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デンマーク文学 デンマークぶんがく Danish literature

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

デンマーク文学
デンマークぶんがく
Danish literature

デンマーク語で書かれた文学作品の総称。現存する最古のデンマーク語は,石や金属に刻まれた戦士,国王あるいは聖職者のルーン文字墓碑銘に見出される。ルーン碑文はデンマークでは 250年頃から用いられていたが,現存する碑文の大部分は 800~1100年頃のものである。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

デンマーク文学
でんまーくぶんがく

デンマーク文学とアイデンティティ

デンマーク文学は12世紀末ごろに出たサクソ・グラマティクスの大著『ゲスタ・ダノールム(デンマーク人の事績)』がまずあげられるが、しかし北欧共通の遺産としての、天地創造・神々と人間・神々のたそがれ(ラウナロクragnarok)、そして新しい世界黎明(れいめい)の壮大な物語はゲルマン最古の文字の出現よりはるか以前に存在していた。金属装飾品・貨幣などに刻まれた絵が、北欧の神々の物語は西暦紀元前400年ごろにさかのぼって語り継がれていたことを証明している。それから長い時を経て西暦1200年ごろアイスランドで文字に書き留められるようになる(『エッダ』)。前述のようにデンマークでは1190~1200年ごろ、サクソによってデンマーク人の王たちの物語(『デンマーク人の事績』)にラテン語で記述された。これら神話的物語は北ヨーロッパに属する地域文化の基盤をなすものであった。デンマークの文学も、初期浪漫(ろうまん)主義以降、ことあるたびにそこに立ち戻り、再話し、新しい解釈・発見を繰り返し、自己のアイデンティティをみいだそうとする。[山室 静・山野邊五十鈴]

古代

ゲルマン民族最古のルーン文字によるルーン刻文runeindskrifterneは、開かれた本としてデンマークの風雪のなかにいまなお残る。石に刻まれたルーン刻文はときには頭韻を踏むものもある。内容は首領の死を告げるものであったり、墓荒らしに警告する呪文(じゅもん)であったりする。有名なのは大小2基のイェリンの石碑(Jellingstenene、900年代)。大きな石碑にはキリスト像が刻まれ、ハーラル青歯王Harald Bltand(987年ごろ死亡)が「デンマークとノルウェーをわがものとし、デンマーク人をキリスト者にした」と記されている。文学的に意義深いのは1639年と1734年に次々に出土した大小の黄金の角杯(400年代)。大きい方にはルーン文字が刻まれている。しかし大小ともに1802年に盗まれ鋳つぶされてしまった。この盗難事件を神の啓示として受けとめたエーレンスレーヤー(エーレンシュレーガー)は詩『黄金の角杯』Guldhornene(1803)を書き、北欧ロマン主義の嚆矢(こうし)とする。[山室 静・山野邊五十鈴]

中世~17世紀

中世は手書・写本の時代であった。ラテン語の素養と外国留学の経験をもつ修道僧・聖職者たちがその担い手であった。デンマークの歴史『デンマーク人の事績』Gesta danorum, Danernes bedrifterをラテン語で書き出したとき、サクソSaxo Grammaticus(1160―1208以後)は北フランスでの留学を経てルント大聖堂の聖職にあった。先史時代から1200年ごろまでの出来事を当時の学者たちの必須ともいうべきラテン語で著したのは、デンマークの国威を全欧に知らしめるためであったとされる。1~16章にわたるこの大著は、大別すると3部に分かたれる。前半の1~9章は先史異教徒時代を記述する。とくにここではほかの北欧諸国の古伝説と共通するものばかりでなく、ほかでは見失われたと思われる多くの英雄伝説・神話が歴史的資料として自由に駆使されている。1514年クリスチアン・ペタセンChristiern Pedersen(1480―1554)はパリでその写本を印刷、『デンマーク人の事績』を消失から救った。1575年アナス・セアンセン・ベズルAnders Srensen Vedel(1542―1616)によって、初めてデンマーク語訳される。
 1479年コペンハーゲン大学が設立され、続いてペタセンらによって聖書が国訳されたことは、デンマーク文化に新紀元を画するもので、まもなくヒエロニムス・ランクHieronims Gstesen Ranch(1539―1607)が最初の劇を書き、また天文学者として全欧に知られたティコ・ブラーエもかなりの詩を残した。とくに時の国王クリスティアン4世の不興を買い1597年祖国をあとにしたブラーエはその心情をラテン語詩Ad Daniam(デンマークへ)にせつせつとつづった。ラテン語による文芸と並んで民衆語によるそれにはフォルケビーサーfolkeviser, balladerがある。フランスの舞踏歌をお手本とするこの様式は、イギリスあるいはドイツ経由で13世紀ごろデンマークに伝えられたとされている。中世から直接残されているものは数少ないが、16~17世紀の貴族の婦人たちが書き留めた手書き歌謡本には、1300年の中ごろから1400年を通じてつくられたものが多いとされる。バラード(バラッド)様式の口承歌謡の収集・印刷(アナス・セアンセン・ベズルの『歌謡百選』は1591年、メッテ・ゴイエ『トラギカ』は1657年、ペター・シュウ『追加歌謡百選』は1695年に印刷)が各国に先だってなされたことは特記されなければならない。
 1600年代の手書き散文文学として残るのは、クリスティアン4世の娘レオノーラ・クリスチーナLeonora Christina(1621―98)の「青い塔」(コペンハーゲン城)での1663年から85年までの22年間にわたる獄中の記録『嘆きの回想』Jammers Mindeである(自筆原稿は1673~74年に成立と推定されている。1685年の出獄まで部分的修正・加筆がなされ、死後自筆原稿は身内の手によって国外流出。1868年オーストリアの貴族が所有していたものがデンマークに貸し出され、翌年およそ200年を経てデンマークで初めて公表・出版された。現在、デンマークのフレゼリクス城博物館所蔵)。ここには過酷なばかりのリアリズムをみることができる。
 1600年代後半、新たな君主専制政治体制によって社会の統制が図られたが、それに平行してペター・シュウPeder Syv(1631―1702)などによる母国語の理論的・文法的考察や、母国語による文芸活動の啓蒙(けいもう)・促進の傾向が強まった。絶対王政下、王侯賛美の詩などにみられるような装飾的で仰々しいバロック・スタイルの宗教詩・世俗詩が好まれた。宗教詩は賛美歌詩人のキンゴ(魂の合唱Aandelige Sjunge-Koor、1674、81年)で頂点に達する。[山室 静・山野邊五十鈴]

18世紀

しかし、なんといっても、イギリス、ドイツ、フランスなどの文学の支配を脱して、デンマーク文学を真に独立させたのは、ホルベアの出現であろう。ホルベアは、当時デンマーク領であったノルウェーのベルンゲンに生まれた。ラテン語学校時代よりデンマークに住み、デンマーク語(ラテン語)で書き、デンマーク、ノルウェーそれぞれの文学史・文学作品集で確固とした地歩を固めている。彼は万能の巨人であるが、ことに歴史の分野でいくつも大著を書いている。他方、1721年コペンハーゲンに新劇場ができるとき、1年足らずで5編の喜劇を書いたのをはじめ、30余編の劇を書き、また、劇場が閉ざされると『ガリバー旅行記』の向こうを張った風刺小説『ニルス・クリムの地下旅行』(1740)をラテン語で書くなどして、北欧のモリエールとよばれるようになり、その名は広く海外に及んだ。
 ホルベアはもとより、当時コペンハーゲンに集まったウェッセルらノルウェー出身の作家も交えて、デンマーク文学は大いに活況を呈した。薄命の天才詩人エーワル、批評家で創作もしたバゲセンJens Immanuel Baggesen(1764―1826)らが特記される。[山室 静・山野邊五十鈴]

19世紀

19世紀になると、ドイツから浪漫(ろうまん)思潮が流入して、真の意味での近代文学の時代を迎える。その先頭を切ったのがエーレンスレーヤーで、彼はやがて北欧の詩王と称された。宗教詩人で国民高等学校運動を起こすグルントビー、またインゲマン、ブリッカー、田園詩人のウィンターChristian Winther(1796―1876)らがそれに続き、さらにアンデルセン、実存哲学の祖とされるキルケゴールが出現して、デンマーク文学は黄金時代の幕を開ける。この流れは19世紀後半からは批評家ブランデスの指導で力強いリアリズムの方向をとる。自然主義的リアリズムをいくのはヤコブセン、ヘルマン・バングであった。芸術家は社会の現実の真実をいかなる損失・犠牲を払っても、既成の慣習との軋轢(あつれき)に巻き込まれようとも、明らかにすべきだとブランデスは強調した。それにこたえたヘルマン・バングの処女作『希望なき世代』Hblse Slgter(1880)を時の司法は不道徳として押収した。既成の権力構造を批判し社会変革に目を向ける批判的リアリストはヘンリク・ポントピダン、郷土を背景とする民衆的リアリストと目されるのはヨハネス・V・イェンセンとマーチン・A・ハンセンであった。前者は1944年ノーベル賞を授与された。そのようななかで詩人ヨルゲンセン、ヘルエ・ローゼHelge Rode(1870―1937)らは象徴主義やカトリシズムに向かい、小説家のネクセは社会主義作家として世界的に知られた。[山室 静・山野邊五十鈴]

両世界大戦間

モダニズムは、1900年代初頭から次々と現れた、ときには同時代の造形芸術と連動する文学的主義・主張の総称である。未来主義、表現主義、ダダイズムそして超現実主義がその筆頭にあげられよう。それらの共通点は既存の文化様式・伝統への造反と、新しい工業技術への賛美であった。デンマークでは抒情(じょじょう)詩の分野でエミール・ベネリュケEmil Bnnelycke(1893―1953)が高架橋・機関車・電車を謳(うた)う。トム・クリステンセンTom Kristensen(1893―1974)は初期の詩集と実験的小説で戦後の美学を表現する。超現実主義overvirkelighedと訳されるシュルレアリスムの旗手はグスタフ・ムンク・ペタセンGustaf Munch-Petersen(1912―38)とイェンス・アウグスト・シャーゼJens August Schade(1903―78)である。しかし、1929年のウォール街株価大暴落後の世界的な経済恐慌は、デンマークにも貧困・失業・階級格差の拡大をもたらした。長編小説は現代社会の技術進歩に不信の目を投げかけ、人間の可能性を疑う。ブランナーのデビュー作『玩具』Legetj(1936)はある玩具商会の従業員たちの物語。共同精神や政治的解決による人間らしい社会実現への不信がそこにある。[山室 静・山野邊五十鈴]

ヘレチカ(1950年代モダニズム)

第二次世界大戦後、新しいモダニズム運動が展開される。それは同名の文学雑誌Heretica(1948~53)にちなんで「ヘレチカ」(ラテン語で異端の意)とよばれた。ヘレチカ‐モダニストたちは核兵器の出現とイデオロギーの名の下になされた大虐殺に直面し、技術の進歩が同時に人間性の退歩ということになるのかと問いかけ、オプティミスティックな進歩主義を疑う。そしてソーフス・クラウセンSophus Claussen(1865―1931)、ライナー・マリア・リルケ、T・S・エリオットなどの象徴主義に傾倒する。雑誌『ヘレチカ』に集まる詩人たちはマーチン・A・ハンセン、オーレ・ビベルOle Wivel(1921― )、トアキル・ビョーンビThorkild Bjrnvig(1918― )、オーレ・サービOle Sarvig(1921―81)、フランク・イェーヤーFrank Jger(1926―77)であった。[山室 静・山野邊五十鈴]

「対決」するモダニズムと新リアリズム(1960~70年代)

1960年代の高度経済成長期に消費は拡大、物質的可能性はとどまるところを知らないかのようだった。現代消費社会は、時の詩人たちの言語的解体・分解の標的となる。この時期のモダニズムは批判と模索の色合いが濃い。福祉社会の消費生活におけるグロテスクな面を赤裸々にすると同時に、実験的言語は現実の本質に迫る。ビリ・セアンセンVilly Srensen(1929―2001)は短編集『奇妙な物語』Srehistorier(1953)でデビューする。かれの哲学も文学作品も研ぎ澄まされた言語認識を踏み台にして現代の自己喪失を表現する。クラウス・リフビャウKlaus Rifbjerg(1931― )の詩集『対決』Konfrontation(1960)はこの時期のモダニズムを擁してたつ。そのほかベニ・アナセンBenny Andersen(1929― )、ペータ・セーベアPeter Seeberg(1925―99)、イバン・マリノウスキIvan Malinovski(1926―89)、イェス・エアンスボJess rnsbo(1932― )、ハンス‐ヨアン・ネルセンHans-Jrgen Nielsen(1941―91)らの文学活動は、インガ・クリステンセンInger Christensen(1935― )の『それ』Det(1969)でクライマックスに達する。
 モダニズムに平行する文学の流れは、トアキル・ハンセンThorkild Hansen(1927―89)の記録文学、ターエ・スコウ‐ハンセンTage Skou-Hansen(1925― )やエリク・オルベック・イェンセンErik Aalbk Jensen(1923―97)などのヘンリク・ポントピダンの流れをくむ批判的リアリズム文学、そしてトーベ・ディトレウセンTove Ditlevsen(1918―76)の伝記風女性描写がある。1960~70年代に急成長する中流階級をテーマとするのは、アナス・ボーゼルセンAnders Bodelsen(1937― )、クリスティアン・カンプマンChristian Kampmann(1939―88)、そしてヘンリク・スタンゲロプHenrik Stangerup(1937―98)などの新リアリズムの作家たちであった。[山室 静・山野邊五十鈴]

ポスト・モダニズム(1980~90年代)

20世紀モダニズムの主要テーマは分裂・崩壊の危機感、現実の矛盾体験であった。これら分裂・崩壊・矛盾を、与えられたもの・不可避のものとして受け入れるインターナショナルな1980年代の傾向を、一連の識者はポスト・モダニズムと称した。モダニストたちが対決するとき、ポスト・モダニストたちは受容する。後者にとっては「絶対的なものはない」、「すべては同じ」なのであった。80年代の先駆的詩人にピーア・タフトロプPia Tafdrup(1952― )、セアン・ウルレク・トムセンSren Ulrik Thomsen(1956― )がいる。この時期ビリ・セアンセンは古典的作品、北欧神話、ギリシア神話そしてキリスト像の再話を試み西欧文明の本質を問い直す。90年代に女性作家による一連の力強い散文物語が出現する。ケアステン・トーロプKirsten Thorup(1942― )は、発展小説・教養小説あるいはマンモス長編小説ともいわれる『未知の恋人』Elskede Ukendte(1994)で、60年代、70年代、80年代モダニズムを経てきた作家としての経験を凝縮する。スサンネ・ブレゴSuzanne Brgger(1944― )の『翡翠(ひすい)の猫』Jadekatten(1997)はある一族の物語。一族の大黒柱であった女性は人生のたそがれ時に、コペンハーゲンの広場で乳母車をひいて過ごし、無一物の至福を楽しむ。ブレゴの最新作に『リンダ・エバンゲリスタ・オルセン』Linda Evangelista Olsen(2001)がある。ドリト・ビロムセンDorrit Willumsen(1940― )はゆがんだ現代社会の犠牲としての人間像を描く。ピーア・フールトベアPeer Hultberg(1935― )は1993年度北欧理事会文学賞受賞の『都会と世間』Byen og Verden(1992)でビボー市民の人間模様を100編の短編に濃縮した。[山室 静・山野邊五十鈴]

魔術的リアリズム

ラテンアメリカの作家ガブリエル・ガルシア・マルケスの『百年の孤独』(1967)によってインターナショナルな広がりをみせた魔術的リアリズムとは、時空を超越した物語の写実的記述である。ここでは時間と空間の境界が解消し、過去・現在・未来が混在し、絵画的な緻密な語り口がある。デンマークではイプ・ミケルIb Michael(1945― )、ペター・ホイPeter Heg(1957― )がいる。後者の『スミラ嬢の雪の感触』Frken Smillas fornemmelse for sne(1992)はアメリカで非英語圏文学作品のベストセラーとなり、ビレ・アウグストBille August(1948― )の監督で映画化された(1997)。ここでは過去の素材の模倣・借用も好んでなされる。たとえばペター・ホイのデビュー作『20世紀素描』Forestilling om det tyvende rhundrede(1988)は、マルケスの『百年の孤独』からの借用が多いとされる。中心点のない、境界を超越した空想物語はカーレン・ブリクセンの厳粛な怪奇的空想の世界と一線を画する。こうした傾向は強弱の違いこそあるものの、1980年代後半から90年代を通じて今日に至るデンマーク文学一般の傾向でもあり、多様性はかつてみられないほどの賑わいをみせている。[山室 静・山野邊五十鈴]
『山室静著『北欧文学の世界』(1969・東海大学出版会) ▽F・J・ビレスコウ・ヤンセン監修、牧野不二雄ほか訳『デンマーク文学作品集』(1976・東海大学出版会) ▽山室静著『北欧文学ノート』(1980・東海大学出版会) ▽サクソ・グラマティクス著、谷口幸男訳『デンマーク人の事績』(1993・東海大学出版会) ▽早野勝巳監訳『デンマーク文学史』(1993・ビネバル出版、ささら書房発売) ▽レオノーラ・クリスチーナ著、山野邊五十鈴訳・注『嘆きの回想』(1994・大学書林) ▽山野邊五十鈴編著『デンマーク古フォルケヴィーサ』(1996・大学書林)』

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