守秘義務を負う医師・薬剤師・医薬品販売業者・助産師・弁護士・弁護人・公証人またはこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことにつき知りえた人の秘密を漏らす罪で、6月以下の懲役または10万円以下の罰金に処せられる(刑法134条1項)。宗教、祈祷(きとう)もしくは祭祀(さいし)の職にある者またはこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことにつき知りえた人の秘密を漏らしたときも同じ(同条2項)。本罪は親告罪である(同法135条)。これらの職に従事する者は、職務上、健康・法的紛争など多くの人々の秘密に触れる機会が多く、また、これらの秘密が守られないと、安心して真相を打ち明けることができないところから、本罪が設けられている。
本罪の主体は列記された者に限られる(身分犯)。「医師」「薬剤師」「弁護士」とは法律上これらの資格を有する者をいう。また、「医薬品販売業者」とは許可を受け医薬品を販売する者をいい、「弁護人」とは特別弁護人を意味する。なお、公務員・公認会計士・税理士・司法書士等については、本罪には含まれないが、特別法により同様の処罰規定がある。本罪における「秘密」とは特定の限られた者にしか知られていない事実をいい、公知の事実はこれに含まれない。この秘密は、本人が主観的に秘密とすることを欲する事実であれば足りるか、一般人が客観的に秘密として保護することを欲するものに限られるか、につき争いがあるが、後説が支配的見解である。なお、秘密は、自然人のほか法人その他の団体に関するものも含まれうる。
次に、本罪における「漏らす」(漏示)とは、秘密をまだ知らない他人にこれを告知することをいい、口頭によると書面によるといずれでもよい。ちなみに、刑事訴訟法や民事訴訟法は裁判所に対し一般的に証人尋問権を認めているが、医師・助産師・看護師・弁護士・弁理士・公証人・宗教の職にある者またはこれらの職にあった者に限り証言拒絶権を認めている(刑事訴訟法149条、民事訴訟法197条1項2号)。なお、国家秘密、軍事機密については項目「機密保護法」を、企業秘密については項目「産業スパイ」を参照のこと。
[名和鐵郎]
医師,薬剤師,医薬品販売業者,助産婦,弁護士,弁護人,公証人,宗教・祈禱(とう)・祭祀(し)の職にある者,またはこれらの職にあった者が,正当な理由がないのに,その業務上取り扱ったことについて知りえた人の秘密を漏らす罪(刑法134条)。法定刑は6ヵ月以下の懲役または10万円以下の罰金。親告罪である(135条)。刑法の表記現代化以前は〈秘密漏泄(ろうせつ)罪〉と呼ばれた。秘密漏示罪は個人と信頼関係に立ちその者の私生活上の秘密を知ることの多い業務主体に守秘義務を課することにより,個人のプライバシーを保護しようとするものである。もっとも,自然人ばかりでなく法人も〈人〉であり,公生活上の秘密も〈秘密〉にあたるという見解も有力である。他方,人が主観的に秘密にしたいと願望していること(主観的秘密性)だけでは〈秘密〉として保護されるのには十分ではなく,一般人の目からみても秘密とするに足りること(客観的秘密性)が必要である。この意味で,プライバシーに関する事項がすべて本条による保護の対象であるわけではない。すでに公知の事実となっているものは秘密でないことはいうまでもない。裁判所での証言など秘密の漏示に正当な理由があるときには本罪は成立しない。法文に〈正当な理由がないのに〉とあるのはこの意味である。
本罪の主体は法文に列挙されているものに限られるから,看護婦,興信所・私立探偵事務所の職員などの秘密漏示行為は本罪にはあたらない。改正刑法草案(317条1項)は,〈医療業務,法律業務,会計業務その他依頼者との信頼関係に基づいて人の秘密を知ることのできる業務に従事する者もしくはその補助者〉として,主体の範囲を大幅に拡大することを提案している。
他の主体の秘密漏示行為を処罰する規定は国家公務員法(109条12号,100条1項,2項),地方公務員法(60条2項,34条1項,2項)を筆頭に特別法に数多く存在し,個人の私生活上の秘密以外の多くの秘密を広く保護している。しかしこれらの規定が国民の〈知る権利〉を阻害し,公害・政治的腐敗を隠蔽する道具となりうる,あるいは現にそうなっているという批判も多い。改正刑法草案(318条)の提案する企業秘密漏示罪の新設にも同じ理由で批判が多い(企業秘密)。
→機密保護 →守秘義務 →プライバシーの権利
執筆者:町野 朔
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