中国、明(みん)代の長編小説。北宋(ほくそう)の末、徽宗(きそう)の宣和(せんな)3年(1121)淮南(わいなん)で宋江(そうこう)らが乱を起こし、一時大いに勢力を振るったが、やがて敗戦投降したとの記事が『宋史』にみえる。この宋江の乱を題材とした講釈がしだいに発展し、元末明初にいちおうの形を整えたものが『水滸伝』とよばれる。水滸とは水のほとりの意味で、宋江らが梁山泊(りょうざんぱく)という湖水に根城を構えたことに基づく。四大奇書の一つ。『水滸伝』の版本は70回本、100回本、120回本の3種に大別される。なかでも120回本が水滸説話のもっとも発展した姿である。いま、これによってその「あらすじ」を紹介してみよう。物語は七つの部分からなる。
[大塚秀高]
第1回は物語の発端であり、太尉(たいい)の洪信(こうしん)が竜虎山(りゅうこざん)の伏魔殿(ふくまでん)を開き、封じ込められていた天罡星(てんこうせい)36、地煞星(ちさつせい)72、あわせて108の魔王を逃がしてしまうことが述べられる。続く第2~71回は、水滸説話のもっとも古く、かつもっとも人々に愛好された部分であり、魯智深(ろちしん)、武松(ぶしょう)、楊志(ようし)などが梁山泊に上るまでの銘々伝、および晁蓋(ちょうがい)らによる生辰綱(せいしんこう)(誕生日の贈り物)の詐取とこれに引き続く宋江の閻婆惜(えんばしゃく)殺しなどが述べられ、108名の英雄が梁山泊へ勢ぞろいすることをもって終わる。この部分は『水滸伝』の中核である。第72~82回は、宋江が東京(とうけい)で徽宗寵愛(ちょうあい)の名妓(めいぎ)李師々(りしし)と会い、その手引きにより罪を許されて帰順する経緯が述べられ、帰順した宋江らによる遼(りょう)征伐が第83~90回に、反乱軍田虎・王慶討伐が第91~110回に述べられる。この間宋江らは1人も戦死することがなかったが、第111~119回の方臘(ほうろう)征伐に至り、諸将は次々と倒れ、生き残った者も出家、出奔し、東京に帰還したものわずかに27名という惨状を呈する。最後の120回ではこの27名の結末が語られる。
[大塚秀高]
『水滸伝』は長編小説の形式をとってはいるが、その実、短編を寄せ集めたものにすぎない。『酔翁談録(すいおうだんろく)』には宋代の朴刀(ぼくとう)・桿棒(かんぼう)話本の演目として、「青面獣(せいめんじゅう)」「花和尚(かおしょう)」「武行者(ぶぎょうじゃ)」「李従吉(りじゅうきつ)」「徐家落草(じょけいらくそう)」などがみえる。これらを緯糸(よこいと)に、『宣和遺事(せんないじ)』にみえる晁蓋・宋江説話を経糸(たていと)とし、これに当時元曲として演ぜられていた水滸劇をも取り入れ、「官逼民反(かんひつみんぱん)」の大義名分を林冲(りんちゅう)に体現させ、初期『水滸伝』は成立したものと推定される。その時期は元末とも明初ともされ、編者には施耐庵(したいあん)、その協力者ないし後継者として羅貫中(らかんちゅう)が擬されている。近来施耐庵の墓碑銘、家譜なども発見されているが、その真偽のほどはさだかではない。こののち、嘉靖(かせい)年間(1522~66)までには征遼部分を含めた100回本が、明末には田虎・王慶の挿話を加えた120回本が刊行された。しかし『水滸伝』は盗賊の物語であり、支配者とくに征服王朝の清(しん)にとってはまことに不都合なものであった。たびたび禁書とされたゆえんである。この風潮のなか、明末清初の批評家金聖嘆(きんせいたん)が先の第1回を楔子(けっし)(序)とし、71回までをとって70回とし、108名が皆斬首(ざんしゅ)されるのを盧俊義(ろしゅんぎ)が夢みる一段を書き足した70回本を刊行するに及び、これが他を圧して流行したのである。
[大塚秀高]
続書のなかでは、明末清初の逼塞(ひっそく)した政治状況を反映した陳忱(ちんしん)の『水滸後伝』がもっとも優れる。兪万春(ゆばんしゅん)の『蕩寇志(とうこうし)』は盗を懲らさんとする意図が勝ちすぎ、評価は高くない。日本では岡島冠山の『通俗忠義水滸伝』以来、多数の翻訳がなされ、江戸後期の読本(よみほん)に多大な影響を与えた。その代表としては建部綾足(たけべあやたり)の『本朝水滸伝』、曲亭馬琴(ばきん)の『南総里見八犬伝』があげられよう。
[大塚秀高]
『吉川幸次郎・清水茂訳『水滸伝』全15冊(岩波文庫)』▽『駒田信二訳『中国古典文学大系28~30 水滸伝』(1967~68・平凡社)』
中国の長編口語小説。施耐庵(1296-1370)と羅貫中(1364生存)によってまとめられたという。《忠義水滸伝》とも標題する。北宋末年,山東省の湖,梁山泊の水辺すなわち水滸に集まった実在の群盗にもとづく物語で,南宋から元にかけて,断片的に講談や演劇でとりあげられていたものを,一つにまとめた。現在最古の版本は,100回から成るが,およそ4部に分かれる。(1)宋江を首領とする108人の豪傑が,それぞれ事情を異にしながら,官吏や土豪に圧迫されて群盗の仲間入りをせざるを得なくなる。(2)勢ぞろいした豪傑たちが官軍と戦って勝ち,朝廷は懐柔策を取って招安する。(3)官軍に組みこまれた豪傑たちが,敵国遼と戦って勝つ。(4)江南で反乱を起こした方臘を征討して鎮圧するが,豪傑たちは死傷などによって分散し,生還者は任官したものの,奸臣によって破滅させられる。100回本のほか,(2)と(3)のあいだに,田虎・王慶征伐を入れた120回本,清の金聖嘆がくわしい批評を加え,(1)の部分だけであとを断ち切った70回本,一名《第五才子書》などがあるが,まとまりがよく,批評が面白いので,清朝では70回本がもっぱら行われた。表現力ゆたかな流暢な口語で,市民の日常生活の中で権勢,賄賂,暗殺,姦通など諸悪と戦う豪傑たちをひとりひとり個性的に生き生きと描き,宋江,呉用,林冲,魯智深,武松,李逵(りき)などの典型人物を創造した。豪傑たちの行動は,〈忠義〉と冠せられるように,天子には敵対せず,〈天に替わって道を行う〉を旗印として富める者から奪って貧しい者に与え,最後は裏切りによって殺されるなど,世界的に共通する義賊のイメージに合致する。作中人物の西門慶と潘金蓮の物語から《金瓶梅》が生まれるなど,後世の文学に大きな影響を与えたが,清朝以前には,〈盗を誨(おし)える〉ものとしてしばしば禁止され,最近では農民一揆をえがいたものとして評価される一方,投降主義との批判も受けた。
なお日本においては,江戸時代の半ばより翻訳され,《三国演義》とともに多くの読者を獲得した小説の一つである。
→水滸伝物
執筆者:清水 茂
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中国の長編小説。北宋末の義賊の豪傑108人の武勇物語で,南宋時代から講談や読み本として行われていたのを,施耐庵(したいあん)と羅貫中(らかんちゅう)が14世紀中頃にまとめた。中国の口語文学の最も代表的なもの。
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…明では異端邪説として《剪灯新話》等の小説が禁じられたほか,反儒的な言辞をもって知られる李贄(りし)の著作はすべて禁止せられた。また李自成の乱が熾烈を極めた明末には,反乱を教唆する賊書として《水滸伝》が厳禁された。 禁書令は異民族王朝である清の全盛期にとりわけ厳重に実行された。…
…幼時から俊才ぶりを現し,しかも好んで反俗・反常識の見解を発揮した。その本領を最も奔放に示したのは,《荘子》《楚辞》《史記》《杜詩》《水滸伝》《西廂記》を古今第一等の〈奇文〉として〈六才子書〉と名づけ,それぞれに警抜な批評を加えたことであった。特に《水滸伝》のような通俗小説や《西廂記》のような戯曲を一級の文学として評価したのは,唐順之や李贄(りし)が端緒を発した見識をさらに推し進めて,新しい価値観を定立したものであった。…
…中国の宋・元時代,都市経済の発達により,大都会の盛場の劇場や寄席では,芝居,講談,漫才,その他の演芸がさかんに演じられたが,それらの芝居や演芸の作者を〈才人〉といい,才人の組織した同業者組合を〈書会〉とよんだ。当時の戯曲小説には,個人の創作ではなく,書会による集団的創作であったものがかなりあり,のちの小説《水滸伝》なども,元来は書会によってまとめられたと考えられる。書会は単に創作だけでなく,流行作品の改作をも手がけ,書会間の競争も激しかったらしい。…
…中国の小説《水滸伝》の108人の頭目の一人。あだ名は行者。…
…中国の小説《水滸伝》の108人の頭目の一人。綽号(あだな)は黒旋風,また李鉄牛と称す。…
…中国の小説《水滸伝》の108人の頭目の一人。本名は魯達,智深は法名。…
※「水滸伝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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