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立川[市] たちかわ

百科事典マイペディアの解説

立川[市]【たちかわ】

東京都中部,武蔵野台地にある市。1940年市制。中心市街は中世の武蔵七党の一族立川氏の居城地,鎌倉街道の要地,近世の甲州街道の宿場町であった。1922年陸軍の飛行場が設置されて以後急速に発展,第2次大戦中は航空機生産の一中心であった。
→関連項目国立音楽大学

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世界大百科事典 第2版の解説

たちかわ【立川[市]】

東京都中部の市。1940年市制,63年砂川町を編入。人口15万7884(1995)。武蔵野台地上にあり,南端を多摩川が流れる。中世以来鎌倉街道の要衝で,武蔵七党の一族立川氏の居城があった。立川駅の南にある普済寺境内に館跡が残る。江戸時代には甲州道中宿駅が置かれたが,大部分は甲州道中,五日市街道沿いの農村で,畑作のほか,養蚕や綿織業が行われていた。甲武鉄道(現,中央本線)が開通した1889年以降,再び三多摩交通の要地として発展したが,1922年に陸軍飛行連隊が所沢から移転,その後さらに陸軍航空技術研究所などの航空関連軍施設が相次いで設けられ,急激に軍都としての性格を強めた。

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世界大百科事典内の立川[市]の言及

【東京[都]】より

…明治時代のこれらの工場はほとんどが城東・城北両地区に集中していたが,大正時代に入ると神奈川県の横浜・川崎の工業地帯に続く城南地区に機械工業を中心とする臨海工業地帯が発展しはじめ,とくに第1次大戦後大工場が立地するようになり,東京湾岸には1941年東京港,横浜港,川崎港を合わせた国際貿易港京浜港が開港し,横浜・川崎地区の工業地帯と一体となって京浜工業地帯を形成した。内陸部でも昭和初期に武蔵野,三鷹,田無(たなし)を中心に航空機などを中心とする新しい軍需関連の工業が興り,戦時中に府中,立川,昭島,日野にまで拡大した。戦後の60年以降,首都圏整備計画の一環として八王子・日野地区,青梅・羽村・福生(ふつさ)地区に電気,機械,自動車などの近代工業が導入され,新しい工業地帯が形成されている。…

※「立川[市]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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