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洋務運動 ヨウムウンドウ

6件 の用語解説(洋務運動の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

ようむ‐うんどう〔ヤウム‐〕【洋務運動】

中国で、19世紀後半、朝の漢人官僚によって推進された近代化政策。西洋軍事技術の導入、官営軍事工場の設立などによって、清朝の衰退の回復を図った。

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百科事典マイペディアの解説

洋務運動【ようむうんどう】

中国で19世紀後半,清朝の官僚が行った富国強兵のための改革運動。太平天国との戦い,アロー戦争によって,西洋近代兵器の必要性を感じた李鴻章(りこうしょう),曾国藩左宗棠(さそうとう)らは,官営軍需工場,外国語学校等を設立。
→関連項目官営工業盛宣懐中体西用論

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世界大百科事典 第2版の解説

ようむうんどう【洋務運動 Yáng wù yùn dòng】

19世紀後半,中国の清末に起こった西洋の科学,技術を導入して自強をはかろうとした改革運動。洋務の語はそれまで〈夷務〉と称され,清朝と諸外国との関係・交渉の事務いっさいを指していたが,アヘン戦争以降,洋務は,魏源林則徐馮桂芬(ふうけいふん),王韜(おうとう)(1828‐97)によって唱えられるようになり,中学を体(本体)とし西洋を用(作用)とする中体西用論を旨とした欧米の文物の摂取,受容をその内容とする。

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大辞林 第三版の解説

ようむうんどう【洋務運動】

中国で、一九世紀後半に李鴻章・曽国藩ら清朝の漢人官僚が推進した近代化運動。中体西洋論のもと欧米の軍隊組織・機械工業の導入を図った。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

洋務運動
ようむうんどう

洋務派」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

洋務運動
ようむうんどう

中国、清(しん)末の1860年ごろから90年代まで行われた、ヨーロッパの近代技術を取り入れ、中国の自強を図ろうとした運動。太平天国の乱を鎮圧するのに力のあった曽国藩(そうこくはん)、李鴻章(りこうしょう)、左宗棠(さそうとう)らの漢人大官僚、および恭親王奕(きょうしんおうえききん)らの洋務派と総称されるグループが中心になって推し進めた。「自強」と「求富」がスローガンであった。最初、軍事工業部門から始まり、70年代には官督商弁(官民合営)方式がとられて民間企業部門にも広がった。85年以降、洋務派は海軍部門を握り、北洋海軍も創設した。洋務運動の結果、確かに、太平天国の乱などで動揺した清朝の支配を一時的には立ち直らせることができた。しかし根本的な解決にはならず、清仏戦争(1884~85)、日清戦争(1894~95)の敗戦を経て洋務運動の破産は決定的なものになった。
 洋務運動の評価に関しては、それが中国の民族産業の発展を阻害したという説と、推進側の主観的な意図とは別に、客観的には中国における資本主義発展の基礎をつくりだしたという説に分かれ、いまなお論争中である。[倉橋正直]

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世界大百科事典内の洋務運動の言及

【清】より

…税関を管理する総税務司(その長官はイギリス人の指定席)は総理衙門の下部機構というしくみではあったが,実際にはほとんど独立の機構同然だったから,洋務派は上には公使団,下にはお雇い外国人の双方とうまくやっていかねばならない立場にたっていたのである。 自強を看板にかかげて大々的に遂行された洋務運動は,まず清仏戦争で手痛い打撃を受け,ついで日清戦争(1894‐95)の敗戦で決定的に破産した。とりわけ日清敗戦の打撃は甚大で,下関条約に規定された賠償金2億3000万両(テール)(遼東半島還付金をふくむ)は戦前の国庫歳入のほぼ3年分に相当する巨額であった。…

【中国科学】より

…科学技術の面で業績を挙げても,それがただちに立身出世につながらないような社会が育てられていった。アヘン戦争によって中国の弱体化が暴露されるにおよんで,ヨーロッパの科学技術を導入し,それによって富国強兵を図る〈洋務運動〉が起こった。しかしこれは十分な成功を得ることができなかった。…

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