阿漕(読み)アコギ

デジタル大辞泉 「阿漕」の意味・読み・例文・類語

あこぎ【××漕】

[名・形動]《禁漁地である阿漕ヶ浦で、ある漁師がたびたび密漁をして捕らえられたという伝説から》
しつこく、ずうずうしいこと。義理人情に欠けあくどいこと。特に、無慈悲に金品をむさぼること。また、そのさま。「阿漕な商売」「阿漕なまねをする」
たび重なること。
「阿漕のあまの―にも過ぎにし方を思ひ出でて」〈浄・丹波与作
[補説]曲名別項。→阿漕
[類語]欲張るむさぼるがっつくむさぼり食う欲しがる欲の皮が張る欲深い欲張り欲深貪欲がめつい胴欲慳貪強欲多欲貪婪業突く張り

あこぎ【阿漕】[地名・曲名]

阿漕ヶ浦」の略。
謡曲四番目物世阿弥作という。旅僧が、阿漕ヶ浦で密漁をして海に沈められた漁師の霊から懺悔ざんげ物語を聞く。

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精選版 日本国語大辞典 「阿漕」の意味・読み・例文・類語

あこぎ【阿漕】

  1. [ 1 ]
    1. [ 一 ] 伊勢国阿濃郡(三重県津市)の東方一帯の海岸阿漕ケ浦。伊勢の神宮に供える魚をとるための禁漁地であったが、ある漁夫がたびたび密漁を行なって捕えられたという伝説がある。「古今和歌六帖‐三」の「逢ふことをあこぎの島に曳く鯛(たひ)のたびかさならば人も知りなん」など、諸書に現われている。
    2. [ 二 ] 謡曲。四番目物。各流。世阿彌作。伊勢国阿漕ケ浦で密漁をして海に沈められた漁夫の亡霊が地獄の苦患のさまを見せる。
  2. [ 2 ] 〘 名詞 〙 ( 形動 ) ( [ 一 ]の伝説や古歌から普通語に転じて )
    1. たび重なること。また、たび重なって広く知れわたること。
      1. [初出の実例]「重ねて聞食(きこしめす)事の有りければこそ阿漕(アコギ)とは仰せけめ」(出典源平盛衰記(14C前)八)
      2. 「阿漕(あこぎ)の海(あま)のあこぎにも過ぎにし方を思ひ出て」(出典:浄瑠璃・丹波与作待夜の小室節(1707頃)夢路のこま)
    2. どこまでもむさぼること。しつこくずうずうしいこと。押しつけがましいこと。また、そのようなさま。
      1. [初出の実例]「あこぎやの、あこぎやの、今のさへやふやふと舞ふた、最早ゆるしてたもれ」(出典:波形本狂言・比丘貞(室町末‐近世初))
      2. 「あこぎな申ごとなれど、お侍のお慈悲に、父(とと)かといふて私にだき付て下されませ」(出典:浄瑠璃・夕霧阿波鳴渡(1712頃)中)

阿漕の語誌

[ 一 ]の伝説から、[ 二 ]の意に用いられたが、江戸初期から「図々しい」「強引だ」というマイナスの意味が派生した。これは謡曲「阿漕」や御伽草子「阿漕の草子」、浄瑠璃「田村麿鈴鹿合戦」などをはじめ、神宮御領地を犯す悪行として描いた作品によって定着していった解釈に基づくものと思われる。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「阿漕」の意味・わかりやすい解説

阿漕(能)
あこぎ

能の曲目。四番目物。五流現行曲。伊勢(いせ)に非業の死を遂げたわが子を悼む世阿弥(ぜあみ)の作ともいうが未詳。伊勢参宮の男(ワキ。旅僧にする場合もある)が阿漕の浦につくと、老漁夫(前シテ)が現れ、大神宮の禁断の海に網を入れて捕らえられ殺された男、阿漕の名にちなんだ浦であると語り、わが身の上と明かし疾風(はやて)吹く暗い海に消えていく。後シテは阿漕の亡霊。執心の海に網を置き、魚を追う演技は、この曲の特色。魚を引き上げる網はそのまま地獄の猛火となり、魚は悪魚毒蛇となって亡者を責めさいなむ。鳥をとった同じ殺生の罪のテーマの『善知鳥(うとう)』の鋭い悽惨(せいさん)な表現に対し、『阿漕』は暗い海の鈍い強さで、人間が生きるために犯さねばならぬ罪業の姿を描いている。典拠は『古今和歌六帖(ろくじょう)』の「逢(あ)ふことをあこぎが島にひく網のたび重ならば人も知りなむ」。この西行(さいぎょう)の忍び妻の歌の伝説が、陰惨で不気味な能にわずかな彩りを添えている。

増田正造


阿漕(三重県)
あこぎ

地名で三重県の阿漕浦のことで、伊勢(いせ)神宮の御膳(ごぜん)調進の場として禁漁区であった。病母のために密漁して処罰された男の伝説があり、古来「逢ふことをあこぎの島に曳(ひ)く網のたびかさならば人も知りなん」(古今六帖)など、諸書に詠まれている。転じて、同じ事のたび重なること、またそれによって広く知れわたることをいう。「重ねて聞食事の有りければこそ阿漕とは仰せけめ」(源平盛衰記)。さらに、どこまでもむさぼる、あつかましく、しつこいことを表すようになった。「あこぎやのあこぎやの、今のさへやふやふと舞れた、最早(もはや)ゆるしてたもれ」(波形本狂言『比丘貞』)、「我々が口を利くのだ、奴も然(そ)う阿漕なことは言ひもすまい」(尾崎紅葉作『金色夜叉(こんじきやしゃ)』)などの用例がある。

[岡田袈裟男]

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改訂新版 世界大百科事典 「阿漕」の意味・わかりやすい解説

阿漕 (あこぎ)

能の曲名。四番目物。作者不明。河上神主作ともいう。シテは漁夫の霊。旅の僧(ワキ)が伊勢の阿漕浦を訪れる。来かかった老人(前ジテ)と言葉を交わし,土地に縁のある古歌などについて話し合う。老人は,この浦は殺生禁断の所だが,ある男が毎夜隠れて網を下ろしていたのが露見して殺されたことがあると物語り,自分こそその男の霊の仮の姿だと明かす(〈片グセ〉)。そのうち,にわかに海が荒れ出し,あたりの火も消え果てた闇の中に,老人の姿は消え失せる(〈ロンギ〉)。僧が弔いをすると,やつれ果てた面ざしの幽霊(後ジテ)が現れ,死後も執心の網を操って魚を捕る様を見せ(〈立回リ〉),陰惨な地獄の苦しみをまのあたりに示し,なお弔いを願って海中に去る(〈中ノリ地〉)。クセ・ロンギと立回リ・中ノリ地が中心。暗さを強調することで,生きるものの罪業を深々と描く。
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故事成語を知る辞典 「阿漕」の解説

阿漕

しつこく、ずうずうしいこと。また、あくどいこと。特に、無慈悲に金品をむさぼること。

[使用例] ひとに恨まれることはしていないと言っておったな。吝嗇ではあるが、そうあこぎな人物とは思えん[藤沢周平*用心棒日月抄|1978]

[由来] 「阿漕」は、三重県津市の海岸、阿漕が浦。伊勢神宮に供える魚をとるための禁漁地でしたが、ある漁師がたびたび密漁して見つかり捕らえられたという伝説が、「源平盛衰記」などによって伝えられています。ここから、しつこく、ずうずうしいという意味になりました。

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典 「阿漕」の解説

阿漕
(通称)
あこぎ

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
元の外題
増補鈴鹿合戦
初演
安政3.8(江戸・中村座)

阿漕
あこぎ

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
初演
慶応1.11(大坂・角の芝居)

出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の阿漕の言及

【落窪物語】より

…落窪の君は継母のおとし入れをこえて,左大将の子の左近の少将と結ばれ,栄華を極めた。なお,姫君の忠実な侍女阿漕(あこぎ)の活躍も目立つ。姫君が継子としての辛酸をなめる境遇を具体的に描くと同時に,《宇津保物語》の名がその首巻で,俊蔭女とその子仲忠が木のうつぼに住んでいたことからつけられたように,空洞信仰の象徴としての意味をも落窪は有する。…

【阿漕浦】より

…海岸砂丘は松林が美しく,後背湿地は水田などに利用されている。謡曲《阿漕》で名高い親孝行の漁師平治をまつった阿漕塚,芭蕉の句碑,観海流泳術の元祖の碑などがある。この浦の北部にヨットハーバー,南部に日本鋼管の造船所が立地する。…

【勢州阿漕浦】より

…時代物。1段(2場―阿漕浦,平次住家)。1741年(寛保1)9月大坂豊竹座初演の《田村麿鈴鹿合戦》四段目を独立させ改名した作。…

※「阿漕」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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