日本大百科全書(ニッポニカ) 「庇」の意味・わかりやすい解説
庇
ひさし
ときに廂の字をあてる。二義あり、(1)は寝殿造などにおいて身舎(しんしゃ)(本屋)の周辺に張り出した建築空間をいい、(2)は建築物において出入口、窓などの上に日差しや雨水を遮るために部分的に設けられた突出物をいう。(1)古代住居はおしなべて単室(これが身舎にあたる)であるが、日本のように架構式木造建築方式をとるところでは、その平面を拡大しようとしても梁(りょう)間の関係からおのずから限度があり、身舎の周辺に一段低く縁側状の床を設けてその目的を達しようとした。そのような古い例は奈良時代の藤原豊成(とよなり)邸ですでにみられる。その床の周囲を吹放しとせず蔀(しとみ)や妻戸を建て込んだ空間が寝殿造などでいう庇である。そして、さらに広い空間を必要とするときは庇を二重に張り出すこととし、その部分を孫庇(まごびさし)、又庇(またびさし)などとよぶ。庇の周囲にはさらに濡縁(ぬれえん)を巡らし、高欄(こうらん)を取り付けるのが普通である。庇は身舎の一方だけに設けることもあれば二方向以上に設けることもあり、それぞれの方向によって南庇、北庇などといい、身舎をも含め南側空間は公式行事の場、北側は私生活の場というような機能分化も行われるようになる。京都御所紫宸殿(ししんでん)は江戸末期の復原ではあるが、このような寝殿造のもっとも完成した形を示している。(2)庇の屋根は身舎の屋根の延長ではなく、それよりも一段低く勾配(こうばい)も緩くして張り出されるのが本来の形で、これは一般建築における開口上部の突出物と同じ扱いであるから、その点で第二の意味と語義が共通する。一般建築にいう庇の構造は雨水に対する配慮から屋根と同じ扱いになるが、日照調整のためには夏至(げし)および冬至の太陽高度(東京付近では正午真南に対し73度および30度近辺)を基本として庇の深さや勾配を決めるとよい。なお窓上に設ける、とくに小さい庇を霧庇(きりびさし)とよぶことがある。これらの庇は躯体(くたい)(柱や壁体)から水平に突出した腕木で支えるのが普通である。したがって腕木は根本では固定されるが先端では持ち放しとなり、庇に重い積雪があった場合などには垂れ下がるおそれがあるので構造上の注意を要する。
帽子の額上に差し出した部分をも「ひさし」とよぶが、その効用も一般建築における庇と似ている。
[山田幸一]