(読み)かま

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

麦,などを刈る農具。農耕文化発生期から出現し,材質から石,青銅鉄製に分けられる。は内反し,地域や時期によって異なるが,着柄の方法には直角斜行の2種がある。日本では弥生時代大陸から石鎌鉄鎌が渡来し,古墳時代には鉄鎌が発達した。エジプトでは古王国時代に,中国では殷代から用いられ,各地で農業生産力の向上に尽した。

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デジタル大辞泉の解説

草などを刈るのに使う道具。鉄製で、三日月形の内側に刃があり、木の柄を直角につけたもの。
昔の武器の鎌槍(かまやり)鎖鎌(くさりがま)のこと。
鎌継(かまつぎ)」の略。
紋所の名。鎌をかたどったり、または鎌を取り合わせたもの。
根性が曲がっていて、口うるさいこと。また、その人。
「さあ、母の―がわせた(=イラッシャッタ)。何言はるる」〈浄・油地獄

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百科事典マイペディアの解説

穀物を収穫し草や小枝を刈り払う農具。使用の歴史は古く,骨に石刃を付けた鎌が西アジアの新石器農耕遺跡で発見され,中国では竜山文化(新石器時代)の遺物に石鎌や貝鎌が見られ,殷(いん)代には青銅鎌,戦国時代には鉄鎌が登場する。日本では弥生(やよい)時代に石鎌に相当する石庖丁があり,古墳時代には今日の形に近い鉄鎌も発見されている。日本の鎌は大別すると,刃が鋸(のこぎり)状の鋸鎌と平刃の刃鎌に分けられ,今日では後者が大部分を占める。大きさから大鎌,中鎌,小鎌の別があるが,刃の厚さからは薄鎌,中厚鎌,厚鎌に分けられる。薄鎌は稲刈鎌または草刈鎌と呼ばれ,細刃の播州鎌,越前鎌,広刃の信州鎌が知られる。中厚鎌は柴(芝)刈鎌,厚鎌は木鎌と呼ばれ,それぞれ荒草や木枝を刈るのに用いる。西洋では片手用の小鎌(シックル)と両手用の大鎌(サイズ)が代表的。前者は穀物の,後者は牧草の刈取り用。把装(はそう)大鎌は集草の便のため木製のレーキを付帯している。
→関連項目農具

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世界大百科事典 第2版の解説

穀類,牧草などを刈る刃物。石の刃をそなえる鎌は,西アジアで細石器の植刃,すなわち長さ2cm内外の長方形の細石刃を,柄に作りつけた細溝にいくつもはめこんで用いる道具の一種として出現した。パレスティナナトゥフ文化(炭素14法による測定年代は前8000‐前7000年)で,野生のイネ科植物の収穫に用いられて以来広くおこなわれたのは,骨の柄にはめた直線刃のものである。おそくも前3000年以降,エジプト,メソポタミアではL字ないし〈し〉字形の柄が出現し,握る部分と刃がほぼ直角をなす鎌となり,石の刃が全体で内湾弧を描くように整えられた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

穀物や柴草(しばくさ)の刈取りに用いられる農具。穀物を多量に収穫する農業が始まるとともに、鎌は人類になくてはならない道具として発明され、改良が加えられてきた。現在でも世界の穀物栽培面積の大部分は、鎌を用いて収穫を行っている。日本ではイネやムギの栽培面積の95%以上がバインダーやコンバインで収穫されているが、ダイズやナタネなどの雑穀類や草刈りには小鎌が使用されている。

[江崎春雄]

種類

西洋鎌には、片手で作業ができる小鎌(シックルsickle)と、大面積が刈り取れる大鎌(サイズscythe)と、大鎌の刃の上部に枠を取り付けて穀物を集めながら刈取りが行えるクレイドルcradle大鎌の3種がある。

 日本鎌は、刃鎌と鋸鎌(のこぎりがま)に大別される。刃鎌には、用途によって、刃部の薄いものから厚いものまである。イネやムギの刈取りや草刈りには薄鎌が広く利用され、芝草刈りには中厚鎌、木の枝払いや灌木(かんぼく)を切るためには厚鎌が用いられる。鎌の刃に鋸目をつけた鋸鎌はプレスして製作されるものが多く、軽量で取り扱いやすく、イネやムギの刈取りに広く利用される。

 刃鎌の分布には比較的地方色がある。中部、近畿地方を境にして西の地方では、細刃の両刃鎌が普及した。これは鎌の刃先を表裏両面から研磨する楔(くさび)形の刃をもった鎌で、伊賀形といわれる。東の地方では広刃の片刃鎌が用いられた。これは裏面が平らで、表面に傾斜をもった刃先の鎌で、信州鎌と通称される。

 刃鎌は木柄と刃先線とのなす角が100度前後でやや直角になっている。鋸鎌はこの角が150度前後になっている。このように日本の鎌は木柄と刃先線とのなす角が180度以下であることが特徴の一つで、西洋の小鎌は180度以上である。これは日本鎌と西洋鎌では刈り取るときの手の運動がまったく異なることに由来している。アメリカでは日本鎌のような形の鎌をangular sickle、西洋鎌のような形の鎌をbalanced sickleと称して区別している。

 小鎌を用いたイネの刈取り作業は、腰を曲げた姿勢で、イネ株10~15株を1束にして片手刈りするのが一般的であり、10アール刈るのに4~8時間を要する。また、刈ったものは小束に結束するが、10アール当り1500束内外に結束するのに5~10時間が必要である。10アールのイネの刈取り、結束をする作業は、2人1組で早くて1日仕事である。

[江崎春雄]

歴史

西洋

鎌は人類が穀物を常食とした時代から使用されていたものと考えられ、現在発見されているもっとも古いものは、紀元前4000~前3000年にエジプト、バビロニアで用いられていた火打石でつくった直刃鎌であろうといわれている。動物の骨や角(つの)でつくった鋸目の入った曲線刃鎌やれんが製の鎌もメソポタミア地方で用いられた。前2000年になると銅合金の鋸鎌、前2000~前1000年ごろには、ローマでつくられた鉄製の鎌が各植民地に普及し、鎌の形状も現在の西洋小鎌と大差ないものとなり、平滑刃も鋸刃も使用された。900年ごろには大鎌が草刈り用として用いられ、1830年ごろにはアメリカでプレス生産の大鎌が大量に販売された。13世紀には大鎌に集稈(しゅうかん)棒を取り付けたクレイドルがイギリスで用いられ始め、1600年ごろにはアメリカで広く普及した。

[江崎春雄]

中国・日本

中国では、新石器時代後期の竜山(りゅうざん)文化に石鎌が現れ、殷(いん)代に銅鎌、戦国時代に鉄鎌が出現し、広く東アジアの農耕文化に影響を及ぼした。穀物の穂首(ほくび)刈りをする爪(つめ)鎌は、中国の仰韶(ぎょうしょう)文化、竜山文化に打製・磨製の石包丁や貝包丁として現れ、とくに石包丁は朝鮮半島や日本の弥生(やよい)文化に用いられた。中国北部でアワやコウリャンの穂を摘む粟鋻(ぞくけん)(鉄製)や、アイヌがヒエを摘む貝製のイチャセイはその残存とみられる。別に東南アジアには、鞘柄(さやえ)に鉄の刃をはめた爪鎌が広く分布し、イネの穂首刈りに使用されている。

 弥生時代の石包丁は、鉄鎌の普及につれて消失したが、イネの穂首を刈る収穫法は、古代末期まで穎稲(えいとう)の名で一部に残存した。当時の鎌は柄に取り付けるために基部を折り曲げ、柄と刃との角度は鈍角であったが、鎌倉時代には角度が直角に近い今日同様な形の刃鎌も使用された。江戸時代になると、北陸や畿内(きない)では、イネやムギを刈り取るのに鋸鎌(のこぎりがま)が発達し、両手使いの鎌としては、江戸近辺で草刈大鎌が、北陸で古稲株を割る株割鎌が用いられた。また、薄刃の草刈鎌、厚刃の木刈鎌、鉈鎌(なたがま)、桑切鎌など種類も多様化した。

 鎌は土地土地の野鍛冶(のかじ)によって供給されていたが、江戸時代には、三州吉田(豊橋(とよはし)市)の鎌鍛冶、二見今一色(ふたみいまいしき)(三重県伊勢市二見町)の伊勢(いせ)鎌鍛冶などのように著名な鎌鍛冶が出現し、特産地が形成される。越後(えちご)三条の鎌、越前(えちぜん)鎌、信州鎌、播州(ばんしゅう)鎌などは、江戸後期以来発達し、他国向けの製品をつくり、市(いち)売りや行商によって商圏を広めていった。三条の鎌商人の「鎌形帳」には、土地に応じた数百種の鎌の型が記されている。

[木下 忠]

民俗

鎌は収穫を象徴する用具である。稲の収穫が済んだあと、「鎌あげ」「鎌づか洗い」「鎌祝い」などといって、鎌を洗って飾り鎌に供え物をして祝う習俗は各地にみられる。

 鎌は呪力(じゅりょく)をもつと信じられてきた。古代に風の祝(はふり)が置かれた長野県諏訪(すわ)大社では、鎌を神幣とし、風鎮めの意を込めて鎌を神輿(みこし)に立てた。長野県や山梨県、群馬県などでは、大風のとき、竿(さお)の先に鎌を縛り、風の方向に刃を向けて立てると、風の神が恐れ、風が鎮まるといわれているが、鎌を風切りに用いる習俗は全国に広く分布している。埋葬した墓の上に鎌を立てたり、つるしたりすると、魔除(まよ)け、野獣除けになるという信仰は近畿地方以東の東日本に広がっている。

[木下 忠]


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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙
① 草、柴などを刈るのに用いる道具。三日月形で、内に向いて刃がある。柄をつけて内側に引くようにして刈る。
※万葉(8C後)一六・三八三〇・題詞「詠玉掃、鎌、天木香、棗歌」
② ①の形の武器。鎌鑓、鎖鎌など。また、鎌の刃の形に曲がっている刃。〔文明本節用集(室町中)〕
※狂言記・文蔵(1660)「さすまたかかまか棒か十文字か、わきびきか臑当か、頬当に聞きまがうて」
③ 火打鎌をいう。
※滑稽本・和合人(1823‐44)初「石はあるが燧(カマ)が見えぬ」
④ (鎌は先が曲がっているところから) 心が曲がっていること。また、その人。
※浄瑠璃・卯月の紅葉(1706頃)上「けふは河内へいかふかとこぼり口迄いったれば、おやじとかまのゐまめとが是も在所へ行ふうで」
⑤ 紋所の名。鎌を一個、または、数個組み合わせて図案化したもの。一つ鎌、入違い鎌、四つ鎌角、四つ鎌車などがある。
⑥ 「かまつぎ(鎌継)」の略。
⑦ 「かま(鎌)を掛ける」の略。〔改正増補和英語林集成(1886)〕
⑧ うそ。ほら。
※洒落本・くたまき綱目(1761)「久しく流布して、鎌(カマ)と名付しに、いつよりか鉄砲とかはる浮世アゑんしょくさいぞ」
⑨ 男根をいう。
※雑俳・神の胞衣(1730)「鎌はあれど砥なきがごとし男後家」
⑩ (①の形に似ているところから) 魚の鰓(えら)の下の、胸びれの付いているところ。

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世界大百科事典内のの言及

【園芸】より

…平安時代には,アサガオ,ボタン,キク,トコナツ,シオン,キンセンカ,アンズなどが中国から渡来する。鎌倉・室町時代までの渡来植物は中国原産が多いが,ベニバナ,キンセンカ,スイセン,ケシなどは西アジアやヨーロッパが原産であり,シルクロードを経てもたらされたと推定される。 品種の改良は変り物の発見に始まる。…

【死】より

…肉体の蔑視(べつし)が,〈死を想え〉の聖なる合唱へと接続していたのである。 くしき符合というべきであるが,日本においても〈死の思想〉が急速に広まったのは王朝時代の末期から鎌倉時代の初期にかけてであった。古代末から中世的世界の形成期にかけて姿を現したといえるが,具体的には各種の〈往生伝〉の編述(王朝末期)および《地獄草紙》や《餓鬼草紙》などの六道絵の制作(鎌倉初期)となって実を結んだ。…

※「鎌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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