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わき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


わき

徳島県中北部,美馬市北部の旧町域。吉野川中流北岸にある。 1958年脇町 (1889年町制) ,江原町 (1928年町制) ,岩倉町 (1951年町制) が合体して脇町が成立。 2005年木屋平村,穴吹町,美馬町と合体して美馬市となる。町域の大部分は山地で,集落は河岸段丘上に発達。南流する曽江谷川沿いの阿讃交通路 (現国道 193号線) と撫養 (むや) 街道が交わる交通の要地で,アイ (藍) の取り引きも盛んであった。主産業は農業で,タバコ栽培のほか,養蚕,養鶏,乳牛の飼育も行なわれる。中心集落付近には阿波九城の一つ脇城跡,北部には大滝山 (946m) ,太尾の滝がある。

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デジタル大辞泉の解説

きょう【脇】[漢字項目]

常用漢字] [音]キョウ(ケフ)(漢) [訓]わき かたわら
〈キョウ〉わき下の肋骨のある部分。わきばら。わき。「脇息
〈わき〉「脇机脇腹脇見脇道脇目脇役小脇両脇
[補説]「脇」と「脅」は本来同字であるが、日本では意味によって使い分ける。
[難読]関脇(せきわけ)

わき【脇/×腋/×掖】

両腕の付け根のすぐ下の所。また、体側とひじとの間。わきのした。「本を―に抱える」
衣服で、1にあたる部分。「洋服の―を詰める」
(「傍」「側」とも書く)すぐそば。かたわら。「門の―に車をとめる」
目ざすものからずれた方向。よそ。横。「話題が―にそれる」「―を見る」
脇句」の略。「―をつける」
平安時代、相撲人(すまいびと)のうちで最手(ほて)に次ぐ地位の者。今の関脇にあたる。ほてわき
(ふつう「ワキ」と書く)能で、シテの相手役。また、その演者。原則として現実の男性の役で、面はつけない。
邦楽で、首席奏者(タテ)に次ぐ奏者。また、その地位。演奏するものによって、脇唄・脇三味線・脇鼓などという。
側(そば)用法

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


わき

徳島県北部、美馬(みま)郡にあった旧町名(脇町(まち))。現在は美馬市の北部を占める地域。吉野川北岸に位置する。旧脇町は、1889年(明治22)町制施行。1958年(昭和33)江原、岩倉の2町と合併。2005年(平成17)美馬、穴吹(あなぶき)の2町および木屋平(こやだいら)村と合併して市制施行、美馬市となった。国道193号と撫養(むや)街道が交差する。また、徳島自動車道の脇町インターチェンジが設置されている。三好長慶(みよしながよし)が脇城を築いたと伝え、のち徳島藩阿波(あわ)九城の一つとなり家老稲田氏が居住したが、1638年(寛永15)一国一城令により取り壊された。稲田氏は藍(あい)作りを奨励し、藍の集散地、また在町として発展した。現在も江戸時代の建物を含む藍商の町並みが残る。
 農業は米作からブドウ、ハッサク、クリなどの果樹栽培や、養鶏、養豚、酪農への転換がみられる。岩倉地区には中世の岩倉城跡や毘沙門(びしゃもん)天像(国の重要文化財)を蔵する最明(さいみょう)寺がある。南町通りを中心に(卯建)(うだつ)をあげた商家の町並みは重要伝統的建造物群保存地区に選定された。江戸時代の農家建築として旧長岡家住宅が国の重要文化財に指定されている。[高木秀樹]
『『脇町誌』(1961・脇町) ▽『脇町史』全3巻(1994~2005・脇町)』

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