[ 一 ]の伝説から、[ 二 ]①の意に用いられたが、江戸初期から「図々しい」「強引だ」というマイナスの意味が派生した。これは謡曲「阿漕」や御伽草子「阿漕の草子」、浄瑠璃「田村麿鈴鹿合戦」などをはじめ、神宮御領地を犯す悪行として描いた作品によって定着していった解釈に基づくものと思われる。
能の曲目。四番目物。五流現行曲。伊勢(いせ)に非業の死を遂げたわが子を悼む世阿弥(ぜあみ)の作ともいうが未詳。伊勢参宮の男(ワキ。旅僧にする場合もある)が阿漕の浦につくと、老漁夫(前シテ)が現れ、大神宮の禁断の海に網を入れて捕らえられ殺された男、阿漕の名にちなんだ浦であると語り、わが身の上と明かし疾風(はやて)吹く暗い海に消えていく。後シテは阿漕の亡霊。執心の海に網を置き、魚を追う演技は、この曲の特色。魚を引き上げる網はそのまま地獄の猛火となり、魚は悪魚毒蛇となって亡者を責めさいなむ。鳥をとった同じ殺生の罪のテーマの『善知鳥(うとう)』の鋭い悽惨(せいさん)な表現に対し、『阿漕』は暗い海の鈍い強さで、人間が生きるために犯さねばならぬ罪業の姿を描いている。典拠は『古今和歌六帖(ろくじょう)』の「逢(あ)ふことをあこぎが島にひく網のたび重ならば人も知りなむ」。この西行(さいぎょう)の忍び妻の歌の伝説が、陰惨で不気味な能にわずかな彩りを添えている。
[増田正造]
地名で三重県の阿漕浦のことで、伊勢(いせ)神宮の御膳(ごぜん)調進の場として禁漁区であった。病母のために密漁して処罰された男の伝説があり、古来「逢ふことをあこぎの島に曳(ひ)く網のたびかさならば人も知りなん」(古今六帖)など、諸書に詠まれている。転じて、同じ事のたび重なること、またそれによって広く知れわたることをいう。「重ねて聞食事の有りければこそ阿漕とは仰せけめ」(源平盛衰記)。さらに、どこまでもむさぼる、あつかましく、しつこいことを表すようになった。「あこぎやのあこぎやの、今のさへやふやふと舞れた、最早(もはや)ゆるしてたもれ」(波形本狂言『比丘貞』)、「我々が口を利くのだ、奴も然(そ)う阿漕なことは言ひもすまい」(尾崎紅葉作『金色夜叉(こんじきやしゃ)』)などの用例がある。
[岡田袈裟男]
能の曲名。四番目物。作者不明。河上神主作ともいう。シテは漁夫の霊。旅の僧(ワキ)が伊勢の阿漕浦を訪れる。来かかった老人(前ジテ)と言葉を交わし,土地に縁のある古歌などについて話し合う。老人は,この浦は殺生禁断の所だが,ある男が毎夜隠れて網を下ろしていたのが露見して殺されたことがあると物語り,自分こそその男の霊の仮の姿だと明かす(〈片グセ〉)。そのうち,にわかに海が荒れ出し,あたりの火も消え果てた闇の中に,老人の姿は消え失せる(〈ロンギ〉)。僧が弔いをすると,やつれ果てた面ざしの幽霊(後ジテ)が現れ,死後も執心の網を操って魚を捕る様を見せ(〈立回リ〉),陰惨な地獄の苦しみをまのあたりに示し,なお弔いを願って海中に去る(〈中ノリ地〉)。クセ・ロンギと立回リ・中ノリ地が中心。暗さを強調することで,生きるものの罪業を深々と描く。
執筆者:横道 万里雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 故事成語を知る辞典故事成語を知る辞典について 情報
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…落窪の君は継母のおとし入れをこえて,左大将の子の左近の少将と結ばれ,栄華を極めた。なお,姫君の忠実な侍女阿漕(あこぎ)の活躍も目立つ。姫君が継子としての辛酸をなめる境遇を具体的に描くと同時に,《宇津保物語》の名がその首巻で,俊蔭女とその子仲忠が木のうつぼに住んでいたことからつけられたように,空洞信仰の象徴としての意味をも落窪は有する。…
…海岸砂丘は松林が美しく,後背湿地は水田などに利用されている。謡曲《阿漕》で名高い親孝行の漁師平治をまつった阿漕塚,芭蕉の句碑,観海流泳術の元祖の碑などがある。この浦の北部にヨットハーバー,南部に日本鋼管の造船所が立地する。…
…時代物。1段(2場―阿漕浦,平次住家)。1741年(寛保1)9月大坂豊竹座初演の《田村麿鈴鹿合戦》四段目を独立させ改名した作。…
※「阿漕」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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