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市川団十郎(2世) いちかわだんじゅうろうにせい

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

市川団十郎(2世)
いちかわだんじゅうろうにせい

[生]元禄1(1688)
[没]宝暦8(1758)
歌舞伎俳優。屋号成田屋。1世市川団十郎の子。宝永1 (1704) 年,父の横死半年後に2世を襲名。のちに歌舞伎十八番に選ばれた『助六』『毛抜』『外郎売』などを初演。容姿,弁舌にすぐれ荒事に和事を加えた演技で特色を発揮した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典内の市川団十郎(2世)の言及

【大口屋治兵衛】より

…暁雨は当時江戸っ子の象徴とされた歌舞伎の花川戸助六にみずからを擬し,遊里で豪華な大尽ぶりをみせたり,男伊達を気取って,所持の名刀濡衣で乞食坊主を試斬したなどの伝聞がある。2代目市川団十郎と親交があり,彼が助六物を演ずるときは治兵衛の所作をまね,治兵衛も芝居の下桟敷を半分買い占めるなど,当時の歌舞伎や役者の良い援助者でもあった。また髪形・衣装,ことばづかいや行動に,ことさら奇矯で派手な蔵前風とよばれる風俗をはやらせるなど,江戸の文化史,風俗史にも名高い。…

【大高源吾】より

…浄瑠璃《仮名手本忠臣蔵》(1748年8月初演)には大鷲源吾(異版では〈大わしぶん五〉とも)の仮名で登場し,討入りのシーンで〈……大鷲源吾かけやと大槌引さげ引さげ〉と描写される。江戸歌舞伎で1749年(寛延2)6月中村座上演のおり,2世市川団十郎は水間沾徳(せんとく)遺品の大高源吾筆〈山を劈(さ)く(“抜く”とも)力も折れて松の雪〉の句を記した掛物を所蔵する縁で大館熊之助の役名で源吾役をつとめた。このとき以来菱皮鬘(ひしかわかつら)に一本隈という扮装で荒事の演出が行われ,代々市川家の家の芸とされ,源吾は勇猛の士としての性格に強調点がおかれたが,この演出はいつか絶えた。…

【勝扇子】より

…新助をはじめ芝居の人びとは,これを公的な身分保証と受け取って喜んだ。2世市川団十郎は,新助の公事日記を写し,《勝扇子》と題して家蔵。5世団十郎もそれを転写して後に伝えた。…

【助六由縁江戸桜】より

…歌舞伎十八番の一つで3時間近く(現行1時間半から2時間)を要する華やかな大曲。1713年(正徳3),江戸山村座上演の《花館愛護桜(はなやかたあいごのさくら)》で2世市川団十郎が助六に扮したのが初演とされる。これ以前上方では助六と揚巻を脚色した歌舞伎や浄瑠璃が上演されており,江戸へ移されての初演である。…

【千両役者】より

…江戸時代,それぞれの役者は11月から翌年10月までの1年間契約で劇場の専属となったが,その給金が1000両の高額に達した者を千両役者という。その最初は正徳・享保期(1711‐36)の初世芳沢あやめや2世市川団十郎といわれる。その後それ以上の高給の役者も出たが,一般には金額にかかわらず,最も格式の高い役者,最高の人気役者,技芸抜群の役者,またそれらを総合したすぐれた役者をいう。…

【父の恩】より

…俳優追善絵入句集。市川三升(2世市川団十郎)編。美濃判大。…

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