食物の煮炊きに用いる施設。
中国の新石器時代では,鼎(てい)・鬲(れき)など3本足のついた器と,鍋・釜など丸底の器とを用いて煮炊きした。前者は直接火にかけるので,かまどは不用である。後者は底を支える支脚ないしは胴部をかけるかまどを必要とする。初期の畑作農耕文化に属する磁山文化の土製支脚は古い例で,平底円筒形の器を支えている。初期稲作農耕文化に属する河姆渡(かぼと)文化(河姆渡遺跡)には,鍔付き釜あるいは甑(こしき)があり,かまどの存在が予想できる。仰韶文化には自由に持運びできる焜炉がある。底のついた高さ20cm内外の小型土器で,円筒形にかたどり側壁に額縁付きの焚口を開いたものである。また,底の大きな鉢型土器の側壁に焚口と空気穴をあけ,内面の三方から器を受ける舌を出したものもある。竜山文化では円筒形の側壁下端に焚口をくりぬき,上端寄りに空気穴をあけた土器があり,これは底がないので移動式のかまどというべきであろう。作り付けのかまどは陝西省の竜山文化後期に出現している。竪穴住居の入口の前にもう一つの竪穴を掘り,その壁を掘りぬいてかまどにしたもので,中央に器を支える土手をつくっている。殷・周時代のかまどは不明なところが多く,青銅器にもそれらしきものはない。しかし,かなり発達していたことが予想できる。秦・漢時代になると,かまどは倉,井戸などとともに家産を象徴する施設と考えられ,墓の明器,壁画,画像石に多く表現されている。明器に表れるかまどの基本形は,直方体にかたどり,短側面に焚口を開き,上面に甑を中心にして釜を配し,奥に煙穴を立てるもので,本来は塼(せん)で築いたものであろう。中原地方では扁平な形態をとり,上面に食器や魚,スッポンなどを表現するのに対し,広東地方ではかまぼこ形の形態をとり,ネズミや犬を配するなど地方色も濃厚に出ている。一方,底板を伴い獣足を付けた甑専用の焜炉とか輪に3足をつけたいわゆる鉄製の五徳も知られている。南北朝から隋・唐時代の明器では,焚口に凸字形の障壁を付け,1個の鍋をのせる簡単なものになる。調理の主流が甑から鍋に移行しているのである。漢式のかまどは,4~6世紀の高句麗の壁画や明器に伝えられているが,直方体の長側面に焚口を開くなど,時代的・地域的な変化を示している。
日本では土製支脚が弥生時代後期から存在するが,かまどはない。古墳時代,5世紀の須恵器に甑があり,この時期以降,竪穴住居の奥壁を掘って屋内で炊き煙を外に出すかまどがつくられた。この種のかまどが東国では奈良・平安時代まで行われる。6世紀後半から素焼の移動式かまどが出現する。裾広がりの円筒の側壁に焚口を開き,焚口の縁に廂を付け両側に把手を付ける。朝鮮半島から伝えられたものとされている。古墳からはかまどに甑・釜をセットにした模型が発見され,奈良・平安時代の祭祀遺跡からは掌にのるほどの小さなかまど,甑,釜の模型が発見されることがある。
執筆者:町田 章
かまどのことを地方によってはクド,ヘッツイとも呼ぶ。カマドは釜をかける所の意であり,クドは火所(ひどころ),ヘッツイはヘ・ツ・ヒすなわち家の火所の意である。煮炊きの設備のある住いがイヘすなわち家であるとすれば,カマドの語は家の単位ともなり,財産家を〈大カマド〉,破産を〈カマドが倒れる〉,分家を〈カマドを分ける〉などの表現が東日本には出てくる。
イロリ(囲炉裏)とカマドの関係は明確でない。イロリからカマドが派生したのか,発生が別であるのか,考古学的にも民俗学的にも両方が考えられる。しかし機能的に考えるならば,イロリでは米や大量の食品は調理せず,カマドで米を炊いたり大量の食品を煮ることから,カマドの発生は稲作の普及と関係するのかもしれない。
鹿児島県大島郡や沖縄県の各地では,カマドは母屋とは別棟にあって,三つの石で構成され神聖視されている。家族に死者が出ると,石を新しく取り替えることもある。このようにカマドは穢(けがれ)を強く意識するのが特色であるが,九州から東日本にかけて,カマドには神が祭られ,カマドの灰や釜,鍋などの墨が人間の生命を守る役割を果たしている。
またカマドを一年の特定の行事の日に屋外に造って煮炊きすることもある。東北地方で正月に造るカマクラ,関東から西日本にみられる3月や5月の節供のソトカマドや盆行事のときのボンカマドなどがそれである。屋外で集団で煮炊きして食べるということは,ハレの日の行事の中心であり,食べ物を神に供えて祭りを行うことである。このように,屋内にカマドを設ける以前に,屋外にカマドを設け,集団で共同飲食をすることが行われていたと考えられる。そのときの主食は御飯であるが,御飯に限らず餅や団子も同じ意味をもつ。神聖な稲の象徴である御飯や餅,団子などを食べるときは,稲の神や先祖を祭るときであったから,そのような食べ物をつくるカマドも神聖視されたのである。したがって,祭りのたびごとにカマドが造られ,終わると壊されたと考えられる。そのような証拠は先にあげた年中行事のソトカマドにみられるが,村の氏神の祭りのとき当番にあたる家が潔斎(けつさい)をして新しいカマドで煮炊きをする例は多い。もともと祭りや祝いごとのときに,カマドを新しく造って大量の料理をつくり,集団で飲食するのがカマドの成立要因であったとするならば,そのような形でカマドを造らずに集団で飲食するときは,各自が重箱に料理を入れて集まったり,食べ物を贈答しあったりするが,これは同じカマドで煮炊きしたものを食べることと意味的に同一の形をとることになる。いわゆる同じ釜の飯を食べた間柄という思考はそこから出てくる。
→竈神
執筆者:坪井 洋文
かまどはギリシア・ローマ時代以来,家の中心として崇拝された。たえず燃えている火のため,また食物を供給してくれたり,祖先の霊や家霊の宿るところとして恐れられると同時にあがめられた。火の崇拝はいうまでもなくインド・ヨーロッパ語系諸族に共通であるが,祖先崇拝の起源は,プラトンなどによって知られる,死者を家の中のかまどのそばに葬る習慣のあった時代にさかのぼれるらしい。かまどの崇拝の一つに神聖な火を絶やさないことがある。これは火をおこすことが容易でなかった時代のなごりであろう。年に1度,あるいは家畜の悪疫などで火が汚されたときに火を消し,木をすりあわせ新たに火をおこした。この風習は,今日では,ドイツなどでクリスマスにかまどの火を消してはいけないとか,復活祭や聖ヨハネの日の火でかまどの火を新しくすることに残されている。かまどは神聖なところで古代には食事のたびにお供えをしたことがクーランジェの《古代都市》から知られる。ゲルマン人もかまどの上で飲食物を互いに手渡すことで清めた。後世にも,食物の残りや粉や牛乳の被膜,祭りの焼菓子などをかまどの火に捧げたが,やがてこれはキリスト教の影響により煉獄の亡者たちのものになると解されるようになった。
かまどは火の座であると同時に家や家族の中心の位置を占めたため,家のシンボルとしての意味をもっていた。かまどのそばに家長や主婦の座があり,客人の名誉席もそこにしつらえられた。このようなシンボル的意味から,ギリシア・ローマ時代には,結婚式は花嫁をその父の家のかまどから花婿の家のかまどへ移すことを意味した。こうして新しい家族の一員に迎えたのである。新しく買った奴隷も,かまどのところへつれていくことで家族共同体の一員となった。ドイツの多くの地方でも,花嫁が夫の家に入ると,夫やその母に案内されて,まずかまどのまわりを3度まわる風習がみられた。北ドイツのザーターラントでは,家を新築すると最初の火は鉄と火打石でつけなければならない。ロシアのいくつかの地方では,新築の家に入るときは,最年長の女性がもとの家からかまどの火をもっていくという。
死者が家の中のかまどの下やそば,敷居の下などに葬られたことは先史時代にあったし,ギリシアの記録からも知られる。しかしゲルマン人の間にもこのような習慣が存在したかどうかは疑わしい。かまどは,民間信仰では火のデーモンや祖霊,家霊が力をもつ場所だった。また地下に住む者や煉獄の亡者たちもここに住むと信じられた。かまどの下には地下の国への入口があるとされ,小人やハインツェル小僧は,ドイツの伝説ではかまどのところに姿を現す。亡者たちもかまどで体を暖めるという。新生児をかまどの前や上におく習俗も各地に多い。こうして祖霊や家の守護霊にささげるのだとも,こうすると幸せになり偉くなるからだともいう。また,かまどは未来を告げる場所でもあり,かまどの火に唾を吐いたりすると舌や口に水泡や吹出物ができるといわれた。
執筆者:谷口 幸男
狭義のかまどは,壁の一辺に作り付けになった,粘土製や煉瓦製などの煮炊き用の設備をさすが,ユーラシア大陸のなかで,このような狭義のかまどが用いられている所は案外少ない。歴史的にみた場合,東アジアとそれに隣接する一部の地域に限定される。狭義のかまどのみられない地域では,煮炊き用の設備は主として開放的な囲炉裏型の設備だったようである。西アジアでは,土器が出現する以前にすり石とすり臼が存在していた。当時,すでにエンマコムギや二条オオムギ,マメ類などの栽培化がすすみ,農耕が開始されていた。すり石とすり臼の存在は,粉食の体系を暗示するものである。自然物を利用した容器のなかで粉をこね,熱した石板や土面で焼きあげる,パン焼きの原初的な萌芽を想定しうる。この場合,火床は地面または少し掘りくぼめた地面を利用する。土器が出現すると,煮炊きが始まり,粒食やあらびきがゆなどの新たな調理法を生んだが,火の設備には基本的な変化はなかったであろう。
現在,南アジアから西アジアにかけて最もよくみられる火の設備は,囲炉裏型のものである。火床のくふうにさまざまな変異はあるが,要するに焚火を屋内にとじこめた形である。その最も原初的な形は,移動を生活の基本原理に組み込んだ遊牧民のテントのなかの炉にみられる。開放度のより強い黒ヤギの毛で織ったテントのなかでは,炉は大きな石を1個おいただけの簡単なものが多い。鍋などでの煮炊きは,火中に据えた五徳の上で行う。パン焼きも,火床の石と五徳の間に渡した鉄板の上ですませる。村の家々のなかの炉は,テントの炉に煙出し設備だけを付加した形が一般的である。壁の一角などに暖炉形式の炉を作り付け,その上に煙突をつけたものである。煮炊きをするときは,炉のなかに五徳を据えて行う。パン焼きには,五徳の上にのせた鉄板を利用する。インドのチャパーティー(パンの一種)づくりなどでは,熱した平たい石の表面に張りつける方法もみられる。一部の地域では,鉄製や陶器製の容器のなかに火床をつくった火鉢型の炉もある。火鉢型の炉は,密閉度の強いフェルト製の包(パオ)型のテントのなかでも使われている。このような火鉢型の炉では,家畜の糞が主要な燃料の一部として利用されることが多い。
西アジアから南アジアにかけての地域で,最も閉鎖的な炉としてはタンドールがある。タンドールの主要な用途は,ナン型(円型で偏平なもの)のパン焼きにある。密閉して熱したタンドールの内壁に平たいパンをはりつけて焼く。
執筆者:松原 正毅
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「くど・へっつい」とも。竈処(かまど)の意。家の火所(ひどころ)すなわちクドの一つで日常的に食物の煮炊きに用い,一般には土間の奥に築いた。クドはもとカマドのうしろの煙出し穴をさした。火所のもう一つである炉もクド・カマドといったので,土で築いた土竈の出現以前は,炉とカマドは一致していたと考えられる。生活の拠点となるところから,家・所帯を数えるのにも用い,分家させることを「カマドを分ける」ともいう。家を象徴するところから,カマドに祭られる竈神は家の神の性格をもつ。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…これは穴の中で缶(ほとぎ)を焼成することを意味する。日本の竈は炊事のカマドから出ており,釜という字も用いられたが,明治以降は窯の字が一般化している。 日本では最古の縄文土器を焼成した窯はまだ知られていない。…
…家族制度【川本 彰】
[古代]
日本古代の〈イヘ〉は,一般に家族のすまいをさす言葉であった。かまどを意味する〈ヘ〉と同系の言葉とする説もあるが,イヘのヘは上代特殊かなづかいの甲類のヘ,かまどのヘは乙類のヘで発音が異なっていた。古代には,個々の建物は,ヤとかイホ,ムロ,クラなどと呼ばれ,イヘは建物そのものをさす言葉ではなかった。…
…かまどのこと。一般には箱型の加熱調理器具で,天火ともいう。…
…ナーンは,発酵したいわば薄パンで,一晩置いたドウの薄板を,高熱のカマドの側壁に貼って焼く。二つ折り,四つ折りにして羊の串焼き(シシカバブ)や野菜を包んで食べるが,発酵性でかまどを用いるという点では,ヨーロッパのパンに近似している。中東の農村では,ナンをさらに薄く焼いたタンナワーを食べる。…
…一般にある家族に属する家族員が分離して新たな家族を創設する分家行為によって形成された家族をいう。しかしながら日本では家族員の分離のすべてを分家と呼んできたわけではないし,分家行為によらない分家の例もしばしばみられた。分家はまず単なる家族員の分離ではなく,新たな家族の形成が社会的に承認されなければならない。村落社会においてはとくにこれが重要であって,社会的承認を得るための村への挨拶など数々の手続がみられた。…
… 検地帳に登録された屋敷は,その多くが屋敷囲いの内部に母屋(おもや)とともに小屋,門屋(かどや),隠居屋などを備え,小屋,門屋,隠居屋には主家の庇護・支配を受ける弱小農民(自立過程の小農)が起居し,母屋には主家が住いした。小屋住み,門屋住い,隠居身分などの弱小農民が家族をもち,その生計が主家のそれから一応独立分離している場合でも,家数人馬改帳(いえかずじんばあらためちよう)(夫役徴集の基礎帳簿)では,1屋敷の内部の生活は1竈(かまど)として把握され,屋敷囲いの内に住む弱小農民の家族は主家の家族に含まれるものとして主家に一括された。小農の自立がすすむとともに,弱小農民は主家の屋敷の分割を受け,あるいは屋敷外の畠に小屋を建てて主家から分立した。…
※「竈」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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