②は、連歌・茶道・華道などでも論じられた概念だが、特に俳諧におけるものが知られる。元祿三年(一六九〇)頃から、芭蕉はしばしばこの語を用いてその理念を表わし、同七年刊の「炭俵」などで、この理念による俳諧の撰集を実現した。
晩年の芭蕉が創作上のくふうとして,しばしば力説した言葉。発句にも連句にもいう。それは〈重くれ〉〈甘み〉〈念入り〉〈ねばり〉〈入(いり)ほが〉の対立概念として,平明・率直・素朴など俳諧固有の味わいを意味し,趣向・作為のかった句の仕立て方,派手な目に立つ言葉,深刻な身ぶりや過剰な抒情性,あるいは前句にべったりと付く付け方等を脱却することをねらいとしていた。つまり,〈軽み〉は句体・句法・風調の問題であると同時に,詩心・芸境・理念の問題でもあった。といっても,それは〈さび〉〈しをり〉ほど美的理念として成熟していない。芭蕉はこれを〈浅き砂川を見る如く〉(《別座鋪》)とか〈桐の器をかきあわせに塗〉(《不玉宛去来論書》)った簡素さと説明している。《三冊子(さんぞうし)》によると,芭蕉は自作の発句〈木のもとに汁も鱠(なます)も桜かな〉について,〈花見の句のかゝりを得て,かるみをしたり〉と語ったという。また元禄7年(1694)8月9日付去来あて書簡で,軽みある連句の例として〈折々や雨戸にさはる荻の声(雪芝) 放す所におらぬ松虫(芭蕉)〉という付合を報告している。
→蕉風俳諧
執筆者:堀 信夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
芭蕉俳諧(ばしょうはいかい)の文芸理念。「かろみ」「かるき」「軽(けい)」ともいう。「おもみ」「おもき」「重(じゅう)」に対しての正の評価を示す語。芭蕉は「さび」に対しては寡黙であったが、「軽み」に対しては、1692年(元禄5)5月7日付去来宛書簡の「なかなか新しみなどかろみの詮議(せんぎ)思ひもよらず」を最初として、しばしば積極的な発言を繰り返している。しかし、芭蕉の弟子の許六(きょりく)が「言葉にも筆にものべがたき所に、ゑもいはれぬ面白所(おもしろきところ)あるを、かるしとはいふ也(なり)」(俳諧問答)といっているように、その意味内容を的確に表現することは、芭蕉文化圏の人々にとっても困難であったようである。芭蕉は、「今思ふ体は浅き砂川を見るごとく句の形、付心(つけごころ)ともに軽きなり」(別座鋪(べつざしき))と、譬喩(ひゆ)をもって説いている。「軽み」が、「句の形」と「付心」、すなわち、表現面と詩境の両方に対していわれたものであることがわかる。「さび」の超克を目ざした芭蕉晩年の芸境から生まれた理念である。芭蕉は自句「木のもとは汁も鱠(なます)もさくら哉(かな)」に対して「花見の句の、かかりを少し得て、軽みをしたり」(三冊子(さんぞうし))と語っている。
[復本一郎]
…景情融合の句作りを保証するものは表現主体が表現対象と合一する境地であり,合一をもたらすものは〈誠(まこと)〉,妨げるものは私意であるという芭蕉は,誠を責めれば句作りは自然に成ると説いたが,その高度な抽象論を理解し,実践できる者はまれであった。晩年の芭蕉は,私意の介入する余地のないまでに情の表出を抑え,〈軽み〉と称して日常の景を淡々と描き出す作風を唱導したが,そのために浪漫的な香気が失せたことも否めない。〈さび〉と〈軽み〉は蕉風俳諧の不易の相と流行の相であった(不易流行(ふえきりゆうこう))。…
…作者は,撰者たちや杉風,桃隣らを中心に,其角や嵐雪の参加も見られる。作風は,《猿蓑》以後の新風を見せたもので,芭蕉の説く軽みが具現され,軽俗枯淡な境地が示されているが,一面平俗化への傾きもはらんでいる。出版当時から反響が大きく,《俳諧七部集》の一つとして後世に大きな影響を与えた。…
…内容は,上巻に芭蕉の〈八九間空で雨降る柳かな〉を発句とする歌仙など5歌仙と,支考の俳文〈今宵賦〉を,下巻には蕉門諸家の発句410余を収めている。《別座鋪(べつざしき)》《炭俵》などとともに芭蕉晩年の軽みの風を代表する撰集である。芭蕉は《猿蓑》の続編として,また,好評の《炭俵》等に劣らない撰集とするために大いに力を入れたことが,その書簡からうかがわれる。…
…同年5月,芭蕉が上方へ赴くとき子珊の別屋で興行された六吟歌仙ほか4歌仙,餞別句など発句100余,素竜の文〈贈芭叟餞別辞〉を収める。子珊の序には“軽み”を説く芭蕉の言葉があり,所収作品にもその風調が現れている。また上方からの芭蕉書簡に,その地の門人たちの称賛が伝えられている。…
※「軽み」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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