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広瀬神社(読み)ひろせじんじゃ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

広瀬神社
ひろせじんじゃ

奈良県北葛城郡河合町河合に鎮座する元官幣大社。ワカウガノメノミコトを主神とし,クシタマノミコト,ホノイカズチノミコトを祀る。竜田の風神とともに,風を防ぎ穀物の成熟を司る神。例祭4月4日。

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百科事典マイペディアの解説

広瀬神社【ひろせじんじゃ】

奈良県北葛城(きたかつらぎ)郡河合町に鎮座。旧官幣大社。祭神の若宇迦売(わかうかのめ)命は,竜田大社の祭神竜田の風神と深い縁故があり,崇神(すじん)天皇のとき,水神・穀神としてまつられた。竜田の風神とともに,風水と五穀豊穣の神として信仰される。延喜式内の名神大社で,二十二社の一つ。例祭は古くは竜田大社とともに,4月と7月の4日に行われ,大忌(おおいみ)・風神祭と称されたが,現在は4月4日だけ。ほかに御田植祭(2月12日)は砂かけ合戦を行うきわめて特色あるもの。

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世界大百科事典 第2版の解説

ひろせじんじゃ【広瀬神社】

奈良県北葛城郡河合町川合に鎮座。若宇迦売(わかうかのめ)命を主祭神とし,櫛玉命,穂雷(ほのいかずち)命を配祀する。創建年代不詳。社伝では崇神天皇のとき,広瀬の川合の里長神託があり,朝廷に奏上したことより御膳神(みけつかみ)として天皇が社殿をたて奉斎したことに始まるという。675年(天武4)天武天皇が間人連大蓋(はしひとのむらじおおふた)らを遣わして大忌(おおいみ)神を広瀬の河曲(かわわ)にまつらせたと《日本書紀》にあるのが広瀬大忌祭のはじめというが,竜田大社の風神祭(竜田祭)とともに律令国家の重要な豊作祈願祭として継承された。

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大辞林 第三版の解説

ひろせじんじゃ【広瀬神社】

奈良県北葛城郡河合町にある神社。祭神は、若宇迦売命わかうがのめのみこと(あるいは、大忌神・広瀬河合神)で、櫛玉くしたま命・穂雷ほいかずち命を配祀はいし。昔から豊穣の神として尊崇される。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

広瀬神社
ひろせじんじゃ

奈良県北葛城(きたかつらぎ)郡河合(かわい)町川合に鎮座。若宇加能売命(わかうかのめのみこと)、櫛玉命(くしたまのみこと)、穂雷命(ほのいかずちのみこと)を祀(まつ)る。崇神(すじん)天皇朝に大御膳神(おおみかしわでのかみ)として創祀(そうし)されたと伝え、天武(てんむ)天皇朝以後は毎年4月と7月に龍田風神祭(たつたふうじんさい)(現生駒(いこま)郡三郷(さんごう)町の龍田大社)と同じく、広瀬大忌祭(おおいみさい)を斎行することが慣例となり、「神祇令(じんぎりょう)」にも規定されている。大和(やまと)国広瀬郡の延喜(えんぎ)式内社であり、平安時代には二十二社にも加えられた。社地は地名どおりに大和川の合流点に近く、五穀豊穣(ほうじょう)を守る水神として厚く崇敬された。旧官幣大社。例祭日は4月4日。2月11日の御田植祭(おたうえまつり)は砂かけ祭とも称し、擬人化した農耕神事である。本殿は春日造(かすがづくり)で、1711年(正徳1)の造営。『河相社(かあいしゃ)縁起』1巻、『和州(わしゅう)広瀬郡広瀬大明神之図』1枚を蔵する。[二宮正彦]

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世界大百科事典内の広瀬神社の言及

【大忌祭】より

…律令時代の宮廷の四時祭(しじさい)の一つで,大和国広瀬神社(奈良県北葛城郡河合町)でおこなわれた神事。広瀬大忌祭ともいう。…

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