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五節 ゴセチ

デジタル大辞泉の解説

ご‐せち【五節】

奈良時代以後、大嘗祭(だいじょうさい)新嘗祭(にいなめさい)に行われた五節の舞を中心とする宮中行事。例年陰暦11月、中の丑(うし)の日に帳台の試み、寅(とら)の日に殿上(てんじょう)の淵酔(えんずい)、その夜、御前(ごぜん)の試み、卯(う)の日に童御覧(わらわごらん)、辰(たつ)の日に豊明(とよのあかり)の節会(せちえ)の儀が行われた。のちには大嘗祭のときだけに行われた。ごせつ。 冬》
五節の舞」の略。
五節の舞姫」の略。
[補説]五節の名は「春秋左氏伝」にみえる、遅・速・本・末・中という音律の五声(節)に基づくといわれ、舞は天武天皇の吉野の滝の宮で、神女が袖を五度翻して舞った故事によるという。

ご‐せつ【五節】

五節句」の略。
ごせち(五節)1

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大辞林 第三版の解説

ごせち【五節】

〔「五節」は楽曲の五つの節(遅・速・本・末・中)という〕
奈良時代以後、毎年新嘗祭しんじようさい・大嘗祭だいじようさいの折に、その前後4日(11月中なかの丑うし・寅とら・卯・辰たつの日)にわたって行われた、五節の舞を中心とする儀式行事。丑の日は舞姫が参入し、夜、帳台の試みが行われ、寅の日は清涼殿で殿上てんじようの淵酔えんすいおよび夜は常寧じようねい殿で御前の試み、卯の日は舞姫の介添えの少女たちを御前に召す童女わらわ御覧、辰の日は豊楽殿ぶらくでんの前で、豊明とよのあかりの節会せちえが催され、五節の舞が舞われる。天武天皇の代に始まるといわれ、平安時代には盛大に行われたが、のち大嘗祭の時のみとなり、室町時代には廃止された。ごせつ。
「五節の舞姫」の略。

ごせつ【五節】

五節句 」の略。
ごせち(五節) 」に同じ。 「 -のかちんまゐる/御湯殿上 天文一三

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