浦越中国
阿尾川(荒山川)下流の阿尾村と宇波川(八代仙川)下流の宇波村を除き、丘陵山地が海岸部に迫るため耕地面積は狭小で、古くより稲作と畑作のほか漁業に生活の糧を求めてきた。対馬暖流の分流が大きく地先沖へ流れ込み、比較的沖合まで大陸棚が発達していることもあって定置網の敷設に適し、台網による鰤や鮪・鰯の水揚げが多い。
中世にみえる五島の浦。江戸時代の魚目村のうち浦村などに相当すると考えられる。文保二年(一三一八)九月一七日の青方高継譲状案(青方文書、以下同文書)に「うら」とみえ、
浦出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

(すいひん)なり」とあり、水涯をいう。
はのち濱(浜)に作る。みな水涯の神事を行うところで、〔楚辞、九歌、湘君〕「
陽(しんやう)を極浦に
む」、張衡の〔思玄の賦〕「洛浦の
妃(ふくひ)を召す」など、水神祭祀のとき、神を浦に迎えることを歌うものが多い。
の一字を収める。
は水草。浦と声義の関係があるかもしれない。
(歩)baと通じ、埠(ふ)は舟つき場、
は水涯をいう。また
(頻)・
bien、濱pien、邊(辺)pyenも声義の関係があると考えられ、すべて際涯のところをいう。その地は霊を迎え、霊を送るところであった。水神祭祀の歌謡には、浦に水神を迎えることをいうものが多い。
▶・浦海▶・浦月▶・浦口▶・浦嶼▶・浦帆▶・浦辺▶・浦湾▶
浦・
浦・夜浦・
浦・湾浦出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
地形的には海や湖を抱えこむかたちで湾曲した場所。前近代では漁村一般をさした。古代には王権に直属する贄人(にえひと)・海人部(あまべ)が浦や浜の魚介を贄として貢納。中世にはその系譜をひく供御人(くごにん)や神人(じにん)が供御・供祭(ぐさい)を貢納しながら,浦・浜の地先水面の漁場を共同開発して,魚介類の特権的な販売に従事した。近世ではとくに領主に対して浦役を勤める漁民を浦百姓,またその漁村を漁業権のある浦(浦方)と認定し,地方(じかた)の百姓・村と区別した。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…主として水産業およびその関連産業に従事している人々によって構成されている村落。浦とか浜とも呼ばれる。従事する漁業が海面漁業であるか,内水面漁業であるかによって,海岸漁村,河川漁村,湖沼漁村などの種別がある。…
※「浦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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