匂い(読み)ニオイ(英語表記)smell
odor

デジタル大辞泉 「匂い」の意味・読み・例文・類語

におい〔にほひ〕【匂い】

そのものから漂ってきて、嗅覚を刺激するもの。「香水の匂い」「サンマを焼く匂い」→にお1
いかにもそれらしい感じ・趣。「都会の匂い」「生活の匂い」→にお2
芸能や文芸で、表現の内にどことなくただよう情趣・気分・余情。
日本刀の刃と地肌との境に現れた、白くかすんだように見える部分。→にえ
染め色、かさねの色目よろいおどしの配色で、濃い色からしだいに薄くなっていくもの。ぼかし。
匂いおどし」の略。
視覚を通して見られる、鮮やかに美しい色合い。特に、赤色についていう。
「もみち葉の―は繁し然れども妻梨の木を手折りかざさむ」〈・二一八八〉
人の内部から立ち現れる、豊かで生き生きした美しさ。
「―多く見えて、さるかたにいとをかしき人ざまなり」〈・空蝉〉
はなやかで、見栄えのすること。威光。栄華。
つかさ、位、世の中の―も、何ともおぼえずなむ」〈・椎本〉
10 声が豊かで、つやのあること。
「答へたる声も、いみじう―あり」〈とりかへばや・一〉
[補説]12について、ふつう、好ましいものは「匂い」、好ましくないものは「臭い」と書く。
[用法]におい・かおり――「バラの甘いにおい(香り)が漂う」のように、鼻に感じるここちよい刺激については相通じて用いられる。◇「におい」は良い・悪い・好ましい・不快など、鼻で感じるものすべてについていう。「いいにおい」「アンモニアのにおい」「魚の腐ったようなにおい」◇また、そのもののうちに漂う雰囲気についてもいう。「生活のにおいの漂う文章」◇「香り」は鼻に好ましく感じられるものに限って使われる。「馥郁ふくいくたる香り」「こうの香り(薫り)を楽しむ」。また、そのものからおのずと出てくる感じについてもいう。「芸術の香りに満ちた町」
[類語](1香り芳香香気/(2)(3)(8)(9空気雰囲気気分感じ様子気配けはいムードアトモスフィア佇まい気色

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「匂い」の意味・わかりやすい解説

匂い/臭い (におい)
smell
odor

嗅覚によって生じる感覚。普通よいにおいには〈匂い〉,悪いにおいには〈臭い〉が使われるが,においのよしあし自体はきわめて主観的な感覚である。においを感じるしくみについては,〈嗅覚〉の項目を参照されたい。

 ヒトでは嗅覚の刺激は空中の揮発性物質であって,溶液中の化学物質を知覚する味覚とはっきり区別できるが,水生の動物ではいずれの刺激も水中からくるので,受容器の別によって区別するしかない。さらに水生の無脊椎動物では,とくに嗅覚器,味覚器と呼べるような感覚器は分化しておらず,両者を区別できないので,化学感覚と総称される。

 識別できるにおいの種類はきわめて多く,ヒトでは一説に10万ともいわれる。味覚における甘,酸,鹹(かん),苦の四つの基本感覚(味質)のように,いくつかの基本臭を設定して,すべてのにおいを体系づけようという試みは古くからなされた。ツワールデマルカーH.Zwaardemarkerは9種の基本臭を考え(1895),またヘニングH.Henningは六つの基本臭を想定し,各臭を三角柱の各頂点に配し(においのプリズム),すべてのにおいはこの三角柱の表面上の点で表せると考えた(1916)。近年アムーアJ.E.Amooreは7種の原臭を考え,それを物質の分子構造と結びつけた(1962)。この説には,いくつか説明のつかない現象があるものの,においの立体化学説として広く受け入れられている。

ヒトにおいては,視覚や聴覚に比べて,嗅覚の果たす役割は比較的小さいが,動物によっては,同種間のコミュニケーションの手段として,においが生存上不可欠の意味をもつものがある。一般に空を飛ぶ鳥類や昆虫類のように視覚の発達した動物ほど嗅覚の発達が悪く,地上性の哺乳類,とくに夜行性の動物のように嗅覚に頼るものは視覚の発達が悪い。異性,敵,食物の発見,なわばり宣言としてのにおいづけ,仲間への呼びかけまたは警告のサインなど,生活上のさまざまな局面でにおいは重要な働きをしている。哺乳類ではサインとしてのにおいは,臭腺,肛門腺,あしゆびの汗腺などでつくられて分泌される。近年ではこのように動物の体内でつくられ,分泌されたときに他個体に特異的な反応をひき起こす化学物質をフェロモンと呼ぶようになった。フェロモンは昆虫でよく研究されており,単にサインとしてだけでなく,他個体の成長を支配するようなフェロモンの存在がシロアリやハチなどで知られている。

 ゴミムシ,カメムシあるいはスカンクなどのいやなにおいは防御的な意味をもち,異種に対するにおいの役割として特異なものである。植物の花や葉のにおいは主として精油成分によるものだが,みつを吸ったり,葉を食べたりする昆虫にとっては,生存に不可欠なサインである。そうしたにおいを手がかりにして昆虫はみつを吸い,葉を食べ,卵を産みつけるべき植物の存在を知るのである。
執筆者:

生理学的にみると,人間の嗅覚の及ぶ範囲はいたって狭く,普通は身近な周囲に限られていて,そのうえ識別能力も低い。こうした局面だけを見れば,カントのいうとおり,嗅覚は味覚とともに〈低級感覚〉に属すことになり,認識能力が高くそれゆえ“精神に近い”視覚や聴覚の〈高級感覚〉から区別されてもふしぎではない。しかし他方では,〈(あいつがどうも)くさい〉〈うさんくさい〉〈臭聞(醜聞)〉〈鼻につく〉〈鼻もちならない〉など,においや鼻に関係した俗語的言い回しは,欧米やとりわけ日本にたいへん多く,こういうところから見ると,嗅覚が,せまい生理学的局面を超えて,人間的,社会的,倫理的な次元にわたる幅広い射程をそなえているのはまちがいない。

 事実,ある場所にたちこめる雰囲気や,人と人の間に漂う微妙な陰影をいち早くかぎつけるのは文字どおり嗅覚の働きで,この点に着目したドイツの精神科医テレンバハHubertus Tellenbach(1914-94)は,嗅覚と味覚を〈人間の出会いを最深部で媒介する感覚〉とみなして重要視する。この見方を如実に例証すると思われるのが自己臭症で,患者は〈自分の体からいやなにおいが発散し,そのため周囲の人たちが顔をそむけたり,不愉快そうな表情をする〉と思いこむわけだが,心理的には,人間関係の不安や不信や疎外感を嗅覚で感じとっているにすぎない。その場合,ないはずの〈いやなにおい〉を自分で知覚していることもあり,そうなると嗅覚の幻覚,つまり幻嗅で,精神病的性格が強まるが,〈まわりからいやなにおいが漂ってくる〉という統合失調症者の幻嗅の〈求心性〉とちがい,あくまで自分から外へという〈遠心性〉を特徴とする。また,日本に多く,欧米にほとんどないというのも自己臭症の興味ぶかい特質で,その基底には〈体をにおわせない文化〉と〈におわせる文化〉の差が横たわっている。

 すなわち,欧米ではもともと体臭が強いうえに香水をふりかけて積極的ににおわせることを社交のマナーとするのに対し,日本では事あるごとに斎戒沐浴(さいかいもくよく)して身の清浄を心がけてきた伝統がある。いいかえると,体臭やにおいは人格や体面や世間体を傷つけかねないと受け取るのが日本人の感受性で,〈くさい〉〈鼻につく〉などの上述の言い回しがすべて否定や軽蔑(けいべつ)のニュアンスを帯びるのも理由なしとしない。なお,日本には昔から香をたいて楽しむ香道や香合(こうあわせ)があるが,〈聞香(もんこう)/(ぶんこう)〉ということばからもわかるとおり,“香をかぐ”のではなく“香を聞く”と表現したところに日本人の繊細な心がよく現れていておもしろい。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「匂い」の意味・わかりやすい解説

匂い
におい
smell; odor

有臭物質の分子が鼻腔上部にある嗅受容器を刺激することによって生じる感覚体験をさす。嗅覚ともいう。非常に鋭敏で,10-6~10-8g/l の微量でも感知できる。匂いの性質はきわめて多様で,C.リンネ以来いくつかの分類の試みがあるが,H.ヘニングは 1924年に (1) 薬味性,(2) 花香性,(3) 果実性,(4) 樹脂性,(5) 腐敗性,(6) 焦臭性の6種を基本臭とし,経験されるすべての匂いは,この6種の基本臭を頂点とするプリズムの表面上に位置づけられるとして,三角柱状の匂いのプリズムを作成した。 R.H.モンクリエフは 49年に有臭分子の形状が嗅受容器の形状に対応するものと考え,J.E.アモーレは 63年に立体化学的にその考えを発展させて,ショウノウ,ジャコウ,花香,ハッカ,エーテル臭,刺激臭,腐敗臭の7種の基本臭に匂いを分類した。このうち刺激臭,腐敗臭は分子の荷電に関係しているが,他の5つは分子の形状が問題になっている。現在のところ,最も化学的な分類と思われるが,神経生理学からは,このような基本臭の存在に疑問があり,匂いの本質には不明の部分が多い。有臭分子は香料としてだけでなく,昆虫の誘引物質として重要な役割をもつものが少くない。

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栄養・生化学辞典 「匂い」の解説

匂い

 嗅覚を刺激する物質のうち,特に好ましくないものをいう場合が多い.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の匂いの言及

【嗅覚】より

…においを感じる感覚で,化学感覚の一つ。食物の風味は,味ばかりでなく,においの成分が重要な役割をもっている。…

※「匂い」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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