デジタル大辞泉
「寂」の意味・読み・例文・類語
さび【寂】
《動詞「さ(寂)ぶ」の連用形から》
1 古びて味わいのあること。枯れた渋い趣。「寂のある茶碗」
2 閑寂枯淡の趣。「寂に徹した境地」
3 声の質で、低く渋みのあるもの。「寂のある声」
4 謡曲・語り物などの声の質で、声帯を強く震わせて発する、調子の低いもの。
5 連歌・俳諧、特に、蕉風俳諧で重んじられた理念。中世の幽玄・わびの美意識にたち、もの静かで落ち着いた奥ゆかしい風情が、洗練されて自然と外ににおい出たもの。閑寂さが芸術化された句の情調。→撓 →細み →軽み
じゃく【寂】
[名]
1 仏語。仏道の修行により、生死を超越した悟りの境地に入ること。
2 僧が死んだことを表す語。年月日の下に付けて用いる。「明治九年寂」
[ト・タル][文][形動タリ]まったく音がしないさま。静まりかえっているさま。ひっそり。「寂とした山寺の参道」
[類語]没・卒
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じゃく【寂】
〘名〙
① 仏語。仏道修行により有無執着の迷いの境地を脱却して、悟りの
境界(きょうがい)にはいること。
※性霊集‐序(835頃)「金剛薩埵扣
二大日之寂
一後、所謂第八折負者吾師是也」 〔
観普賢経〕
② (形動タリ) 人声がなく、ひっそりとして静かなこと。
物音のしないこと。また、そのさま。
※
万葉(8C後)一七・晩春三日遊覧詩序文「嗟乎今日所
レ恨徳星已少歟。若不
二扣
レ寂含
一レ章何以攄
二逍遙之趣
一」
※化銀杏(1896)〈泉鏡花〉一五「其の寂(ジャク)たること死せるが如き」
③ 僧の死をあらわす語。年月日などの下に置いて使う。「明治九年寂」
※法然上人行状画図(1307‐16頃)四六「
鎮西の聖光房辨長〈略〉ねぶるがごとくして寂に帰す」
※俳諧・仙台大矢数(1679)下「対馬殿なげかね
中間(ま)申には けいせい狂ひじゃくは
追腹」
せき【寂】
〘名〙 (形動タリ) ひっそりと静かであること。また、そのさま。
現代では、
多く「寂として」の形で用いられる。
※
太平記(14C後)二〇「其の比諸葛孔明と云
賢才の人、世を避け身を捨てて、蜀の南陽山に在けるが、寂
(セキ)を釣り閑に耕て歌ふ」
※わかれ(1898)〈
国木田独歩〉「遠き林をわたる風の音の幽かに聞ゆるのみ、
四辺(あたり)は寂
(セキ)として声なし」 〔
太平広記‐二七四・崔護〕
じゃく‐・す【寂】
〘自サ変〙 僧が死ぬ。入寂(にゅうじゃく)する。
※
元亨釈書(1322)
一一「釈以円。博士江以言之子也〈略〉門人曰、此暁已寂」
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
寂 (さび)
ある物の本質が,閑寂枯淡な味わいとなって,物の表面ににじみ出るときの美的興趣をいう。物の本質を究めることを至上の課題とした中世の仏教的認識論を母胎として,俗悪華美な世俗の価値観や美的嗜好に対する批判の形で生まれてきた。中世の歌論・連歌論などでは,〈ひえ〉〈やせ〉〈からび〉などと並んで,美の究極的境地として高く評価され,利休たちの〈侘数寄(わびずき)〉の茶のほか,以後の日本人の生活態度全般,ことにその美的嗜好に大きな影響を与えている。なお,俳諧の〈さび〉は中世の〈さび〉に,さらに俳諧固有の滑稽・諧謔のいぶしがかけられている。ただ,芭蕉自身が〈さび〉を語った例は少なく,去来の句〈花守や白きかしらをつき合せ〉を〈さび色よくあらはれ,悦(よろこび)候〉(《去来抄》)と評したのが最も確かな資料の一つといわれる。なお,去来によると,その微妙な味わいは,たとえていえば,老人が甲冑に身を固めて華々しく奮戦しても,また錦繡を着飾って御宴にはべっても,そこにおのずからにじみ出る老の姿があるようなものだという。
→しをり →侘(わび)
執筆者:堀 信夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
世界大百科事典(旧版)内の寂の言及
【猿蓑】より
…これを巻頭に出すために,発句編は冬・夏・秋・春という異例の四季部立をとる。去来が〈猿蓑は新風の始,時雨は此集の美目〉と自賛するように,巻頭から続く〈しぐれ〉の13句が蕉風美の“[さび]”を印象づけている。全382句。…
【蕉風俳諧】より
…発句においても取り合わせたイメージの交流する効果を〈行きて帰る心の味〉と称した。なかでも,イメージの交流が単なる映発でなく,互いに否定的契機として働くとき,陰影を帯びた複雑微妙な色合いを生むのを〈[さび]〉と称した。元禄俳壇には,安易な描写型表現として叙景句が流行したが,蕉風俳諧の理念は景情融合にあった。…
※「寂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」