一宮神社(読み)いつきゆうじんじや

日本歴史地名大系 「一宮神社」の解説

一宮神社
いつきゆうじんじや

[現在地名]福知山市字堀 本堀

祭神大己貴命。近世までは一宮大明神と称した。旧府社。

草創についてはつまびらかでないが、「丹波志」は、

<資料は省略されています>

と記し、「寄付状有」として、

<資料は省略されています>

を載せる。同書によれば正徳四年(一七一四)四月一一日伺殿が炎上し社記など焼失したという。また明治一六年(一八八三)の神社境内地取調書(福知山市役所蔵)は「城主崇敬ノ神社ナリ」と記している。

当地方では今安いまやす天照玉命あまてるたまのみこと神社の雨乞が有名であるが、当社でも度々行われている。福知山藩日記(島原市立図書館松平文庫)の寛文八年(一六六八)七月四日条に「為雨乞、渡部了味発句仕、一宮ヘ上ル、二日之内ニ雨降候ヘハ、為御礼、於一宮連歌有之筈也」とあるのを古い例とし、堀村代々庄屋記録(堀区有文書)延宝三年(一六七五)の記事に、

<資料は省略されています>

とみえる。


一宮神社
いちのみやじんじや

[現在地名]徳島市一宮町

一宮町の西端、西丁の鮎喰にしちようのあくい川南岸にある。主祭神は大宜都比売命・天石門別八倉比売命。旧県社。かつては一宮大明神と称された(寛保改神社帳)。祭神について「阿波志」は大宜都比売命、または埴生女屋神と称するとする。しかし延享四年(一七四七)の記載のある一宮大明神輿勧進帖序(続徴古雑抄)には「名東郡一ノ宮村に在す御神ハ天岩門別八倉比売命と申伝たり」とし、寛延元年(一七四八)の神輿并神楽寄進帳跋(同書)には「一宮之神者伝八倉比売尊」とある。勧請の時期は不明。「阿波志」によれば神領じんりよう(現神山町)一宮(現上一之宮大粟神社)の別廟で下一宮と称し、もと鬼籠野おろの(現神山町)にあったとされる。はじめ一宮山上明神峰にあり、天正(一五七三―九二)以後北麓に移ったという。

久安二年(一一四六)七月一一日の河人成俊等問注申詞記(愚昧記仁安二年冬巻裏文書)に「一宮司河人成高舎弟成俊」とあり、同年以前に成立していたこの一宮社は鮎喰川流域に存在していたとみられ、その後身が神領の現上一之宮大粟かみいちのみやおおあわ神社であろう。


一宮神社
いつきゆうじんじや

[現在地名]福知山市字宮

土師はぜ川とその支流竹田たけだ川の合流点の東方、丸山まるやま(約一六四メートル)の突端部にあり、裏山には古墳がある。旧村社。

江戸時代には三輪みわ明神・一宮大明神と称され、大和の一宮大神おおみわ神社(現奈良県桜井市)の神霊を勧請したものと伝える。この地方では大神神勧請の所伝をもつ神社は珍しい。なお大神神社の祭神は大物主命。「丹波志」は当社について次のように述べる。


一宮神社
いちのみやじんじや

[現在地名]上野原町西原

西原さいはらのうちはらに鎮座し、旧郷社。康永二年(一三四三)武田一宮が「結縁之檀那」となって造立したと伝える十一面観音立像を神体とし、祭神は未詳とされていたが(甲斐国志草稿)、現在は木花開耶姫命を祀る。「甲斐国志」によると地内初度はど(初戸)にあって大己貴命を祀る二宮にのみや神社とともに武田氏により創建されたという。


一宮神社
いつくじんじや

[現在地名]新居浜市一宮町一丁目

新居浜平野のほぼ中央部市街地に鎮座する。祭神は大山積神・雷神命・高命。旧県社。境内は東西五四間、南北八〇間、面積五千三六一坪、国指定天然記念物のクスノキ樹林に囲まれている。創立年代不詳。新居庄が成立した頃の開発領主新居氏が、大山積神を勧請したと伝えられる。新居・河野・金子の諸氏の崇敬をうけたが、天正一三年(一五八五)の兵火により焼失。元和六年(一六二〇)天正兵火の償いを念ずる毛利長門守秀就の寄進により社殿建立(「西条誌」所載の棟札)


一宮神社
いちのみやじんじや

[現在地名]米沢市城南二丁目

江戸時代は城の南西林泉りんせん寺の北隣にあり、谷地やち明神と称された。祭神少彦名命・大己貴命。旧郷社。江戸時代以前の由緒は不明。寛文一一年(一六七一)上杉綱憲のとき、林泉寺北の重臣安田家屋敷地内に再興され、別当寺神宮寺とした。以来歴代藩主の崇敬を受けた。延宝七年(一六七九)の綱憲の願文、安永二年(一七七三)莅戸善政の祈願文、正徳二年(一七一二)上杉吉憲の境内禁制などがある。


一宮神社
いちのみやじんじや

[現在地名]土居町津根 塩屋

祭神は大己貴命など。旧村社。天保一三年(一八四二)の「西条誌」に「一ノ宮神社 所祀神 大己貴命(中略)地名を塩屋と呼(中略)社地浮島にて、潮のぼり祠壇を環り」とある。

社伝によると文明一〇年(一四七八)創建という。津根八日市一柳氏に崇敬された。また紀州藩主徳川宗直の側室の永隆院が津根つね八日市ようかいちの出身であり、当社を厚く信仰し、天明元年(一七八一)に永代常夜灯を寄贈した。


一宮神社
いつくうじんじや

[現在地名]畑野町宮川

宮の腰みやのこしにあり、隣接して慶宮けいくう寺がある。祭神は順徳上皇の島での第一皇女慶子の島照姫命とされるが、佐渡一宮として古代にさかのぼる古社とする説が強い。別当寺であった慶宮寺の料田に二筆の「十社免」があるところから、世阿弥の「金島集」に載せる十社が当社に比定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

デジタル大辞泉プラス 「一宮神社」の解説

一宮神社

徳島県徳島市一宮町、鮎喰川南岸にある神社。祭神は大宜都比売命(おおげつひめのみこと)。本殿は国の重要文化財に指定。

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