ペスト(英語表記)plague
Pest[ドイツ]
peste[フランス]

デジタル大辞泉 「ペスト」の意味・読み・例文・類語

ペスト(〈ドイツ〉Pest)

ペスト菌の感染によって起こる急性感染症感染症予防法の1類感染症、検疫法の検疫感染症の一、また学校感染症の一。元来はネズミの病気であるが、ノミを介して人間に感染し、感染経路によりせんペスト肺ペスト・ペスト敗血症・皮膚ペストに分けられる。致命率は高く、敗血症を起こすと皮膚が紫黒色を呈するため黒死病ともよばれ、中世ヨーロッパで大流行した。日本でも明治・大正時代に数回流行。
[補説]地名・書名別項。→ペスト(地名)ペスト(書名)

ペスト【Pest】[地名]

ハンガリーの首都ブダペストドナウ川東岸の平野部の地区名。1873年、ドナウ川西岸のブダおよびオーブダ地区と合併し、ブダペストになった。ペシュト

ペスト【〈フランス〉La Peste】[書名]

カミュの長編小説。1947年刊。ペストの流行で孤立したアルジェリアのオラン市の市民が協力して難局に立ち向かう姿を通して、不条理に対する人間の集団的反抗と連帯感の必要性を説く。

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精選版 日本国語大辞典 「ペスト」の意味・読み・例文・類語

ペスト

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙 ( [ドイツ語] Pest ) ペスト菌に感染して起こる伝染病。感染後二~五日たつと、全身のだるさに始まって急に寒けがし、高熱が出る。症状は腺ペスト、肺ペストで異なるが、ともに一週間程度で六〇~九〇パーセントは死にいたる。野鼠が主宿主で蚤を介して人間に伝染。一類感染症(感染症法による)の一つ。黒死病。〔泰西方鑑(1829‐34)〕
  2. [ 2 ] ( 原題 [フランス語] La Peste ) 長編小説。カミュ作。一九四七年刊。アルジェリアの町を舞台に、ペストの蔓延と、その病疫からの脱出をはかる戦いを描く。戦争をペストに寓意したカミュの代表作。

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改訂新版 世界大百科事典 「ペスト」の意味・わかりやすい解説

ペスト
plague
Pest[ドイツ]
peste[フランス]

ペスト菌Yersinia pestisによって起こる感染症。もともと日本に常在するものではなく,世界の一部地域(アルタイ山脈地方,モンゴルアフリカなど)の地方病的色彩が濃いものであった。伝染力がきわめて強いため,昔から世界各地にしばしば大流行をきたし,日本でも明治時代には年間数百人の患者が発生した。当時は予防対策も不十分で,適切な治療法もなく,その激烈な症状ときわめて高い致命率のために,最も恐ろしい伝染病とされた。ペストは今でも日本の法定伝染病の一つに数えられてはいるが,実際には1926年を最後に国内では現在まで患者の発生がまったくみられず,この病気の存在さえもほとんど忘れられようとしている。別名を〈黒死病〉というが,重症になって敗血症をきたすと全身各所に暗紫色の斑点が現れ,皮膚が黒ずんでみえたのでこの名前がつけられた。世界的にもこの疾患の発生は著しく減っているが,アジア,アフリカ,アメリカなどの温帯,亜熱帯になお患者が発生し,決して消滅したわけではない。WHOの記録によれば,1980年にこれらの地域から372人の患者の発生と,うち26人の死亡が報じられている。現在日本ではコレラ,痘瘡(とうそう)(天然痘),黄熱と共に検疫感染症に指定されている。

 ペストは人獣共通伝染病であり,その流行にはつねにネズミとネズミノミが関与し,ヒトの流行に先立ってネズミの間の流行が起こる。世界各地にはなおペスト菌を保有し,あるいはペストにかかったネズミが常在する地域があって,この地域に接触した人間社会にペストが侵入する。ペストのおもな病型には腺ペストと肺ペストがあるが,ふつうは主として経皮感染によって起こる腺ペストである。腺ペストは,感染したネズミから吸血し病毒を保有するネズミノミがヒトを吸血する際に胃の内容物を注入し,あるいはこのとき排出した糞をかゆみをかくため皮膚にすり込むことにより感染する。一方,腺ペストの患者が肺ペストになると,ヒトが感染源となり,咳などを介して飛沫感染という様式で原発性肺ペストを起こすおそれがある。腺ペストでは2~6日の潜伏期ののち,突然,悪寒または戦慄(せんりつ)を伴って発熱する。ノミに刺された付近のリンパ節(鼠径部(そけいぶ),股が多い)が大きくはれ,激しく痛む。治療が遅れると,このリンパ節が自然に破れて膿が出て瘻孔(ろうこう)となることもある。さらに肝・脾腫,循環障害,意識障害を伴い,重症例では敗血症をきたし,ショックから死に至る。しかし,非常に軽い経過をとるものも少なくない。腺ペストの経過中に,ときに菌血症から肺炎を併発すると肺ペストと呼ばれ,激しい咳,血痰,胸水から呼吸困難,肺水腫,心不全を起こして短時日のうちに死亡することが多い。肺ペストの患者から直接ヒトに感染し,初めから肺ペストの病型を示すものは原発性肺ペストと呼ばれている。流行地でリンパ節がはれて高熱があれば腺ペストの疑いがもたれるが,鼠径リンパ肉芽腫症とか伝染性単核症とか,ペストのほかにもリンパ節のはれる病気は多いので,診断を確定するためにはペスト菌を検出することが必要である。このためには,リンパ節の穿刺(せんし)液,血液,喀痰などの直接塗抹標本の顕微鏡検査と培養検査が行われる。

 治療にはストレプトマイシンテトラサイクリンなどの抗生物質による化学療法が非常に有効で,早期に診断が確定し,的確な治療が行われれば,もはやペストが往年のような猛威をふるうとは考えられない。この疾患の防疫対策としてネズミおよびノミを徹底的に駆除することが最も効果がある。予防接種は十分とはいえないが,ある程度の効果が期待できる。減少したとはいっても,国際輸送機関の発達により,近年日本でも他のいくつかのいわゆる輸入伝染病とともに,海外旅行者や輸入貨物を介して侵入のおそれがないとはいえないので,厳重な監視と対策は必要である。
執筆者:

人間の歴史に最も深いつめあとを残した病気はペストである。旧約聖書(《サムエル記》上)にあるペリシテ人を襲った疫病とはペストではないか,という説がある。しかし,明らかにペストと確認された史上最初のペスト禍は,540年ころエジプトに原発し,60年ものあいだ全ビザンティン帝国を混乱に陥れた〈ユスティニアヌスの疫病〉と呼ばれる大流行である。プロコピウスの《戦史》にはその惨状が克明に記されているが,コンスタンティノープルでは1日5000人あるいは1万人もの死者が出たという。その後散発的な流行を経て,14世紀ヨーロッパに黒死病(ブラック・デスBlack Death)の大流行をもたらす。

 本来ネズミの病気であるペストの歴史は,ネズミの生態の歴史と密接な関係がある。もともとインドからアジア南部にかけて生息していた保菌ネズミ(クマネズミ)が,気候変動による食物連鎖の変動によって移動を始め,しだいに北上し,さらに西進したと思われる。とくに13世紀は東西交流の盛期で,十字軍が東方へ,蒙古が西方へと進み,こうした人と物の動きにつれ,東西を結ぶ交易路いわゆるシルクロードに乗ってペストの伝播が起こった。

 1347年コンスタンティノープルに侵入してきたペストは,地中海貿易路をそのままたどり,48年にはイタリア,フランスに上陸,ついにヨーロッパ内陸に波及していった。ボッカッチョの《デカメロン》にはペストに襲われたフィレンツェの惨状が描かれている。黒死病による死者は3人に1人といわれ,ヨーロッパでは3500万人,その他を加えると,全文明世界で6000万~7000万人の死者を算したといわれる。こうした恐怖と混乱のなかで,〈鞭打ち苦行者〉や〈死の舞踏〉のような集団異常現象が起こり,さらに異教徒のユダヤ人が毒物を散布したというデマが流布し,ユダヤ人の大量虐殺が行われた。こうして人口激減によりヨーロッパ荘園経済は衰微し,宗教と学問の権威は失墜し,中世的な秩序が崩壊し,近代社会誕生をうながす要因の一つとなった。ヨーロッパの古い町の広場には,ペスト退散を記念する〈ペスト塔〉が今でも残っている。

 ペストはその後ヨーロッパで小流行を繰り返し,デフォーが《ペスト(疫病流行記)》を書いた1665年のロンドンの大流行を最後に,18世紀以降はかなり散発的となったが,19世紀の終りにアフリカ,アジアで再燃し,今日でも南アメリカ,アジアの奥地に病巣が残っている。

 1894年香港にペストが発生したとき,フランスのイェルサン北里柴三郎はそれぞれ独立にペスト菌を発見した。この流行が,これまで長くペストを知らなかった日本に飛火した。99年広島に患者第1号が発生,阪神地方を経て東進し,東京,横浜に広がった。このときは,ペストの元凶はネズミであることが知られており,ペスト防疫のためネズミを捕獲し殺す方法として〈ネズミ買上げ〉が行われ,また汚染地区の家屋の焼払いが強行された。
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内科学 第10版 「ペスト」の解説

ペスト(Gram 陰性悍菌感染症)

(6)ペスト(plague)
定義・概念
 ペストはペスト菌(Yersinia pestis)の感染によって起こる疾患である.ペスト菌は腸内細菌科のエルシニア属に分類されるGram陰性桿菌である.本菌は主にマウス,ラットなどの齧歯類が保菌し,ノミを介してヒトに感染する.ノミの刺し口よりペスト菌が感染するとリンパ節に移行し腺ペストを発症し,飛沫感染を起こすと肺ペストを発症する.ペストは感染症法で一類感染症に指定されている.
分類
 ヒトペストは,腺ペスト,敗血症ペスト,肺ペストの3つの病型に大別される.この中で腺ペストを起こす頻度が圧倒的に多い.
原因・病因
 ヒトはノミに咬まれてペスト菌に感染するが,ときに肺ペスト患者の痰中の菌が感染源となる.本菌は以前,生物兵器として使用された歴史があり,米国CDCはバイオテロに使用される可能性が高いカテゴリーAに分類している.
疫学・発生率・統計的事項
 歴史上,ペストは何度も流行を繰り返し大量の死者が発生して黒死病として恐れられていた.1926年以降,国内においてペスト患者の発生はみられていない.世界全体で毎年2000例以上の感染症例が発症しているが,その多くはアフリカなど一部の地域に集中している.
病態生理
 腺ペストの場合,侵入部位から局所リンパ節にペスト菌が移行すると,リンパ節は膿瘍化し腫大する.さらにリンパ行性や血行性に菌が脾臓,肝臓,骨髄など他臓器に移行し,重症化すると全身に伝播して敗血症を起こす.
臨床症状
1)腺ペスト(bubonic plague):
2~6日の潜伏期の後,急激な発熱(38℃以上)が出現し,頭痛,悪寒,筋肉痛,関節痛,倦怠感が現れる.下肢が特にノミに咬まれやすく,鼠径リンパ節の腫脹を伴いやすい.ノミに咬まれた部位は丘疹や膿疱,あるいは潰瘍を認める.リンパ節は腫脹が増強し,自発痛や圧痛が強くなる.適切な治療が施されなければ,その後敗血症に至り,重篤化しやすい.なおペスト菌に汚染された肉などを食べることで,咽頭部が初感染巣となり高度の扁桃炎と頸部リンパ節腫脹を伴うことがある.
2)敗血症ペスト(septicemic plague,plague sep­sis):
リンパ節腫脹などの局所症状を示さないまま急激にショック状態に陥り,意識レベルの低下,四肢末端部の壊死,紫斑などが現れ,DIC(disseminated intravascular coagulation,播種性血管内凝固症)やショックを伴い数日以内に死亡する.
3)肺ペスト(pneumonic plague):
自然感染の場合,腺ペストの末期や敗血症ペストの経過中に肺炎を発症する場合が多い.バイオテロではペスト菌をエアロゾルとして吸入することで肺炎を発症しやすい.頭痛,嘔吐,高熱を訴えて発症し,呼吸困難,血痰を伴って急激に重篤な状態に至る.
検査成績
 末梢血白血球数は著明に増加し,好中球優位で核の左方移動を伴う.ときに白血球数が10万/μLをこえるような類白血病反応(leukemoid reaction)を認める.
診断
 リンパ節吸引液,血液,痰などを検体として,塗抹標本の染色および培養を行う.本菌はGram陰性桿菌で両極に特徴ある明瞭な極小体が観察される.細菌培養以外の診断法として,ペスト菌の抗原の検出,PCRなどの遺伝子学的検査,および抗体価測定による血清診断も可能である.
鑑別診断
 腺ペストは化膿性リンパ節炎や猫ひっかき病など急性のリンパ節腫脹を伴う疾患,肺ペストは肺炎球菌やレジオネラなどによる激症型の肺炎との鑑別を要する.
合併症
 まれに髄膜炎を伴うことがある.
経過・予後
 腺ペストは無治療の場合は予後不良であるが,早期から治療を行えば治癒も可能である.ただし肺ペストの場合は病気の進行がきわめて速いので,発症後すぐに適切な抗菌薬が開始されないと死に至る場合が多い.
治療・予防・リハビリテーション
 ペスト菌の薬剤感受性は良好であり,おもにアミノグリコシド系,キノロン系,およびテトラサイクリン系の抗菌薬が用いられる.第一選択薬としてゲンタマイシンあるいはストレプトマイシンが推奨されている.肺ペストでは病初期からの適切な抗菌薬の投与が必須である.予防にはホルマリン不活化全菌体ワクチンが使用可能であるが,肺ペストにはほとんど効果が認められない.[松本哲哉]
■文献
Longo DL, et al ed: Harrison’s Principles of Internal Medicine, 18th ed, McGraw-Hill, 2011.
Mandell GL, Bennett JE, et al: Mandell, Douglas and Bennett’s Principle and Practice of Infectious Diseases, 7th ed, Elsevier Churchill Livingstone, 2009.

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ペスト」の意味・わかりやすい解説

ペスト(伝染病)
ぺすと
Pest ドイツ語
plague 英語

ペスト菌の感染によっておこる急性伝染病で、検疫感染症(検疫伝染病)に指定、感染症予防・医療法(感染症法)では1類感染症に分類されている。

 ペストの流行はすでに2、3世紀ごろからあったと伝えられているが、14世紀に中央アジアからヨーロッパ全域を席巻(せっけん)した大流行は歴史的にも知られ、当時のヨーロッパ全人口の4分の1にあたる2500万人の死者が出たほどの大災害をもたらし、黒死病として恐れられた。日本でも1898年(明治31)から1926年(昭和1)の間に2909人の患者発生がみられた。

 ペストは元来ネズミなど齧歯(げっし)類の流行病であり、これがノミ、ナンキンムシ、シラミなどの昆虫の媒介によってヒトに感染する。リンパ節腫(せつしゅ)、ペスト敗血症および肺炎などの病像を呈する。潜伏期は肺ペストの場合は2、3日、腺(せん)ペストは6~10日とされている。ペスト患者の大部分の病型は腺ペストで、皮膚や粘膜から侵入したペスト菌が、近くのリンパ節で増殖して一次性腺腫を形成する。これが出発点となって血行・リンパ行性に他のリンパ節に二次性腺腫を形成する。末期にはペスト敗血症をおこすこともある。腺ペストから転移性に気管支肺炎をおこすこともあるが、大多数は飛沫(ひまつ)感染によってペスト菌を直接吸入して発病する。肺ペストとペスト敗血症では、ともに2、3日の経過で死亡する。腺ペスト、皮膚ペストは、経過が1週間以上にわたる場合は治癒することもあるが、致命率は30~90%である。治療として、ストレプトマイシン、テトラサイクリン、クロラムフェニコールなどの抗生物質剤およびサルファ剤が用いられる。

[松本慶蔵・山本真志]

『カルロ・M・チポラ著、日野秀逸訳『平凡社自然叢書6 ペストと都市国家――ルネサンスの公衆衛生と医師』(1988・平凡社)』『蔵持不三也著『ペストの文化誌――ヨーロッパの民衆文化と疫病』(1995・朝日新聞社)』『ジャック・リュフィエ他著、仲沢紀雄訳『ペストからエイズまで――人間史における疫病』増補改訂版(1996・国文社)』『ヒルデ・シュメルツァー著、進藤美智訳『ウィーンペスト年代記』(1997・白水社)』『モニク・リュスネ著、宮崎揚弘他訳『ペストのフランス史』(1998・同文館出版)』『村上陽一郎著『ペスト大流行――ヨーロッパ中世の崩壊』(岩波新書)』


ペスト(カミュの小説)
ぺすと
La Peste

フランスの作家アルベール・カミュの長編小説。1947年刊。アルジェリアのオランの町にペストが発生、外部から遮断された孤立状態のなかで、必死に悪と戦う市民の連帯と友愛の姿を年代記風に淡々と描く。病身の妻と引き離されながらも黙々と働き、最後に「人間のなかには軽蔑(けいべつ)すべきものよりも賛美すべきもののほうが多くある」と証言する医師で語り手のリゥー。「観念のために死を賭(か)ける、抽象的なヒロイズム」よりも具体的な「幸福」を求めてペストの町を逃れようとするが、やがて「ひとりで幸福になる」ことに疑問を抱いてリゥーに協力するランベール。かつて政治的殺人を犯した罪障感に悩み、「いい理由からにしろ、悪い理由からにしろ、人を死なせたり死なせることを正当化するいっさいのものを拒否する無垢(むく)の殺人者」たらんとしてリゥーに協力するが、ペストで死んでしまうタルー。作者の対ナチズム戦争体験をアレゴリックに表現し尽くした、第二次世界大戦後フランス小説最大のベストセラー作品。

[西永良成]

『宮崎嶺雄訳『ペスト』(新潮文庫)』

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六訂版 家庭医学大全科 「ペスト」の解説

ペスト
Plague
(感染症)

どんな感染症か

 ペスト菌による全身性の急性感染症で、中世には黒死病(こくしびょう)として恐れられていました。日本では1926年以来発生していませんが、世界的には、アフリカ、アジア、米国などで、この15年間に約2万人の患者さんが報告され、その約1割が死亡しています。ネズミなどの齧歯類(げっしるい)の間で感染が続いており、ノミを介してヒトに感染します。

症状の現れ方

 ペスト菌を保菌しているノミに刺されたあと、2~6日の潜伏期間ののち、リンパ節のはれ、皮膚の小出血斑や高熱を起こします。菌が全身に回ると敗血症(はいけつしょう)を起こしショックなど重い症状になります。また、菌が肺に回ると肺ペストを起こし、喀痰(かくたん)から別のヒトに伝染することもあります。

検査と診断

 血液、リンパ節液からペスト菌を分離・培養して、診断します。

治療の方法

 ストレプトマイシン、テトラサイクリン、ニューキノロン系薬剤などの抗菌薬により治療を行います。一般的には抗菌薬がよく効き、回復します。肺ペストのように重い症状の場合も、発病後8~24時間以内に治療を開始すれば予後は良好です。手遅れにならないように病気の早期に治療を開始することが重要です。

病気に気づいたらどうする

 海外に渡航し、死んでいるネズミなどに触れたり、ノミに刺されたあとに、リンパ節のはれや高熱が出た場合には、ペストを疑い、医師の診察を受け適切な治療をしてもらう必要があります。

渡邉 治雄

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百科事典マイペディア 「ペスト」の意味・わかりやすい解説

ペスト

ペスト菌による法定伝染病。日本には常在しない(1926年を最後に日本での発生はない)。元来はノミを介するネズミの伝染病でヒトにも感染する。伝染力強く,かつてはきわめて高い致死率で黒死病として恐れられた。皮膚や粘膜の傷からの感染や飛沫(ひまつ)感染による。潜伏期1〜5日。悪寒(おかん)戦りつとともに高熱を発し,数日で死亡する。大部分(90%以上)はリンパ腺が冒される腺ペストで,ほかに出血性気管支肺炎を起こす肺ペスト,皮膚に膿疱(のうほう)や潰瘍(かいよう)をつくる皮膚ペストなどがある。治療はサルファ剤ストレプトマイシンなどの抗生物質による。予防はノミ,ネズミの駆除。ワクチンも有効。
→関連項目青山胤通感染症予防法疑似症検疫伝染病細菌兵器死の舞踏

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家庭医学館 「ペスト」の解説

ぺすとこくしびょう【ペスト(黒死病) Pest(Plague)】

[どんな病気か]
 ペスト菌という細菌の感染でおこります。
 元来は、ノネズミ、タルバカンなどの齧歯類(げっしるい)の病気ですが、ノミの媒介(ばいかい)で人にも感染し、高熱とリンパ節炎、あるいは肺炎、敗血症(はいけつしょう)などをおこす悪性の病気です。
 アジアでは、ベトナム、ミャンマーなど、南米では、ボリビア、ペルーなど、アフリカでは、ケニア、モザンビーク、マダガスカルなどに存在し、毎年1000人を超す発生があります。日本では、1930年以降発生がありませんが、ペスト菌が船や飛行機で運ばれて侵入しないともかぎりません。
[症状]
 ペスト菌が体内に入って2~5日たつと、全身倦怠感(ぜんしんけんたいかん)がおこって寒けがし、高熱が出ます。その後は、ペスト菌の感染のしかたによって症状がちがい、つぎのような病型に分けられています。
■腺(せん)ペスト
 ペストにかかったネズミや病人についていたノミに刺されておこります。
 刺された付近のリンパ節(せつ)がまず腫(は)れ、ついで全身のリンパ節が腫れて痛みます。ペスト菌は、肝臓(かんぞう)や脾臓(ひぞう)でも繁殖(はんしょく)して毒素を生産するので、意識が混濁(こんだく)して、心臓が衰弱(すいじゃく)し、多くは、1週間くらいで死亡します。
■肺ペスト
 ペストにかかっている人のせきとともにとびちったペスト菌を吸い込んで発病します。気管支炎や肺炎をおこし、血(けっ)たんが出て、呼吸困難におちいり、2~3日で死亡します。
■ペスト敗血症(はいけつしょう)
 ペスト菌が血液とともに全身をめぐり、皮膚のあちこちに出血斑(しゅっけつはん)を生じ、全身が黒色のあざだらけになって死亡します(黒死病という別名の由来)。
[治療]
 感染症予防法の1類感染症ですから、原則として入院して治療します。
 ストレプトマイシンやサイクリン系の抗生物質が有効です。
[予防]
 危険な国に行く人は、予防接種を受けましょう。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ペスト」の意味・わかりやすい解説

ペスト
pest; plague; pestilence

ペスト菌の感染によって起こる感染症。感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律で1類感染症と定義される。旧伝染病予防法による法定伝染病の一つ。日本には常在しないため,検疫すべき感染症に指定されている。死亡率が高く,60~90%である。まずノネズミなどの齧歯類の間で流行し,ノミ類を媒介として人に伝染する。吸血によって感染する腺ペストと,患者から飛沫感染する肺ペストがあり,人のペストのほとんどが腺ペストで,主としてリンパ節が侵され,皮下出血を起こす。かつて腺ペストが黒死病といわれたのは,症状が進行し敗血症を伴うと,皮膚に紫色の出血斑ができて体が黒ずんで見え,発病から2~3日で死亡したためと推定される。肺ペストは肺炎を併発する危険が高く,重症となることが多い。潜伏期間は,2~12日。症状は全身の倦怠感で始まり,悪寒,頭痛,嘔吐,全身の筋肉痛などを伴った高熱が出る。そのあと,循環器系が強く侵され心衰弱,意識混濁が起こる。近年,日本では発生がなく,外国でも大きな流行はない。

ペスト
La Peste

フランスの作家アルベール・カミュの小説。 1947年刊。アルジェリアの港町オランで発生したペスト禍を背景に,ペストと戦う人間の姿を通じて,連帯と友愛を説いた作品。

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栄養・生化学辞典 「ペスト」の解説

ペスト

 平成10年制定の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に,一類感染症として対策の規定された感染症.以前は,法定伝染病の一つであった.ペスト菌によって起こる感染症.黒死病ともいう.ノミを仲介としてネズミから感染する.

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ペスト」の解説

ペスト

黒死病(こくしびょう)

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

旺文社世界史事典 三訂版 「ペスト」の解説

ペスト

黒死病

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世界大百科事典(旧版)内のペストの言及

【カミュ】より

…この間,彼は42年フランス本土に渡り,レジスタンス運動に参加。その体験を通じて,人間存在の不条理性に対する反抗から集団的な反抗の思想へと進み,それを主題とした小説《ペストLa pest》(1947),エッセー《反抗的人間L’homme révolté》(1951)を書き,後者をめぐってサルトルとの間に論争が行われることになった。その後のカミュは戦後の時代を生きる知識人としての苦悩を負いつづけながら,小説《転落》(1956),短編集《追放と王国》(1957)を書いたが,以前ほど大きな評価は得られなかった。…

【医学】より

…医療技術者は宮廷周囲に集められて上述のような任務を与えられたが,医療過誤についての罰則規定もあったことがハンムラピ法典の中にみえている。興味あることは,まとまった症状を呈する重要な疾病は,それぞれを神の名において命名されていたことで,たとえば,ペストは〈ナムタルウ神〉,流行病は〈ウルガル神〉〈ネルガル神〉,熱性頭痛は〈アサックウ神〉などである。しかし,多くの身体機能の障害は症状をもってよばれ,これらに対しては,占星術や予兆論的な判断とともに,合理的な治療法も多く講じられている。…

【セバスティアヌス】より

…美術表現では受刑具の矢が持物で,射手や弩の使い手などの守護聖人。また,中世後期には,神の手から放たれた矢によって発病すると考えられていたペストに対する守護聖人として広く崇敬された。美術では殉教場面がもっともよく表現される。…

【熱帯医学】より

…発疹熱は世界的に広くみられるが,メキシコ湾沿岸および南地中海沿岸に多くみられ,媒介動物はネズミおよびネズミノミである。 細菌類によるものには,細菌性赤痢,腸チフス,パラチフス,コレラ,ペスト,野兎(やと)病,癩などがある。細菌性赤痢は赤痢菌によって引き起こされ,保菌者や患者の糞便とともに排出された赤痢菌が,ハエ,ゴキブリの媒介によって飲食物に混入し経口感染する。…

【風土病】より

…これらの人獣共通伝染病は,その病原巣の動物が生息する地方に発生が限られるときには,風土病的疾病として現れてくる。このようなものには,中国の奥地やインドに持続的にみられたペスト,地中海沿岸地方のマルタ熱(ブルセラ症),および世界中にみられ,日本でも各地で作州熱,天竜熱,七日熱,秋疫など特別な名称で呼ばれたレプトスピラ症などがある。 伝染性の風土病には,病原微生物が節足動物によって媒介される疾病で,媒介する節足動物の生息する地域が限られているために風土病として現れてくるものもある。…

【ルネサンス】より

… しかし,これらに加えて,いくつかの要件がある。14世紀中葉に突発したペストの大流行はその一つである。ペストはその後も断続的にイタリアとヨーロッパ全土を襲い,さしあたりは,社会と文化に壊滅的な打撃をあたえた。…

※「ペスト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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