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着る/著る キル

デジタル大辞泉の解説

きる【着る/著る】

[動カ上一][文][カ上一]
衣類などを身につける。からだ全体または上半身にまといつける。着用する。「着物をきる」「上着をきる
物事を自分の身に引き受ける。
㋐(「…をきる」の形で)身に負う。かぶる。「ひとの罪をきる
㋑(「…にきる」の形で)相手の行為をありがたく受ける。こうむる。「恩にきる
[補説]「きる」は本来、衣服などを身につける意で、着物以外に(はかま)・烏帽子・兜(かぶと)・布団・刀などについても用いられた。現代では主としてからだ全体や上半身用するものをいい、袴やズボンなどは「はく」、帽子や笠などは「かぶる」、刀などは「おびる」というように、どの部分につけるかによって異なる語が用いられる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

着る
きる

哺乳(ほにゅう)動物の体表面を覆う皮膚は、そのまま気候・環境に適応し、身体防護の機能を果たしているが、ヒトはその進化の過程で、本来の皮膚の機能を失ってしまったのである。ヒトは、失ってしまった機能を代行させるために、皮膚に近似した衣服という皮膚のコピーをつくり、それを「着る」ことによって目的を達している。[内田 謙]

着ることの意義

裸のヒトは、まず身体を飾ることから始めた。それは皮膚に描かれた1本の線であり、あるいは1本の紐(ひも)であったのかもしれない。とにかく、なんらかのものを身体につけることによって、ヒトは「着る」ことを学んだのである。いずれにしても「着る」ことは、人類の歩みのなかで、食物やその他の物資を求めて移り住む風土や環境に適応し、身体をさまざまの障害から守ることであり、一方では衣類その他を身につけることによって、自分自身を変身させ、「装い」の世界を形づくることでもあった。「着る」ことは衣類を身につけたり、身にまとったりすることであり、また広義には物をかぶったり、下半身に衣類をつけたりする際の「はく」なども含まれるが、「着る」働きには物理的環境に即応する一面と、心理的環境に即応する一面とがある。前者は体温調節と身体防護であり、後者は自己表現のための機能である。
 人間の健康な生活は、そのエネルギー産生と環境に応じてのエネルギー交換との間の正しい均衡にあるといわれる。人間は衣類を「着る」ことによって、人工的に人体と環境との間の均衡を保っている。つまり、人間は住んでいる気候環境に即して、「着たり」、「脱いだり」して、その環境に適応しているのである。また物理的環境への対応の一つである身体防護は、動物が運動時に自己の身体の大きさよりも狭い空間を通り抜ける際に、身体に傷害を受けないような皮膚をもっているのに対して、人間は「着る」ことによって、周囲にある突起物に当たっても傷害を受けない、動物のもっている皮膚の代行をさせているのである。また「着る」ことによって、強い放射線からも身を守っている。
 なんらかのものを身につけることは、ヒトを動物から区別するさまざまな行為のなかの一つである。未開人が皮膚に「いれずみ」をすることも「着る」行為としてとらえることができよう。「着る」ことによる人間の自己表現は、その社会的環境および価値観によって変化していく。イギリスの『衣裳(いしょう)論』の著者で、文明批評家のエリック・ギルEric Gill(1882―1940)は、「人間と動物との本質的な違いは、衣服を着ることではなく、衣服を脱ぐことである」と述べ、さらに、動物はすばらしい衣服を身につけているものが多いけれども、自ら正装したりするものではない。気候風土に適応するために着替えをする動物もいるが、自らを満足させるために着替えるのは人間だけである、と書いている。
 自己表現という観点にたって「着る」行為をみると、「脱ぐ」行為も着るカテゴリーに属することになろう。英語のput on(着る、身につける)が物理的環境において多く用いられるのに対し、どちらかといえば自己表現における「装う」世界には、もう一つの着るdressがあてられている。その際の「脱ぐ」はundressであって、undressの世界は西欧美術作品のなかに数多くみられ、「脱ぐ」というテーマは裸体nudityと区別されている。『万葉集』にみえる大伴家持(おおとものやかもち)が坂上郎女(さかのうえのいらつめ)の娘、大嬢(おおいらつめ)に贈った相聞歌「吾妹子(わきもこ)が形見の衣下に着て直(ただ)に逢(あ)ふまではわれ脱かめやも」(あなたの代りになる衣を肌につけております。直接お会いするまでは脱ぐことはないでしょうの意)や、新羅(しらぎ)(朝鮮半島)に派遣された使人(つかいびと)の贈答歌「吾妹子が下にも着よと贈りたる衣の紐を吾(われ)解かめやも」(お前が肌身につけなさいとくれた着物の紐を、私は固く結んでおこう、解くこともなくの意)のように、愛し合う者同士が互いに衣服を交換しあう風習があったらしい。ここに出てくる「着る」「脱ぐ」や「解く」という行為は、異性が肌につけていた衣を媒介にした愛の表現行為である。衣服は気候環境に合わせて「着たり」「脱いだり」するばかりでなく、自己表現の手段でもある。つまり着ることは、人間の欲求に応じて、いつでも取り替えることのできる皮膚であるといってもいい。[内田 謙]

着ること・着るものとの関係

人間の生活のあるところ、人間の身につけるものは色とりどりに、さまざまの形状をもって見受けられる。しかし、初めから現在あるような着用物が存在していたわけではなく、身につけるものとしての形体が決まっていたのでもない。これら着用物のすべては人間がつくったもの、つまり「人間の造形行為の産物」である。まず身近なもののうちから「着るもの」にふさわしいと思われる材料を選び、「着るもの」をつくる。そして形になったものから、ふさわしい「着るもの」を選んで、身につける。さらにまとまりある服装として整える。このように具象物に人間の行為がかかわりあって、生活の営みのなかで、「着るもの」は、知恵とくふうによって編み出されてきたのである。「人間の着るもの」としてつくられたこれらのものは、単独では完全な形態になることのできない特色をもっている。それは、内側に生体を包み込み、「生体とともに動くもの」であり、また人間の手によって「生体に着脱されるもの」であるからである。このように「人間の着るもの」は、生活する人間の身体を心棒にして生体との深いかかわりのもとに、時間的・空間的流れのなかで、多様な展開をみせてくれる。「着るもの」を身につける主要な部位は躯幹(くかん)部であり、この躯幹部を主体に、最上部の頭、左右の手先および足先から中心に向けて、手が主導的役割を果たし、他の部位がそれに追随して着ることがなされる。脱ぐ場合にはおおむね逆の方向がとられる。身につけられた「着るもの」はただ単に身体の外側に置かれるだけでなく、次に行われる人体の行動に対して安定した状態で保たれるように、整えられなければならない。そのとき、人体を土台に人体と着衣とが一体となった「服装の形態」が、完成されるのである。
 2本の足で立ち上がってヒトとなってからの人間の身体は、寸法的な推移はあっても、基本的な形態は変わることなく現在に及んでいるが、その身体につけられた服装の形態は、服装史や民族衣装にみられるように変化に富む。しかしこれはすべて「人間の生体」と「衣料素材からつくられた着衣」との関係のなかで変化し、異なった形態をとっているのである。[長塩静子]

人体と1枚の布とのかかわり

繊維の別はあっても、着衣を形づくるおもなものは布地であり、ここではもっとも一般的な布地を取り上げて、平面状の布地で立体である人体を包むことを通して、「着ること」の考察をしてみよう。ここに、人間が身につけ全身を包むのに十分な面積をもつ、1枚の布があるとする。この長方形の1枚の布を身体につけるという基本的な人間の行為を取り上げてみると、人体の形態に対応して、その部位(人体のそれぞれの場所)との関係において着るものの形態が存在することを、改めて認識させられる。
 人間の基本姿勢(安静自然立位)をとった躯幹部を主体に、1枚の布を使って人体に着せ付けてみる。
 用布以外に紐とかピンとか何も使用しない場合、まず最終の布の納めをどう扱うかが問題になる。納めがないと布は人体から離れてしまうからである。その方法としては、折り込む、挟み込む、結ぶなどがあるが、その位置をどこに置くかによって、「人体の部位」と「布の位置」と「布の扱い」との関係が、布の運びの起点、過程、納めのそれぞれで深くかかわってくる。次に、人体の被覆部位と裸出部位、ならびに開口部の扱いとの関係のなかで、人体との空間のとり方がそれぞれに処理されて、人体を心棒に、生体と布とがともに対応しあって一つの着装形態が完成される。[長塩静子]
布を着る
平面の材料が立体の形態を保つには、人体の支えなくしては成立しない。垂れる布の支点としての役割を果たす肩や、巻き付けの布を受け止める首やウエストなど、それぞれの安定性を担って着衣の形態が定まる。躯幹部は正中面を軸に左右が対称になっているが、首から上は一つに統合されて頭部に連なっている。首の付け根では、左右方向と前後方向とが極端に形態の違いをみせており、この部位での布の取扱い方いかんで着装形態に大きな変化ができる。
 たとえば一方の肩を裸出することによって、着るものの形態はダイナミックな動きを生じる。また布の自然のハングにしたがって、上から下へと布を扱うのが一般的であるが、人体に対して布は上下、前後、左右のいずれからもつけることができるので、両足の間を前後に渡して肩や腰に結ぶこともできる。
 1枚の布だけでまとめあげる場合でも、平面の形(正方形、長方形、円形、楕円(だえん)形など)、布の大きさ(幅、長さなど)、厚さ、重さ、表面の光沢、そして色、柄(がら)などそれぞれの布の持ち味によって、さまざまな雰囲気を醸し出す。インドのサリーの姿を、もっとも代表的な例としてあげることができる。[長塩静子]
着るための留め具と紐
1枚の布を体にまとって、体のうえで納めようとするとき、何もなければ巻き付けて挟み込むとか、結び合わせるとか、また、固定させるのに別のものを用いるとかのことも、当然思い付くことである。一つには針状のピン、ブローチ状の留め金など点的な留め方があり、また紐状のものによる線的な掛け結びなどが考えられる。この場合、留め具の位置とその数、体との空間のとり方と留めぐあいなどにより、布にドレープをつけていく分量や方向性が決まって、体にまとう布に表情が表れる。布のずり落ちるのを止める役目から発した留めピンや留め金は、やがて細工が施され、アクセサリーとして豪華さを誇ることにもなる。
 一方、紐のほうは、布の上から生体と布との位置関係を安定化し、布の量的な配分を整える。そのほかに、紐は、直接身体に巻き付けたり結んだりして、布の折り込み・挟み込みの支えとして用いることもでき、布の定着に有効な役割を果たしながら、さらに複雑な服装形態の創作にも大きな力を発揮する。また線的要素として外観を左右することから、素材の吟味、紐の太さはじめその形状を土台として、手のこんだ装飾が施されていくのも、留め具と同様である。[長塩静子]
布を切り込む
長方形の1枚の布を長い方向に体にあわせようとすると、肩から下は、肩にかけることによってむりなく垂れ下がる。しかし頭の部分は球体なので、顔を覆わないで頭からかぶせるのには、少なからずくふうがいる。そこで頭だけが通る穴をあけ、そこから頭をくぐらせると、布は肩の部分で支えられて垂れ下がることになる。平面状の布の真ん中に切り込みを入れて穴をあけるというのは、突出部を覆う解決策の一つである。穴の大きさ、穴のあけ方(横一文字、縦一文字、丁字、十文字など)は布の組織や厚さなどにかかわるので慎重を要するが、穴をあけて体の一部をくぐらせるという発想は、人体と布とのかかわりにおいて一線を画することである。
 布の線的な切り込みから、くりぬく、切り取る、という方向へと考えは広がっていく。また内部の切り込みから周辺に向かって線を伸ばしていく。布の端から切り込みを入れる、さらに留め付ける・綴(と)じる・縫い合わせるなどの操作を加える。そして2枚の布を綴じ合わせるとき、中央の部分を縫い残して穴とするなど、体にあわせていく布の扱い方のくふうで、着衣の形態は変化をみせる。原始的な形態を残しているものにポンチョがあるが、これは外衣として用いられているので、布端は体の前後に垂らしたままになっている。
 しかし、1枚の布の中央部に穴をあけて頭を通し、身体の周りに垂れ下がった布地は、そのままではきわめて不安定で、手の出る部分を残して脇(わき)線を綴じるとか、紐などで躯幹部に定着させるとかのくふうが必要である。『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』のなかに記されている貫頭衣は、やや幅の狭い布2枚を縦に縫い合わせ、中央を縫い残してできた穴に頭を通し、前後に下がった布の両脇を、手を通す上のほうを残して縫い綴じた袖(そで)なしの簡単な胴着であったと想像できる。頭をくぐらせる穴は、着る方向に通すには問題なくても、脱ぐ場合には逆になるので、髷(まげ)をつけたり結髪したりした頭では困難を伴い、煩わしいことである。
 身につけたり取り外したりすることが楽にできるようにするには、穴をどの方向に、どのくらいの寸法切りあけたらいいか、手を通す穴をどう処理するかなど、またさらに着脱の繰り返しに耐えて、長い期間着続けるのになにかよい方策はないかなどの広い範囲の生活対応から、また異なった形態が現れてくる。この流れのなかで洗練されて独自の完成をみたのが、小袖(こそで)からの着物と帯の和服世界である。[長塩静子]
体に沿わせる
布地は、経(たて)糸に緯(よこ)糸をくぐらせて、ある一定の面積に織り上げられている。その布地に切り込みを入れるには、よほどの決意がいる。しかし、一度鋏(はさみ)を入れると、次は、いかに鋏を使うかの問題になってくる。人間の体は曲面的複合体であるから、平面状の布を体型に近づけていくと、余分の布の処理に迫られる。そこで余分を切り落として体の輪郭線を表現する方法が浮かんでくる。切り込み方によっても布の表情を変化させることができる。そのために、多くの知的努力が集積されて、高度なカット(裁断)の技術が発達してくる。[長塩静子]

「着ること」と体の形

人体を中心にしてその外側に位置づけられる「着るもの」の形態は、大きく次の三つに分けられる。
 Aタイプは、体の形態に似通って体型に沿って形成され、きちっと体型にはまるように仕上げられているもの。現在国際服となっているいわゆる背広をはじめ、日常着として広く用いられている洋服類で、これを「人体型成形衣服」という。Bタイプは、体を包むのに十分な量はあるが、体の形態とはほど遠い方形や円形などの一定の形をもつ平面体のもの。インドのサリーや古代ギリシア・ローマの文化遺産にみられるキトンやトーガの類であり、「非成形衣服」という。Cタイプは、その中間で、体の形態を考慮して簡単な縫合など、ある程度の加工がなされたもの。一反の反物を長さの裁断だけでほとんど直線縫いで仕上げる和服類、およびアジア、中近東、アフリカ地区の民族(俗)衣装にみられるゆったりした衣服類で、これが「半成形衣服」である。
 体型にあわせて裁断され組み立てられたAタイプの衣服は、その中に体を納めてジッパーをあげるなど「あき」を綴じれば、着装はきわめて簡単に短時間で行われる。しかし、衣服の形態は人体にあわせてできあがっていても、選んだ衣服が着用者のサイズおよび体型に不適合の部分があれば、色、柄、材質などが気に入った場合でも着ることができず、「着るもの」としての役にたたないことになる。一方、1枚の布や、それに手を加えても、平面に畳みやすいBタイプやCタイプの衣服は、着る人の体のうえで形づけられ、紐や留め具で調節がきくので、着用者の身長の高低や周径の大小、また怒り肩、なで肩など、身体的形状との適応範囲はずっと広くなる。ただし着装は、体につけていく操作にゆだねられ、短時間にうまくまとめあげるには、かなりの技術を必要とする。この例として、帯結びによって着装形態を完成する和装は、いわゆる「着付」の巧技によって芸術的情緒を醸し出すまでに至るのである。
 同時に、その情緒に深くかかわるのは着る人のしぐさや身のこなしである。さまざまの着衣も、それぞれの着装にふさわしい動作が加わり、着る「人間」と、身につけた「衣服」と、その「動作」とが一つに統合されて、生活の場での躍動美が生まれるのである。[長塩静子]

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