小動物を捕らえ,消化し,養分の一部として吸収する高等植物の一群。肉食植物carnivorous plantともいう。すべて独立栄養者として,葉や茎にクロロフィルをもち光合成を行う一方,従属栄養的な性質ももち,獲物の小動物から窒素やリン等を摂取する。世界で,モウセンゴケ科(モウセンゴケ属約90種,モウセンゴケモドキ属1種,ハエトリグサ属1種,ムジナモ属1種),サラセニア科(サラセニア属8種,ランチュウソウ属1種,キツネノメシガイソウ属約10種),ウツボカズラ科(ウツボカズラ属約70種),フクロユキノシタ科(フクロユキノシタ属1種),ビブリス科(ビブリス属2種),ディオンコフィル科(トリフィオフィルム属1種),タヌキモ科(ムシトリスミレ属47種,タヌキモ属約150種,ゲンリセア属約15種,ビオブラリア属1種,ポリポンポリックス属2種)が知られる。日本にも2科4属21種の自生が認められている。
これら食虫植物を捕虫様式により区分すると,次のとおり。(1)葉面腺毛の発達が著しく,粘液を出してとりもち式に小動物を捕らえるもの。モウセンゴケ属,モウセンゴケモドキ属,ビブリス属,トリフィオフィルム属,ムシトリスミレ属が含まれる。さらにモウセンゴケ属では,膨圧の変化による容積の変化とオーキシンによる細胞の伸長により,15~20分で腺毛と葉身を湾曲させて獲物を包みこむ。(2)二枚貝状葉片の閉合運動を行うもの。ハエトリグサ属とムジナモ属がこれにあたる。葉片内側にある感覚毛に短い間隔で2度以上触れると,内部で膨圧が急に起き,0.01~0.02秒のスピードで閉鎖運動を完了させる。さらに獲物を捕虫葉中部に誘導し,消化腺に密着させるように働く狭作運動がある。(3)落し穴式袋をもつもの。サラセニア科,ウツボカズラ科,フクロユキノシタ科が含まれる。袋の入口または内壁が滑りやすいか,逆毛をもって,獲物がはい出しにくいようになっている。(4)吸引式捕虫囊をもつもの。タヌキモ属,ポリポンポリックス属,ビオブラリア属がこれにあたる。伸縮自在な壁のある袋の入口は,触毛をもつ弁で閉じられているが,獲物が触れることにより,袋壁の反り返りと,弁の開口が促され,その結果,水流が外から内へ起き,獲物は吸い込まれて捕らえられる。(5)迷路により食虫器官まで誘導するもの。ゲンリセア属がこれにあたる。
消化方法は2型ある。モウセンゴケ科,ウツボカズラ科,トリフィオフィルム属の捕虫器には,はっきりとした消化腺組織がみられ,小動物が出す尿酸の刺激で,プロテアーゼ,酸性フォスファターゼ,エステラーゼ,リボヌクレアーゼなどの消化酵素を出して,獲物のタンパク質をアミノ酸とペプチドに分解し,2~3時間で葉中に吸収してしまう。もう一つの型は,上記以外の食虫植物でみられるもので,消化酵素が存在せず,または存在してもわずかで役に立たず,おもに微生物の助けで分解されたものを捕虫器内,または捕虫葉が枯れて土中に入った養分を根から吸収する。
食虫植物が地球上に現れたのは,化石資料によると,白亜紀であり,分化がさらに進んだのは第三紀始新世のことである。生育に適するのは常に,湿地や湿った岩壁などで,強酸性でやせた土壌,日照条件がよく,しかも空中湿度の高い場所である。
執筆者:近藤 勝彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
昆虫や小動物をとらえ、消化、吸収して栄養をとる植物の一群。日本では2科4属、約20種が知られる。食虫植物は普通の植物と同じように光合成、窒素同化を行って独立栄養の生活をするが、尾瀬ヶ原(おぜがはら)湿原のような窒素分を欠いた酸性の土壌条件のもとでも多くの種は生活が可能である。食虫植物の捕虫の仕方には、とりもち式(モウセンゴケ、イシモチソウなど)、わな式(タヌキモ、ミミカキグサなど)、落し穴式(ウツボカズラなど。日本産の種類はない)などがある。とりもち式とは、葉の表面や縁に粘液を分泌する腺毛(せんもう)によって昆虫などを捕食するもので、モウセンゴケでは、葉縁にある長い触毛に実験的に卵白片をつけると、すぐに屈曲運動がおこり獲物を取り囲む。また、葉の中央部には獲物を運ぶ働きもみられる。触毛の先端の粘液は酸性となり、獲物は溶かされ、葉面から吸収される。わな式とは、捕虫嚢(のう)や開閉する捕虫葉をもつもので、水生の食虫植物であるタヌキモでは捕虫嚢があり、その中の水を排水し、低圧状態となって虫を待つ。虫が接触すると穴が開いて獲物を吸い込む。また、ハエジゴクなどでは、葉の表面に数本の毛が生えており、虫が触れるとすぐに葉を閉じて、これをとらえる。落し穴式とは、筒型とか袋状の器官に蜜腺(みつせん)をもち、これで虫を誘い、落ち込んだところをとらえるもので、ウツボカズラのほか、サラセニアなどがある。
生態的にみると、ノハナショウブやサギソウなどの美しい花を咲かせる暖温帯の湿原は食虫植物のよい生育地である。このような所では、比較的地下水位の高い湿った場所にモウセンゴケやナガバノイシモチソウなど、比較的地下水位の低い乾いた場所にコモウセンゴケやイシモチソウなどといったすみ分けがみられる。また、暖温帯の食虫植物を産する湿原には、遷移の進行によってススキなどの中生植物が侵入し、やがてマツ林などの陽樹林に移り変わり、食虫植物はそのすみかを追われてしまう。このようなすみかを維持していくためには、湿原の水位の調節、アシなどの刈り取り、芝やススキのはぎ取りのほか、ときには芝焼きなどの管理がたいせつとなる。また、尾瀬ヶ原湿原などでは、ハイカーの踏みつけなどによる破壊もおこりうるので、食虫植物の生活を守るための細かい配慮も必要となっている。
[小滝一夫]
『小宮定志・清水清著『食虫植物――栽培と観察実験』(1978・ニュー・サイエンス社)』▽『鈴木吉五郎著『食虫植物』(1957・加島書店)』
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