林述斎(はやしじゅつさい)(読み)はやしじゅつさい

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

林述斎(はやしじゅつさい)
はやしじゅつさい
(1768―1841)

江戸後期の儒者。名は衡(たいら)、字(あざな)は徳詮。述斎、蕉隠(しょういん)、蕉軒(しょうけん)と号す。美濃(みの)国(岐阜県)岩村藩主松平乗蘊(まつだいらのりもり)(1716―1783)の三男。林家(りんけ)7世信敬(のぶたか)(1767―1793)に嗣がなかったので、1793年(寛政5)幕命により林家を継ぐ。大学頭(だいがくのかみ)に任ず。幕府による寛政(かんせい)異学の禁に応じて、昌平黌(しょうへいこう)の幕府の官学化、幕臣に対する学問吟味の制度の創設、正学たる朱子学の振興などに努めて、目覚ましい成果をあげる。林家中興の祖と称せられる。著書に『蕉軒(しょうけん)雑録』などがある。

[玉懸博之 2016年6月20日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例