翻訳|fantasy
ギリシア語のファンタシアphantasia(〈映像〉〈想像〉の意)に由来し,一般に幻想を意味するが,文学においては夢想的な物語全般に冠せられる名称。童話,妖精物語,メルヘンなどと呼ばれる従来の文学ジャンルに,深層意識やシンボリズムなど現代的な意義が付されたもので,魔術や妖精といった超自然の要素が実際に機能する世界を扱う。とくに1960年代以降,社会秩序や権威を支える認識基盤に対する反抗が世界的に盛りあがるにつれ,若い読者層に歓迎されだした。歴史的には,19世紀末にE.ネズビットが現実の中にふと顔を出す魔術的なもの(妖精や魔女など)を描いた児童文学を発表,これらの主題を〈日常の魔術everyday magic〉と名づけ,このジャンルにファンタジーなる呼称を与えた。明確な定義としてはこれが最初で,その後の幻想文学全般の活性化によって今日では,(1)幻想文学一般のうち怪奇や恐怖を主題としない作品,(2)SFのうち科学的論理性にこだわらぬ自由な発想によった作品,(3)舞台を現実ではなくまったく架空の神話的世界にもとめ,その中でかつての英雄冒険譚を展開させた作品,がファンタジーと呼ばれる。とりわけ(3)にはトールキンの《指輪物語》を筆頭に,アーサー王伝説やニーベルンゲン物語を現代によみがえらせたような大作が多く,〈ハイ・ファンタジーhigh fantasy〉ないし〈ヒロイック・ファンタジーheroic fantasy〉などと呼ばれて盛んに創作されている。
日常生活に非日常的なものが紛れこむことで新たな混乱や問題が考察されうる効果,すなわち〈異化作用〉は,リアリズムとは趣を異にするファンタジーの主要な役割である。元来文学とは,そのような非日常を創りだす装置の一例であり,音楽の幻想曲と同様に奔放な夢想を自由に遊ばせたロマンスや風刺劇,たとえばJ.バニヤンの《天路歴程》やシェークスピアの《夏の夜の夢》などにその機能がすでに認められていた。そして18世紀末にコールリジが出て,これら幻想物語を読む上の作法を理論化し,〈不信状態の意図的停止〉を提唱した時点からファンタジーの文学的意義は確定したといえる。物語の架空性を,絵空事(えそらごと)と批判するのではなく,読書中には現実の諸原理に代わって物語を秩序立てるルールとみなし,積極的にその寓意を探ろうとする姿勢がそれである。以後,特にイギリスではファンタジーに独自の意義が認められ,ノバーリスが呈示した〈文学の最高形式〉としてのメルヘンと同様,文学的に成熟の道をたどった。他方フランスでは18~19世紀にかけて妖精物語が流行したものの,怪奇小説や暗黒小説にしだいに押され,サン・テグジュペリの《星の王子さま》(1943)などを除けばむしろ不気味な物語をこの用語で呼ぶ場合が多い。そのためにファンタジーの傑作はアングロ・サクソンや北欧圏から多く生みだされ,イギリスではキャロル《不思議の国のアリス》(1865),G.マクドナルド《リリス》(1895),デ・ラ・メア《三匹の高貴な猿》(1910),ダンセーニ《エルフランドの王女》(1924),トールキン《指輪物語》(1954-55),C.S.ルイス《ナルニア国物語》(1950-56)など,アメリカではボーム《オズの魔法使い》(1900),ル・グイン《ゲド戦記》(1968-72),北欧ではヤンソン〈ムーミン・シリーズ〉などが代表とされる。ファンタジーは一般に〈逃避の文学〉と批判されてきたが,1938年に発表した評論《妖精物語について》の中でトールキンが逃避を勇気ある行為と評価して以来この認識が逆転し,今日では読者がいながらにしてカーニバルや神秘劇のような祝祭空間を体験できる構造を持った文学ジャンルの一つとして高い人気を獲得している。
→SF →幻想文学
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ギリシア語で「見えるようにする」の意。15世紀に英語ではfancyという語が派生し、以後心象形成能力としてはこの「空想力(ファンシー)」が「想像力(イマジネーション)」と混用されたが、19世紀にコールリッジは、対象と融合統一する詩的創造力が想像力であり、空想力は、対象を単に結合する能力にすぎないとして、両者を厳密に区別した。20世紀に入ると、トールキンがふたたび古いファンタジーの語を取り上げ、「実際に存在しないばかりでなく、現実のどこにも発見できないもの、そこにはみいだせないと一般に信じられているものの心象をつくり出す」能力によってつくられ、奇妙さ、不思議さを内容の特質としてもつ言語芸術の一分野として再定義し、その純粋な現れを「妖精物語(フェアリー・ストーリー)」のうちにみいだした。前記のような定義に従えば、「空想的(ファンタスティック)」な文学は、その起源を神話、伝説、妖精物語(あるいは昔話)などにさかのぼることが可能だが、あらゆる時代、さまざまな国にその例を発見できる。だが20世紀後半に入ってから、とくに児童文学が、伝承文学から近代の空想物語を区別するジャンルとして「ファンタジー」の名称を用いるようになった。これに対して成人向きの空想物語を「アダルト・ファンタジー」と称して区別する向きもある。
伝承文学をも含めた広義のファンタジーは、構造的に3種類に分類することが可能である。〔1〕トールキンの『指輪物語』のように現実世界とは独立に存在する驚異的別世界について語る物語。〔2〕ルイス・キャロルの『ふしぎの国のアリス』のように登場人物が現実から別世界へ行き驚異を体験する物語。〔3〕カフカの『変身』のように、非現実が現実へ侵入して驚異を実現する物語。近代においては〔1〕の種類の例が比較的少なく、〔2〕〔3〕の例が児童・成人向きを問わず多いこと、イギリス、ドイツ、北欧の国々のように「ファンタジー」の多産国がある一方、ラテン系の国々、日本(宮沢賢治、泉鏡花などの例はあるが)などによい作品例が少ないことなど、その理由を考察することから、各時代、各国民性の考察に進むことができよう。
一方phantasyは心理学用語で、一般には、現実にありえぬことを思い描き欲望の充足を図る心の働きをさすが、最近の深層心理学、精神分析学は、時、空間の物理的法則や因果律を超越する空想力の働きが無意識と深い関係にあることを発見しており、「ファンタジー」文学が心理学を、心理学が「ファンタジー」文学の特性を解明する道が開かれつつある。
[猪熊葉子]
『J・R・R・トールキン著、猪熊葉子訳『ファンタジーの世界』(1973・福音館書店)』▽『C・S・ルイス著、山形和美訳『新しい文芸批評の方法』(1973・評論社)』▽『C・S・ルイス著、中村妙子訳『別世界にて』(1978・みすず書房)』▽『ツヴェタン・トドロフ著、渡辺明正・三好郁朗訳『幻想文学 構造と機能』(1975・朝日出版社)』▽『L・スミス著、石井桃子・瀬田貞二他訳『児童文学論』(1964・岩波書店)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ファンタジーの訳語で,作曲者が伝統的な形式にとらわれず,幻想のおもむくままに自由に作曲した作品をさす。内容は,国,時代によって複雑かつ多様であるが,三つの主要なタイプに大別される。…
…しばしば子どもたちの実態を小説に描いたC.ディケンズは《クリスマス・キャロル》を1843年にあらわし,E.リアは滑稽な5行詩による感覚的なノンセンスの楽しみを《ノンセンスの本》(1846)にまとめた。 空想の国へ子どもをさそうファンタジーは,C.キングズリーの《水の子》(1863)を経て,L.キャロルの《不思議の国のアリス(アリス物語)》(1865)でみごとな花をさかせた。少年小説もまたT.ヒューズの《トム・ブラウンの学校生活》(1857),R.バランタインの《サンゴ島》(1857),ウィーダOuidaの《フランダースの犬》(1872),シューエルA.Sewellの《黒馬物語》(1877)のあとをうけて,R.L.スティーブンソンの《宝島》(1883)で完成した。…
※「ファンタジー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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