翻訳|reproduction
生物が自分と同じもしくは共通する遺伝子組成をもつ個体を新たにつくること。繁殖という語は家畜学などの分野で,また増殖という語は水産学の分野で,ほぼ同じ意味に使われている。
植物の生殖は,体の一部または無性の生殖細胞である胞子から新しい個体ができる無性生殖と,性的に異なる2種の配偶子が合体する有性生殖の二つに大別される。
栄養体(葉状体,根,茎など)の一部から新しい個体の生まれる栄養生殖は無性生殖の一つであり,例えばオニユリやヤマノイモなどの側芽は多肉化して〈むかご〉になる。また,ジャガイモ,キクイモなどでは塊茎から,ワラビ,ササ,タケなどでは地下茎から,ベゴニア,コモチシダなどでは葉の不定芽から新しい個体がつくられる。無性生殖にはほかに胞子がそのまま発芽して新しい個体になる胞子生殖がある。胞子はシダにおけるように2n世代の胞子体から減数分裂によってつくられる場合と,アオカビの胞子のようにn世代の菌糸の分化によってつくられる場合とがある。有性生殖では配偶子nは減数分裂によってつくられ,体細胞2nの半数の染色体数をもっており,配偶子の合体によって2nにもどる。有性生殖には,大きさや形の等しい配偶子どうしが合体する同形配偶子接合(クラミドモナス,アオミドロなど),形は似ているが大きさの異なる配偶子間で合体する異形配偶子接合(アオサ,アオノリなど),そしてワカメ,コンブをはじめコケ植物,シダ植物,種子植物などに一般にみられるような,運動性をもたない大きな卵と運動性精子とが合体する受精の三つのタイプがある。同形配偶子間の接合においても,両者には微細構造上ちがいがみられ,まったく同一の細胞の間で融合が起こるのではなく,相補的な相手との間でのみ接合が可能である。相補的な相手を認識する機構は,鞭毛,繊毛などにもそなわっており単純ではない。受精にも種々のタイプがあり,コケ植物においては造卵器,造精器が形成される。両者は同一個体上に生ずる場合と異なった個体に生ずる場合とがあるが,いずれにおいても精子は運動性をもち,造精器から放出されると,泳いで造卵器の頸部を通って卵に到達する。造卵器からは化学的分泌物が出され,精子はその物質に走化性を示して造卵器に誘引される。シダ植物ではハート形の前葉体の腹面上に造卵器と造精器がつくられるが,受精様式は基本的にはコケ植物と同じであり,前葉体の腹面と基層との間に湿気がたまると造精器は開いて精子が放出される。次いで,成熟した造卵器の頸部が開かれ,精子はそこを通って卵まで到達する。
コケ植物,シダ植物とも胞子が発芽して造胞体になる無性世代と配偶体のつくられる有性世代の両方が存在し,これを世代交代と呼ぶ。種子植物にも無性世代と有性世代があるが,配偶体は小さくなって,造胞体にあたかも寄生するような形態をとっている。種子植物の雌性配偶体としての卵細胞は胚珠のなかに閉じ込められており,精核をもつ花粉は花粉管を伸ばして卵にまで到達する。とくに被子植物では,卵と精子との合体が,胚乳になる極核と第2精子の合体と同時に起こるため,重複受精と呼ばれる。有性生殖は,無性生殖とは対照的に,遺伝子の新しい組合せを生ずるので,子孫に新形質が出現する可能性は高い。したがって,生物は有性生殖を介して環境への適応の多様性を増すことができる。
執筆者:前田 靖男
植物と同じように無性生殖のみを行う種類,有性生殖のみを行う種類,その両方を行う種類とがあるが,無性生殖のみを行うようにみえる種類,例えば分裂で生殖するゾウリムシでも,接合という2個体の間で核の一部を交換する有性生殖に相当する活動が行われる。生殖の様式には,ゾウリムシのような単なる分裂,腔腸動物や多毛類の栄養生殖といった簡単な方法をとるものから,鳥類や哺乳類にみられるように,求愛行動,闘争,交尾,妊娠(あるいは抱卵),出産,哺乳や育子といった一連の複雑な行動によって生殖が完成されるようなものまで,いろいろな種類が存在する。そして,そのために必要な交尾器官や乳腺などいろいろな器官を発達させている種類も多い。動物の生殖活動は日照時間,温度,湿度などの外部要因によって支配されるが,直接的には動物自身によって生産され分泌されるフェロモンやホルモンによって調節されている。なお,有性生殖を行うものに雌雄同体の種類と異体の種類とがあるが,後者の種類の中には自然条件で性転換を行う種類もある。
執筆者:石居 進
狭義には有性生殖を行うための器官。植物の場合,胞子囊と配偶子囊,それを中心とする器官を総称する。栄養器官に対する語。細菌植物やラン藻植物には有性生殖がみられないので,生殖器官というべきまとまりはないが,変形菌類の胞子囊,子囊菌類の子囊,担子菌類の担子柄などを菌類の胞子を生産する無性生殖器官とよぶ。紅藻類では,四分胞子囊と,受精毛を通じて運ばれた精細胞が合体してから果胞子を形成し,造胞糸などと集まって複雑で多様な果胞子囊をつくる。褐藻類では無性生殖器官は胞子囊で,有性生殖器官は同型の配偶子をつくる配偶子囊の場合と,雌雄の差が区別される大配偶子囊,小配偶子囊と,さらに卵と精子が区別されるようになった造卵器,造精器の場合とがあり,緑藻類の場合もこれと同じである。陸上植物の場合,無性生殖器官はコケ,シダの場合は胞子囊であるが,シダ植物の一部のものでは大胞子囊と小胞子囊の区別がはっきりしている。種子植物では小胞子囊は花粉囊であり,大胞子囊は胚珠である。一方,有性生殖は配偶体世代のものであり,コケとシダでは造卵器は多細胞の壁をもった頸卵器であり,造精器も壁は多細胞の構造となる。種子植物の雄性配偶体は花粉管であり,これには生殖器官と呼ばれるべきまとまりがないままに,有性生殖細胞である精子(精核)がつくられる。一方,雌性配偶体に卵細胞がつくられる際にみられる助細胞は,造卵器が退化して残っている部分であると説明されることもある。植物の場合,生殖器官は生殖細胞を生産するものであって,器官が生殖のための行動に重要な役割を果たすことはない。種子植物の花は全体として生殖器官に相当する構造であり,おしべや心皮のように生殖器官そのものである部分と,それを取り巻く花被(花弁と萼)やその他の構造で構成されているが,受粉のための機作が設けられているなど,受動的ではあるが生殖のための適応ははっきりと認められる。
執筆者:岩槻 邦男 動物の場合には,配偶子形成を行うための生殖腺(性腺)すなわち雄の精巣(または睾丸)と雌の卵巣と,そこでつくられた配偶子を排出するための生殖輸管すなわち輸精管,輸卵管である。生殖輸管は多様な分化を遂げ,交尾器官(交尾)や産卵(または出産)器官としての機能をもつにいたる。詳しくは各項目を参照されたい。
執筆者:石居 進
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物が種を維持するために行う個体新生の営みを生殖といい、無性生殖と有性生殖とに区別される。
配偶子などの接合要素を形成することなく、単独の生物体で行われる生殖をいう。(1)単細胞生物の無性生殖 分裂または出芽を行う。アメーバ(原生動物)は仮足を出して体を伸長し、引きちぎられるように二つの細胞に分裂する。この際、細胞が分裂する前に核が分裂する。バクテリアや酵母では、分裂や出芽による生殖が一般的な増殖法である。(2)多細胞生物の無性生殖 淡水産のヒドラ(刺胞動物)では、管状の体壁に一つの芽ができて、これがやがて小さなヒドラになって母体から離れる。多毛類や海綿類も出芽と分裂によって増殖する。イチゴは、地面をはう枝の先に芽と根を生じ、やがてこの芽が独立して生活する。ヤマノイモやゼニゴケの無性芽による増殖法はよく知られている。
[高杉 暹]
配偶子その他の接合要素を生じて合体(接合)する生殖をいう。単独の生物体が行う場合と、2個体が関係する場合とがある。
(1)植物の有性生殖 配偶子をつくる母体を配偶体といい、胞子をつくる母体を胞子体という(後述の世代交代参照)。被子植物では、花粉母細胞由来の花粉は雄性配偶体であって一つの核を含む。これが雌しべの柱頭に受粉すると、花粉管が伸びてその中で核分裂が行われて一つの花粉管核と二つの精核ができる。そのうちの一つの精核が配偶子として働いて、子房の胚珠(はいしゅ)内の配偶子である卵細胞と接合(受精)する。裸子植物のイチョウは雌雄異株で、雌株の胚珠の中に繊毛で動く精子がみられる。この精子は雄株の花粉が雌しべについてから伸びた花粉管内に形成されたものである。同様の精子はソテツでもみられる。配偶子は減数分裂を経て形成されるので核相は単相(染色体数が半数n)である。二つの配偶子の接合によって複相(染色体数が全数2n)の接合子となり、接合子から新植物体が成長する。このほか、藻類ではいろいろの接合要素がみられる。
(2)動物の有性生殖 動物の雄性配偶子(精子)の形態は種々さまざまであるが、これは卵の膜を突破するためと、卵に到達するまでの環境や媒体が空気、淡水、海水など多様なためである。哺乳(ほにゅう)類では、交尾して注入された精液が雌の生殖器官の収縮で内部に引き入れられ、輸卵管壁の繊毛でおこる管内流に対して精液中の精子は走流性を示して鞭毛(べんもう)運動を行って卵に到達する。水中で受精する精子は走化性によって卵に到達する。たとえば、ウニの卵からはギノガモンという精子の運動を高める物質が放出されて精子との会合を促進する。ウニやゴカイの卵では、外層のゼリー層の酸性糖タンパク質に精子を膠着(こうちゃく)させる働きがある。この糖タンパク質が精子の先体膜を破壊し、精子の先体に含まれる卵膜溶解物質が卵膜に穴をあけ、そこから精核が卵に侵入する。空気や水を媒体として配偶子の接合がおこる動物では、放出する卵や精子の数は会合の頻度を高めるためにきわめて多い。配偶子の接合に先だって異性の個体を積極的に引き付ける動物も多い。雄のガは雌から放出されるフェロモンのにおいを感知して、雌に接近する。鳴き声や体色なども、雌雄の接近に役だっている。
なお、菌類の有性生殖については、「菌類」および「性の分化」の項を参照されたい。
[高杉 暹]
有性生殖を行う生物が、単独の配偶子だけで新個体を発生させる生殖。これに対し、両性の配偶子の合体によるものを両性生殖という。単為生殖は、雌性配偶子(卵)による場合が多い。ミツバチの女王バチは結婚飛行で交尾し、生涯使うだけの精子を受け取って精嚢(せいのう)に蓄え、巣に戻って産卵に専念する。受精卵からは雌が生まれ、未受精卵からは雄が生まれる。女王バチ以外の雌バチは働きバチになる。女王バチから受精卵と未受精卵が産み分けられる機構はまだよくわかっていない。
アブラムシでは、夏季には単為生殖によって卵から雌ができるが、秋になると寒冷と餌(えさ)の欠乏によって雌と雄が現れて有性生殖を行う。しかし一方では、この卵は寒さに耐え、春になると単為生殖を行って雌ができる。
哺乳類では、単為生殖によって成体にまで成長したという報告はないが、テンジクネズミ(モルモット)の卵巣では、閉鎖濾胞(ろほう)の卵が分裂して神経管の初期段階にまで発生した例がある。ヒトの睾丸腫瘍(こうがんしゅよう)のなかには胚様構造がみられることがあるが、これは精子の単為生殖的結果といわれている。なお、卵の単為生殖を処女生殖、精子の単為生殖を童貞生殖という。
単為生殖は人工的に引き起こすこともできる。酪酸、タンニン、熱、穿刺(せんし)などの化学的または物理的刺激で人工的な処女生殖(人為単為生殖)がおこる。オーキシンやジベレリンなどの植物ホルモンで花を処理すると、しばしば単為生殖的に結実して種なし果実ができる。
[高杉 暹]
無性生殖の世代と有性生殖の世代とが交互に繰り返される場合をいう。シダ類(維管束植物)では、減数分裂によって染色体が半数になった単相の胞子多数が飛び散って発芽して増殖する(無性世代)。この胞子が発芽して1、2か月すると、ハート形の小さい前葉体(配偶体)になり、その裏面には造卵器と造精器が形成され、それぞれ卵と精子を生ずる。胞子から前葉体、さらに配偶子(卵と精子)まではすべて単相である。造卵器の中で卵と精子が受精すると、複相の受精卵となり、これからシダの植物体(胞子体)が生ずる。コケ植物には、胞子が発芽して生じた雌株と雄株とがある(配偶体)。それぞれ造卵器か造精器を形成し、その後の世代交代はシダ類と同じであるが、胞子体のほうが小さい。これらの植物の世代交代は同時に単相と複相の交代でもあり、これを核相交代という。なお、世代交代はしなくても、核相交代は有性生殖に伴っておこる。
[高杉 暹]
分裂または出芽によって無性的に増殖する単細胞生物も、接合することがある。たとえば、大核と小核をもつ原生動物であるゾウリムシは、2個体が囲口部で接合し、大核は崩壊して消失する。小核は2回分裂して4個になるが、そのうちの3個は消失する。残りの1核が分裂して2個の核(雄核と雌核)になると、2個体は雄核を交換して雌核と核癒合を行い、接合部位で離れ、癒合核は分裂して大核と小核ができる。このような単細胞体の接合は、菌類や植物(藻類)でもみられる。
[高杉 暹]
『カルル著、高杉暹・武重徳衛訳『生殖』(白水社・文庫クセジュ)』▽『江上信雄著『生きものと性』(1974・日本経済新聞社)』
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(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…生物が後継ぎを残して種族を維持すること。日本語でも英語でも〈生殖reproduction〉や〈増殖multiplication(またはproliferation,propagation)〉との区別があいまいで,しばしば混用されるが,概念上の整理が必要であろう。種族が維持されるためには,一つの世代が次の世代を,次の世代はさらに次の世代を生じなければならない。…
※「生殖」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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