めいふく)を祈り、日真(にっしん)を招き大坂に建立。清正が肥後を領したとき、寺領を熊本城内に移し、さらに清正没後現在の地に移り、清正の菩提(ぼだい)寺となすとともに、日蓮宗六条門流九州総本山となった。境内には本堂のほか加藤清正侯廟(びょう)があり、清正の法号から浄池(じょうち)廟ともよばれている。寺宝のうち、細川斎慈(なりしげ)寄進の短刀、宗尊(むねたか)親王作『日本紀竟宴(にほんぎきょうえん)和歌』二巻は国の重要文化財。また、刀剣(銘九州肥後同田貫藤原正国)、短刀(銘備前長船(おさふね)祐定)、清正拵網代鞘(こしらえあじろさや)の3点は県の重要文化財に指定されている。[田村晃祐]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ほんみょう‐じ ホンメウ‥【本妙寺】

熊本市花園にある日蓮宗の寺。山号は発星(ほっしょう)山。天正一三年(一五八五)加藤清正が父清忠追福のため大坂に創建。開山は日真。同一六年転封により熊本城内に移され、清正没後現在地に建立。寺内に清正公廟(びょう)がある。お清正(せいしょう)公さん。

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世界大百科事典内の本妙寺の言及

【清正公信仰】より

…肥後熊本の領主で熱心な法華の信者であった加藤清正を〈清正公(せいしよこ)さん〉と奉称し,所願成就を祈る信仰。この信仰は地域的には清正の旧領で,その廟所(びようしよ)(本妙寺)のある熊本を中心に九州一円に広がる宗派を超越した庶民信仰としてみられ,教団的には日蓮宗旧六条門流寺院を中心に全国的に分布している。この信仰の成立過程には,清正が肥後にはじめて法華信仰を導入した人物として教団的に尊崇されたこと,治水,干拓などにしめされた治世の名君として敬慕されたこと,さらに家系断絶に対する庶民的同情等がその背景にあり,同時に,その廟所である本妙寺が清正の創建以来祈禱寺としての性格を持続していたことによる。…

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