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生物化学戦 せいぶつかがくせんbiological(bacteriological) and chemical warfare

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

生物化学戦
せいぶつかがくせん
biological(bacteriological) and chemical warfare

生物(細菌,ウイルス)や化学剤(主として毒ガス)を殺傷兵器として使用する戦争。BC兵器(→ABC兵器)と略称されるこれら兵器を航空機,砲弾,ミサイル等によって運搬散布し,人員や家畜を発病させて傷害,錯乱,無能力化ないしは死にいたらしめ,作物や植物を枯死,落葉,変性させて,敵の戦闘能力を奪い,有利な環境をつくり上げることを目的とする。戦争において,生物・化学兵器を使用した例は古くから随所にみられる。前4世紀アレクサンドロス3世(大王)は疫病死体を石弓で投射し,14~15世紀の百年戦争ではペスト(→黒死病)による死体を井戸に投下した例がある。また前5世紀のペロポネソス戦争では亜硫酸ガス(→硫黄酸化物)を使用し,前3世紀のポエニ戦争でカルタゴ軍はローマ軍に麻酔剤を混入したワインを飲ませた。
近代および現代になると化学工業の進歩に伴い本格的な生物化学戦の時代に入った。化学戦は第1次世界大戦中の 1915年4月22日,イープル戦線でドイツ軍が塩素ガスを大量に使用したのが最初である。このときは連合軍側は不意をつかれ,ドイツ軍は大きな戦果を上げたが,連合軍側も報復使用を開始し,防毒面(ガスマスク)や防護被服,除毒法など防御法も進歩したので決定的戦果を上げることができなくなった。また,中毒性の強いホスゲン(窒息性),イペリット(糜爛〈びらん〉性)なども使用され,大戦後も研究が続けられ,ドイツは神経ガスを開発して使用の準備もしていた。しかし毒ガスは第2次世界大戦中は使用されず,その後も使用されていない。それは敵の報復使用によって,一方的に有利な戦果は得られないとの判断によるものである。ただしベトナム戦争では,ゲリラの隠れ場所であるジャングルの見通しをよくするため,アメリカ軍によって枯葉剤が散布された(→枯葉作戦)。生物戦は各国で研究されているが,まだ本格的に実施されたことはない。使用の可能性のあるものとしては,炭疽ブルセラ症野兎病ペストなどの細菌,ウイルスとしては脳炎インフルエンザ黄熱などがある。報復に対する恐れ,防疫による効果の減退,即効性の欠如などが使用を抑制しているものとみられている。
一方,生物・化学兵器の禁止の問題は,19世紀に入って国際的に取り上げられ,1899年第1回ハーグ国際会議で毒ガスの使用禁止宣言が行なわれ,1925年には窒息性ガス,毒性ガスおよびこれらに類するガスおよび細菌学的手段の使用の禁止などを決めたジュネーブ・ガス議定書が国際会議で採択された。さらに 1971年8月アメリカ合衆国,ソビエト連邦の共同草案である生物兵器禁止条約がジュネーブの軍縮委員会に提出され,米ソなど東西 12ヵ国の提案として国際連合の承認を受け,1972年4月ワシントンD.C.,モスクワ,ロンドンで同時に調印された。また 1992年9月にはジュネーブ軍縮会議(→軍縮会議)で,化学兵器の開発,製造,取得,貯蔵,使用のすべてを禁止したほか,既存の化学兵器と製造施設を条約発効後 10年以内に廃棄することをうたった化学兵器禁止条約が採択,1993年1月に調印された。(→化学兵器生物兵器

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

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