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長勝寺 チョウショウジ

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デジタル大辞泉の解説

ちょうしょう‐じ〔チヤウシヨウ‐〕【長勝寺】

青森県弘前市にある曹洞宗の寺。山号は太平山。開創は享禄元年(1528)、開山は菊仙梵寿。津軽藩主の菩提寺

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百科事典マイペディアの解説

長勝寺【ちょうしょうじ】

青森県弘前(ひろさき)市にある曹洞宗の寺。本尊釈迦牟尼仏。1528年大浦(津軽(つがる)氏)盛信(もりのぶ)が亡父光信の菩提を弔うために建立,津軽家の菩提所及び領内曹洞宗の僧禄所(そうろくしょ)となる。

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国指定史跡ガイドの解説

ちょうしょうじ【長勝寺】


津軽氏城跡(つがるししろあと)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

長勝寺
ちょうしょうじ

青森県弘前(ひろさき)市西茂森(にししげもり)にある曹洞(そうとう)宗の寺。太平山と号する。本尊は釈迦如来(しゃかにょらい)。1528年(享禄1)津軽の大浦盛信が亡父光信の菩提(ぼだい)を弔うため梵寿菊仙(ぼんじゅきくせん)を開山として鰺ヶ沢(あじがさわ)町に開創、寺号は光信の戒名によった。1611年(慶長16)2代弘前藩主津軽信枚(のぶひら)の弘前城築城に伴い慶長(けいちょう)年中(1596~1615)に現在地に移転したとき当寺を頂点として領内33か寺の曹洞宗寺院を楼門から三門へ至る道の両側に集めて寺町とし、周囲を二重の堀と塀で囲った(長勝寺構え)。その後、鉄牛蔵印(てつぎゅうぞういん)を中興開山とし、津軽家の菩提所、藩内曹洞宗33か寺の中心として栄えた。金剛力士像、五百羅漢像を安置する1629年(寛永6)建立の三門と、嘉元(かげん)4年(1306)銘の銅鐘(俗に嘉元鐘という)、御影堂(ごえいどう)、境内にある津軽氏代々の霊廟(れいびょう)は国の重要文化財。[菅沼 晃]

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世界大百科事典内の長勝寺の言及

【安寿・厨子王】より

…現在も京都府丹後由良や直江津には安寿と厨子王の伝説と遺跡を数多く残しており,津軽には岩木山の神体を安寿姫とする《お岩木様一代記》という語り物があって盲目のイタコが語っていた。弘前の津軽藩の菩提寺長勝寺には境内の一隅に蒼竜寺という座禅堂があり,その中に花御堂という厨子堂(桃山時代作)があって岩木山三所権現の本地仏(阿弥陀,薬師,観音)をまつるが,その左右に安寿と厨子王の古像が美しく彩色されて安置されている。津軽と安寿・厨子王伝説との深いつながりをしのばせるものがある。…

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