ピアノ(読み)ぴあの

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ピアノ(楽器)
ぴあの
piano pianoforte 英語 フランス語 イタリア語
Klavierドイツ語

代表的な鍵盤(けんばん)楽器の一つで、発音の方式としては打弦の弦鳴楽器。ピアノという名称の由来は、この楽器の発明者とされるフィレンツェのクリストフォリBartolomeo Cristofori(1655―1730)について触れた記録で、「ピアノ(小音)とフォルテ(大音)が出せるチェンバロgravicembalo col piano e forte(グラビはクラビの訛(なま)り)」という表現が使われ、以後も正式名称としてはピアノフォルテが一般的である。18世紀にはフォルテピアノともよばれた。これらの名称がこの楽器の音そのものの特徴を表そうとするものであるのに対して、作りのうえでの特徴を名称のなかに入れたハンマークラビア(ハンマー操作によるクラビア)Hammerklavier(ドイツ語)という呼称もある。ちなみに、クラビアという用語は、かつては鍵盤楽器を総称するものであったし、バロック期以後現在に至るまで弦鳴の鍵盤楽器をまとめてさす用語である。[山口 修]

楽器分類および文化全般における位置

チター属打弦の弦鳴楽器。すなわち箱型の胴体に張った弦を打奏する点で、この楽器の前身とされるクラビコードや、歴史的に多少の関係をもつチンバロン、ダルシマー、サントゥール、洋琴などと類似する。しかし、奏者が桴(ばち)で直接打ち鳴らすのではなく、鍵盤(キーボード)を介してハンマーに打奏をゆだねる点で独自の機構をもつ。この鍵盤を通じて演奏者と楽器内部機構とを連関させるという仕組みにおいては、発音原理分類上で異種とされる撥弦(はつげん)のチェンバロ(ハープシコード=ピアノが出現するまで類似の機能を果たしていた楽器)、さらに気鳴(および弁鳴)楽器オルガンとも関連しながら、ヨーロッパ音楽文化を形成し変貌(へんぼう)させていくうえで大きな役割を担っており、これらをまとめて鍵盤楽器と総称する形態分類用語さえ存在する。すなわち、鍵盤なしでは不可能な同時多音発音(和音および複声部旋律)の可能性に加えて、あらかじめ規定されたとおり調律してあれば容易に正しい音高(ピッチ)が出せる仕組みと、転調を演奏しやすいといった特質のおかげで、いわゆる鍵盤和声(キーボードハーモニー)、和声実習、ソルフェージュなどの音楽理論、作曲理論、音楽教育の場で果たしてきた鍵盤楽器の役割は多大なものがあり、なかでも新興の楽器ピアノはその中心となった。
 それは、ピアノがチェンバロほど頻繁に調律する必要がなかったり、オルガンよりは設置や移動が容易であること、さらに後述するように、音持続と消音がある程度意のままになり、音量変化さえ自由に操作できることによっている。この性質は、作曲家が仕事をするときの道具としても便利であるため、いわゆるクラシックやその流れをくむ音楽の作曲現場の一般的イメージとしてピアノが不可分に結び付いているほどである。また、演奏の場においても、狭い室内から大きなホールに至るまでのさまざまな空間条件に見合う力を秘めているし、チェンバロなどよりも拡大された音域(七オクターブと三度、総計88鍵が標準)があるため、独奏や合奏の多くの演奏形態のなかに取り入れられ、作りのうえでの規格化と大量生産技術の進歩とも相まって、西洋のクラシックのみならず多くの国々のさまざまな音楽伝統に浸透していき、音楽学校や私的教授所の複雑なネットワークが生まれた。視覚的にも、美をたたえた重量感があるため、(竪(たて)型でも200~300キログラム)、家具ないしインテリア用品としても機能を果たし、国によってはステータスシンボルや装飾の意味まで賦与されることが多い。
 しかし反面、諸民族が生活様式の時代的変化や文化によって異なる居住条件の違いに対応した形で、この楽器を導入継承してきたとは限らず、音やスペースのうえで公害問題を引き起こす事例さえ増え、防音装置を施したり、ピアノならぬ「ヘッドホン付き鍵盤」が考案されさえしている。音楽的にも、平均律に固定した音感教育の是非の論議、他の楽器にしかできない音楽的ニュアンスの見直し、鍵盤的音楽思考からの脱却傾向などが進展するにつれて、ピアノはかつての栄光の座から降ろされようとしている。とくに最近は、電子オルガンやシンセサイザーにとってかわられる部分が多くなってきている。[山口 修]

構造

現在普及しているピアノは、平型の巨大なグランド・ピアノ(「ベビーグランド」から「フルコンサート」まで寸法はさまざまで、ドイツ語ではFlgel〈羽、翼の意〉またはHammerflgel、フランス語ではpiano queue〈しっぽのあるピアノ〉という)と、竪型で比較的スペースをとらないアップライト・ピアノの2種類があり、基本的には同じ製作原理を応用しているものの、細部では微妙に異なるくふうが施されている。いずれにせよ、外見は簡素で、一見して目に入るのは、白鍵と黒鍵(白黒がまれに逆の場合もある)からなる鍵盤(キーボード)、共鳴体としての機能をも兼ねた巨大な箱型の本体とそれを支える脚、金属製のペダル、の三つにすぎない。しかし、本体の内部には、鍵盤とペダルの操作に連関して効果的に働くさまざまな物体の選択と組合せや、力学的配慮が精密に施された人間の知恵の結集が隠されている。すなわち、金属製の弦(いわゆるピアノ線)、それらを打ち鳴らすためのハンマー、鍵(キー)の動きをハンマーに伝達するためのキャプスタンとエスケープメント、弦の振動を着実に受け止める響板、ダンパー(消音装置)、以上が基本として存在し、それぞれが個別にくふうされているだけでなく、それらの相互の有機的関連を図るべく、大小の部品が精妙に配置されている。
 弦は鋼鉄製で、1個の鍵に対応する数は、低音部で1~2本、中音部で2~3本、高音部で3本となっていて、これは、できるだけ均質の音色を全音域にわたって獲得するための方策である。しかも、本体の寸法を無制限に大きくしても不都合であるから、音域によって弦の太さに変化を与えざるをえず(低音部では鋼鉄線の上に銅線をコイル状に巻き付ける)、その結果相当の張力を弦にもたせることになり、総力20トンにも及ぶといわれる。当然、この力を支えるだけの仕組みが必要であり、強固な鉄骨がその役割を果たしている。弦の固定は、ペルシアのサントゥールや中国のヤンチン(洋琴)と同じくピンでなされているが、両端がヒッチピンと調律ピンで留められ、これらのピンがそのまま駒(こま)の役割を果たすのではなく、全弦にわたって応用される細長い2本の枕木(まくらぎ)が駒として働き、振動弦長を決定する点で異なる。
 枕木状の駒は響板に直接のった状態になっているので、弦の振動を効果的に響板に伝えることができる。この響板は、中央部がやや盛り上がった平板で、弦の圧力をすべて受け止めるため、湿度により疲労しやすく、ピアノの老朽化はここから始まることが多い。また、弦自体も温度や湿度の影響を受けるので、定期的な調律が必要である。
 弦を直接打つためのハンマーは湾曲したフェルトを木芯(しん)に固定する方式をとり、高音部にいくほど先端が鋭く、しかも小型で軽くなる。フェルトの弾性は外側で大きく内側で小さい(硬い)ので、弦に働く力は打弦速度により微妙に変化をきたし、それに応じて音色と音量が決まる。さらに、ハンマー自体の弾性も鍵の一つずつに即して調整される(整音またはボイシング)。したがって、ピアノの生命は、一つにはハンマーの質とその調整法にあるということができる。ピアニストの音楽性が、微妙なタッチの訓練されたコントロールとして表出されるゆえんもここにある。ハンマーは、キャプスタンを媒介して鍵運動を打弦という動きに変えるのであるが、慣性で動くその敏感な仕組みのために、そのままでは何回もバウンドして弦を打つことになってしまうし、逆に次の打鍵を待ち構える余裕もなくなる。これを避けるために考案されたのがエスケープメントである。これには、グランド用のダブルエスケープメントとアップライト用のシングルエスケープメントとがある。ダブルの場合、鍵が元の位置に戻りきらないうちに次の打鍵をしてもすばやくハンマーに伝えることができるので、高速の連続打鍵が音楽的に利用しうるものとなる。
 打たれた弦は、たとえ小音量であっても長く尾を引く余韻を聞かせ、次の音と重なってしまうことになる。そのような音響効果を求める音楽文化もあるが、ヨーロッパ的な感性ではかならずしも望ましいものではなく、そのために、鍵操作に呼応して弦の振動を止めるための機構としてのダンパーが取り付けられている。すなわち、エスケープメントの機構に連結してその運動の一部がダンパーにも伝えられ、正しいタイミングで弦に触れて音を消すのである。以上の打鍵から消音に至る瞬時のうちの複雑な力学的機構は「アクション」とよばれている。この用語は、演奏者の両手の指・手首・腕といった身体器官が連動して鍵盤に働きかけるピアノという楽器に対して、あたかも生命を与えて、手と呼応するピアノの部分の運動を擬人化してとらえたものと解釈することもできる。
 同様に人間の身体器官と呼応する部分がピアノにはもう一つある。それは、足(脚)の動きで操作されるペダルである。ペダルの数は2を基本とし、3個ある場合は、特殊な機能がもたされる。右側のダンパーペダルは、すべての弦からダンパーを解放するためのものであり、打鍵したあと手を離しても弦振動が継続するだけでなく、共鳴関係にある打たれていない他の弦までいくらか振動するので、アジア的な音の混じり、ないしサワリ(一種のうなり)のような効果が生まれる。左側のペダルは弱音ペダルとよばれる。グランドでは、別名のシフティングペダルということばからもわかるように、鍵盤とアクション機構全体が右にすこし移動して複弦のうちの1本が打弦されず、したがって音量が小さく音色も変わる。アップライトでは、ハンマーの作動距離が短くなり、その結果打弦速度が遅くなるように仕組まれていて、必然的にタッチに「遊び」が生ずる。中央にペダルがある場合は、グランドではソステヌートペダルとよばれる。これは、打鍵の手を離す直前に踏むことにより、当該ダンパーを無機能にし、続けて打鍵する他の弦のダンパーは普通に作用するようにしたもので、特定の音を持続させてドローン的な効果をつくるのに役だつ。アップライトでは、ハンマーと弦の間にフェルトを挿入して音を弱める働きをする。これを弱音ペダルとよぶときは、左端のものをソフトペダルとよんで区別する。[山口 修]

ピアノとピアノ音楽の歴史

弦音の純粋な持続を表出するバイオリンなどの擦弦楽器とは違って、ピアノはアタック音が圧倒的に強いので、その点では、直接の前身であるチェンバロや間接的影響を受けたリュートといった撥弦楽器と共通する音素材を音楽家に提供してきた。ただし、ペダルをはじめとする複雑な機構のくふうは、アタック後の減衰を必要に応じて押さえるところにあり、そこにピアノのユニークさがある。もっとも、擦弦楽器と同質の持続性を求めるのではなく、あくまでも「点」および「余韻を強調した点」的な音を鎖状につなげることによって旋律の「線条性」を打ち出したり、同時にいくつかの音を出してその重音効果(協和音や不協和音)をいっそう強調しようとする、いわば音楽美学的欲求を満たす道具として利用されてきたと概観することができる。
 17世紀前半にクリストフォリが創造的に凝らしたくふうを受けて、その後ドイツおよびオーストリアにその技術と精神が受け継がれた。その背景には、その直前まで桴(ハンマー)で打弦するダルシマー(ダンパーなし)がパンタレオンという名でドイツで広く愛好されていた事実を見逃すことはできない。すなわち、撥弦のチェンバロと打弦のダルシマーを結び付ける土壌はできていたのであり、しかもリュートにできなかったことをチェンバロにやらせ、それにも飽き足らずにいたのである。ピアノらしきものが次々と試行錯誤を通して生み出される傾向は、18世紀後半にはイギリスへも飛び火して、1777年にはエスケープメントを思わせるくふうがなされた。大陸でも実験的試みが相次ぎ、とくにアウクスブルクのJ・A・シュタインによるものは、アクション機構が優れ、1780年ごろにはウィーン式アクションとして広まってはいたが、ピアノというよりはチェンバロに近いものであった。ピアノ製作の動向はフランスとアメリカにも受け継がれ、普及の度合いを深めた。
 ピアノらしいピアノがつくられるようになったのは、19世紀に入ってからイギリスとオーストリアにおいてである。そして、現在に至るまで日本を含めた諸外国でさまざまな改作を加えたものがつくられ、そのなかのごく一部だけが標準的なものとして生き残ってきた。たとえば19世紀前半にはブロードウッド(イギリス)、エラール(フランス)、そして後半にはスタインウェイ(ドイツとアメリカ)などが、手工業的生産によって安定した評価をかちとったが、現代にまでその伝統が完全に続いているわけではない。他方、シーボルトが最初にピアノを導入した日本では、20世紀になってヤマハや河合楽器のように大量生産をシステム化して音楽産業として成功を収めた例もある。
 ピアノの歴史には、ある程度は鍵盤楽器音楽の様式自体の変遷との相関関係を見て取ることができる。J・S・バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーベンと大まかにたどるだけでも、たとえば音域の拡大、独奏・合奏・歌曲伴奏での働きといった側面で現代のピアノのイメージに近づく過程がたどれるし、そこには、発しうる音量や音域の拡大などの要因が作曲や演奏の様式の変遷につながった何かが読み取れる。具体的には、大編成のオーケストラと対抗できるだけの音量、シンフォニックな音響の広がりを一台で表現できるだけの音域と演奏技術の拡大、また反面、微妙な陰影の表現が可能なために独奏曲や歌曲伴奏において多様な形式を生み出していったのである。この傾向は、ロマン派の時代から現代に至るまでさらに助長された。シューマン、ショパン、リスト、ドビュッシーらによるピアノの名曲が生まれ、楽器も民族的差異を微妙なところで示すようにさえなった。
 ピアノのこうした潜在的な変貌(へんぼう)能力がもっとも端的に顕在化したのは、ジャズやポピュラー音楽においてであろう。まったく異なる様式の音楽においては、奏法を旧来のピアノにこだわらず、ジャズ・ピアノでの伸ばしきった指での鋭いタッチや隣接する鍵を同時に鳴らして中間音の効果をねらうなど、独自の斬新(ざんしん)な手法により変容がもたらされている。また、発音以前の楽器そのものに手を加えてしまう例もある。たとえば、ビルマにおいて平均律とは異なる音律体系で調律したり、前衛音楽におけるようにまったくの異物をピアノの内部に組み込んで音を変質させるプリペアド・ピアノなどが好例である。他方、一度は廃れたかつてのさまざまなピアノの形を見直す傾向もあり、とくにそれぞれの時代様式を楽器とともに復原することが試みられている。ピアノはまさに、過去・現在・未来で変化に富んだ大小の姿を人類の音楽文化のなかに呈するのである。[山口 修]
『中谷孝男著『ピアノの構造と知識』(1961・音楽之友社) ▽属啓成著『グラフィック ピアノの歴史』(1987・音楽之友社) ▽斎藤義孝著『調律師からの贈物――グランドピアノの基礎知識』(1982・音楽之友社) ▽アーベル著、服部幸三訳『ピアノ音楽史』(1957・音楽之友社)』

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