日本歴史地名大系 「池尻村」の解説
池尻村
いけじりむら
文禄三年(一五九四)一二月二日豊臣秀吉が北条氏規に与えた知行目録(北条家文書)に村名がみえ、以降幕末まで狭山藩北条領。
池尻村
いけのしりむら
- 香川県:観音寺市
- 池尻村
寛永国絵図に村名がみえるが、高は
池尻村
いけじりむら
- 兵庫県:伊丹市
- 池尻村
池尻村
いけじりむら
- 東京都:世田谷区
- 池尻村
北東から南西へ通る
池尻村
いけじりむら
池尻村
いけじりむら
池尻村
いけじりむら
池尻村
いけのしりむら
池尻村
いけじりむら
池尻村
いけじりむら
京都東寺領
池尻村
いけじりむら
- 兵庫県:三田市
- 池尻村
池尻村
いけじりむら
池尻村
いけじりむら
池尻村
いけじりむら
- 兵庫県:小野市
- 池尻村
池尻村
いけじりむら
池尻村
いけじりむら
- 京都府:亀岡市
- 池尻村
亀岡盆地の北端に近く、北は
中世は美濃田保の内に含まれ、文明年間(一四六九―八七)のものと思われる室町幕府奉行人連署奉書案(蜷川家文書)によれば、「美濃田保池尻村」と「八田七村」が用水相論を起こしている。
池尻村
いけじりむら
池尻村
いけじりむら
- 奈良県:大和高田市
- 池尻村
高田川の東部、高田村・
池尻村
いけのしりむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報