デジタル大辞泉 「俳優」の意味・読み・例文・類語
はい‐ゆう〔‐イウ〕【俳優】
[類語]役者・タレント・芸人・演者・女優・男優・女形・性格俳優・喜劇俳優・立役者・千両役者・大部屋俳優・大根・大根役者・二枚目・三枚目
わざ‐おぎ〔‐をぎ〕【俳=優】
1 こっけいな動作をして歌い舞い、神や人を慰め楽しませること。また、それをする人。
「吾れ将に
2 こっけいな事柄。
「されどいと興ある―なれば」〈滑・旅眼石〉
「俳優」の字面については、古く「ワザヲギ」の訓がある。→わざおぎ(俳優)
一般に俳優とは,演劇のなかで自分の身体を素材にして,他の何かになりかわる者と定義できるだろう。その際,せりふと身ぶり・表情が原則としてその演技者の手段となる。
今日の日本でわれわれ知るところの俳優という概念は,ほぼ近代西洋演劇におけるそれの移入であると言ってよい。すなわち,具体的には英語でいえばアクターactor,フランス語でいうとアクトゥールacteurまたはコメディアンcomédien,ドイツ語ではシャウシュピーラーSchauspielerといった近代西洋語の指し示すものがそれに当たる(なおフランス語のニュアンスとしては,アクトゥールがときに自分の人格を役に押しつけ気味なのに対して,コメディアンはもっと広く深く,自分を消してさまざまの役に変身でき,アクトゥールよりまさる者とされたりもしている)。
このような近代西洋語の概念に対して,日本で明治期にそれらの西洋型概念の訳語としても用いられるようになった〈俳優〉という中国語(漢語)が持つそもそもの意味合いや(別項の〈俳優〉参照),あるいは日本古代に用いられた〈わざおぎ(俳優)〉という言葉が意味するところのものは,かなりそのニュアンスを異にしている。それらはともに,物真似(ものまね)芸をする人を意味していた。また,〈俳優〉という言葉の周辺には〈役者〉という言葉が存在する。日本の伝統演劇においてはむしろこの言葉こそが,演者あるいは演技者を指し示す言葉として長く用いられており,それは日本の伝統演劇における演者のあり方を的確に反映しているから,その点でも重要な言葉であると言ってよい。詳しくは〈役者〉の項に説明を譲るが,この言葉の成立には,室町時代以降の能や狂言,また江戸時代以来の歌舞伎など,日本における伝統演劇の歴史が,書かれた(文学的ないし心理的)戯曲を基本とした西洋演劇の場合とは違って,何よりも演者中心の,舞台で語られることによって存在する芝居の歴史であるという事情が大きく影響しているように思われる。〈役者〉という言葉が表すところのものは,もともとの中国語の〈俳優〉や〈わざおぎ〉と比較すれば,やや西洋型概念の〈俳優〉と近いとも言えるが,しかしそれらは根本的には明らかに異なるものであり,西洋型のロゴス的意味にかかわる演者=俳優は,日本では明治以降,しかもより厳密に言えば,西欧近代劇が盛んに紹介・上演されるようになった築地小劇場以来のものにすぎぬと言っても過言ではないだろう。
俳優という概念の周辺には,文化により,また時代により異なる幾つかの言葉と概念とが存在するわけであるが,しかし,どのような文化においても演劇を成立させる一つの重大な要素として,演者あるいは演技者が存在したことは当然のことであり,そしてそのような広い意味での〈俳優〉は,古代においては洋の東西を通じて神事や祭儀や呪術に従事する,強く宗教的色彩を帯びた存在であった。そして,物語が戯曲という形をなして,近・現代へとつながる演劇の嚆矢(こうし)となったギリシア演劇の時代には,俳優は専門の職業的芸人ではなく,大ディオニュシア祭など演じられる機会ごとに,その役割を担う素人だった。なお,ギリシア演劇の最盛期に先立つ前6世紀ころに,集団的歌舞から演劇,あるいはコロスからひとり立ちの俳優の誕生という変遷が起こっていると考えられるが,半ば伝説的なテスピスという人物がそうした演劇俳優の第1号だといわれている。なお,古代ギリシアでは,俳優はフランス語でいえばイポクリットhypocrite(猫っかぶり)の語源である〈ヒュポクリテスhypokritēs〉と称されているが,それは先の中国語の〈俳優〉や日本の〈わざおぎ〉を想起させ興味深い。
また,女優について西洋演劇でのその起源を述べるならば,ギリシア時代はいうまでもなく,中世を経てルネサンス期,たとえばW.シェークスピアのイギリス・エリザベス朝期でも,一般に俳優は男性だけであり,男性が女性の役も演じていた。しかし,シェークスピアの活躍期より少し前,16世紀の半ばころに,イタリアでは〈コメディア・デラルテ〉という即興劇団が現れるが,これは恐らく世界最初の職業劇団であるとともに,そこには女優が初めてお目見えしたと記録は伝えている。以後近世・近代を通じて,女優は男優と並びごく普通の存在となっていった。なおその点日本では,歌舞伎がいわば〈女優〉から発生したのは特徴的である(〈お国歌舞伎〉の項を参照)。しかし,やがてそれも男性たちだけのものとなり,今度は〈女形〉が人気を呼んで,その伝統は西洋型演劇が移入されて以降の今日にいたるまで,近代的女優と併存を続けている。また,現代では逆に〈宝塚少女歌劇〉といった女優ばかりの演劇も生まれ,活動を続けている。このように考えると日本における女優というものの存在は,ややユニークな歴史をたどっていると言ってよい。
西欧ではルネサンス以後,17世紀,18世紀と時代が進み,新興階級としてのブルジョアジーが台頭すると,かつては一種の〈流浪者〉として,あるいはまた直接的な生産労働に従事せぬ者として,社会的に蔑視されることの多かった職業的俳優も,一定の市民権を獲得するようになった。フランス革命を経て19世紀に入ると,西欧では興行権が領主の手を離れて自由化し,舞台もはっきりと商業化・商品化するようになる。そのような中で,観客が呼べるスーパー・スター,フランスでいうところの〈聖なる怪物les monstres sacrés〉が出現,ひじょうな人気を呼んだ。たとえばサラ・ベルナールなどはその最後の典型にあげられよう。
世紀末から20世紀を迎え,さらに第1次大戦後になると,日本も含めて全世界的に演出の確立,アンサンブルを重んじた舞台づくりが行われるようになり,それと並んで意識的な俳優術の探求,開拓がいよいよ盛んとなっていく。具体的には,19世紀末のマイニンゲン一座やA.アントアーヌの〈自由劇場〉運動,リュニェ・ポーの〈制作座〉の仕事などをはじめとして,20世紀に入ってからは次のような人々の俳優術への寄与が目だつ。まず,モスクワ芸術座を率いたK.S.スタニスラフスキーは,19世紀にフランスのディドロが指摘・強調した演技の意識化,〈俳優の逆説〉論の系譜に立って,役の内面を行動で生きるのが身上という新しい演技術を唱え,システマティックにその開発を行った。また,イギリスのE.H.G.クレーグやスイス生れのA.アッピア,ドイツのM.ラインハルトらがそれぞれに唱えた演技論・俳優論は重要であるし,フランスではJ.コポーを筆頭にC.デュランやL.ジュベらによって詩的演技が提唱・実践された。さらには,A.アルトーによる残酷演劇,またB.ブレヒトによる革新的な演劇論・演技論が新しい地平を切り拓いている。なかでも最後の2人,すなわちアルトーとブレヒトの問題提起は,現在から未来に向けての展望を得ようとする際,ことのほか重要なものであると言ってよい。彼らはともども,旧来支配的だったスタニスラフスキー・システムに批判的で,前者は徹底した呪術的同化を,後者は役を〈生きる〉のではなくて演ずることで〈指し示す〉という徹底した異化の演技を俳優に要求している。
19世紀末から胎動していた演劇と姉妹的な新しい科学的スペクタクル,すなわち映画が20世紀に入ると大発展,当初は舞台から俳優を借りていたが,まもなく映画独自の俳優を生み出すようになる。なかでもアメリカでは1910年代に,大資本によって大規模にスターがつくり出されるようになった。いわゆるスター・システムの盛況である(詳しくは〈スター〉の項を参照)。そしてこの映画俳優のありようは1930年前後に,サイレント映画がトーキー映画に変わるにつれて,そこに要求される資質は内容を変え,たとえば従来の容姿端麗なスターでも声の悪いスターは退陣を余儀なくされた。こうした形勢の変化は,第2次大戦後のモノクロからカラーへの変化,またテレビの進出などによっても起こっている。たとえばテレビの場合についていえば,ことに日本やアメリカのように普及率の高いところでは,器用またあるいは親しみやすいという点ではすぐれているものの,ある意味では映画や演劇より一回りスケールの小さい〈テレビタレント〉と呼ばれる一群の俳優たちが,数多く輩出していることは見落とすことができない。
なお,かつてラジオの発達により,たとえば日本でいえばNHKを中心に,〈声優〉(声だけで出演する俳優)という特殊な俳優の一ジャンルが生み出された。今日ではそれはややすたれてしまったものの,テレビで映画の吹替えを行うアテ師(アテレコ師)などはこのバリエーションといってよい。
現代の一般的思想状況のなかで,とりわけ70年代から現在にかけては演出と同時に俳優の肉体の再評価に熱い視線があらためて注がれている。すなわち,ますます深まる現代世界の相対化,散文化,断片化の状況のなかで,〈見られる者〉であると同時に〈見る者〉でもある身体論の実践者としての俳優の問題が,演劇の商業・風俗化の形勢の反面で,いわば行動する〈生〉へのひとつの重い指標ないし示唆として重要視されていることを最後に指摘しておきたい。
→演技 →演劇[演戯(者)の二重性] →役者
執筆者:渡辺 淳
中国では先秦時代,すでに俳優という言葉が存在し,君主の側にはべり,君主を楽しませる者を指した。単に優,あるいは優人,また倡優,俳倡とも呼ばれる。彼らは小人であったり巨人であったり,何らかの肉体的特色をもっており,歌,音楽,雑技(伎)などを身につけていた。その具体的な活躍は《史記》滑稽列伝に載せられている。例えば,楚の荘王に仕えた孟という俳優は,6尺の大男で弁にたけ,亡き大臣のしぐさを1年余りかけて習得すると,その姿に扮して王に面会し,大臣亡きあと貧困にあえいでいた遺児に対する配慮をそれとなく訴えたり,またその演技力をもって馬好きの王をいさめたりしている。俳優は,諷喩をもっていさめるという一面をも伝統として伝えている。唐末の李可及は,孔子,老子,仏陀の3人は女性であるというのを,身と娠などの音通を用いておもしろおかしくこじつけ,女性である点で共通であるから儒仏道の三教は一つであるとまくし立てて,三教一致にうつつをぬかす天子を揶揄(やゆ)している。
執筆者:西脇 常記
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
音声と動作を主体に全身的表現により、観客を前にして劇を演じる人。演劇は総合芸術であるが、その根本は俳優にある。したがって俳優の起源をどこに求めるかで、演劇のとらえ方も変わる。その意味で俳優の歴史は演劇の歴史である。
[石澤秀二]
古代ギリシア初期(前6世紀)の、ディオニソス神をたたえる円舞合唱で、合唱隊と対話する合唱指揮者を古代ギリシア劇俳優の起源とするのが通説である。俳優にあたるギリシア語ヒポクリテスhypokritesは「こたえる人」の意。そしてアイスキロスらの悲劇時代には、3人の俳優に分化し、劇詩の物語を展開する劇中人物の役を分担し、ローマ時代には一作品に登場する俳優数の制約はなくなった。現在、俳優にあたる英語アクターactor、フランス語アクトゥールacteurはラテン語actorを語源とし、「行為、行動、作用」を意味する語actioから派生した。
中国でも俳優の源は古代の祭司である巫(ふ)にみられ、のちにそれらの祭祀(さいし)から歌舞や滑稽(こっけい)な諧謔(かいぎゃく)戯言で主君に仕える者が出た。これを「優」または「優人」と称し、歌唱中心の者を「倡優(しょうゆう)」といった。孔子の言行録にもあるところから、前5世紀の周代には、伶(れい)人(舞人)、楽人と区別された優人が独立していたことになる。
日本では8世紀に成立した『古事記』『日本書紀』に記された天鈿女命(あめのうずめのみこと)の岩戸開きの舞とか海幸山幸伝説の模倣所作が俳優の起源とされ、「わざおぎ」といわれた。「わざ」とは呪術(じゅじゅつ)的な身体動作で、「おぎ」は神霊を招(お)ぐこと、つまり呪術的な憑依(ひょうい)行動に巧みな人をいい、漢字の「俳優」をあてた。したがって日本では巫的要素が強いともいえる。神社に奉納される神楽(かぐら)などは、現在でも「わざおぎ」の名残(なごり)を伝える。
洋の東西を問わず、生活ないしは生産に結び付いた神事、呪術、労働の行為模倣に始まる変身、憑依行動者を俳優の先駆とすることができよう。
ギリシア末期からローマ期に栄えた劇団はキリスト教支配の中世では弾圧され、教会管理による信者主体の素人(しろうと)たちによる宗教劇が行われた。しかしその一方で、ローマ期以来の流れをくむ滑稽な物真似(ものまね)芸ミモスを中心とする大道芸人が、社会的、宗教的に軽視されながら専門化の道を歩んだ。またシェークスピア劇に描かれたような宮廷道化が領主に仕えるようにもなった。そして西欧で職業的専門俳優団が再生するのは、ルネサンスを迎える16世紀初頭のイタリアが最初である。すなわち仮面即興喜劇コメディア・デラルテが隆盛し、ヨーロッパ巡演を行い、女優も登場した。さらに16世紀後半のロンドンには俳優兼作者のシェークスピアが登場し、劇団を率いて演劇活動を行い(女優はまだ登場しない)、17世紀に入るとパリに、俳優兼作者兼劇団リーダーのモリエールが活動し、女優も活躍する。しかし、モリエールでさえキリスト教の葬儀は拒否されたように、社会的地位は依然として低かった。やがてルネサンス期を経るなかで、各国語が成立し、劇文学が確立していき、常設劇場や上演集団もつくられ、演劇が発展する。俳優も職業的に専門化し、芸術的に自立していったが、近代以前の俳優はいまだ富裕な支配者層の保護下にあったといえよう。
中国でも歴代の皇帝は儒教の倫理に反し、礼式の厳格な雅楽より、劇的で奔放な俗楽や散楽を好んだといわれ、優人は散楽人と同列に扱われた。なかでも唐の玄宗皇帝(8世紀)は散楽倡優の技を奨励し、宮中の「梨園(りえん)」に男・女優数百人を養成したといわれ、後世の俳優たちは玄宗を俳優の祖神とたたえた。
[石澤秀二]
日本では仏教渡来以降、女性禁忌の風潮が強まり、中世では寺社に仕える法体の男性芸人が主体となった。劇団組織をもつ職業的俳優団の成立は中世後期(14世紀)の田楽(でんがく)座や猿楽(さるがく)座が最初であり、このころから演技者をさす役者ということばが使われるようになった。そして室町期に入り、足利義満(あしかがよしみつ)の保護を受けた観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)父子により能楽が大成された。17世紀初頭、出雲(いずも)の阿国(おくに)による歌舞伎(かぶき)踊りは、民衆相手の巫女(みこ)的女芸人の出現だが、女歌舞伎は1629年(寛永6)に禁止され、成人男子のみを役者とすることにより現在の歌舞伎の基礎が確立し、女方(おやま)芸という独特な演技術も成立した。こうして明治期に入るまでは、女役者の存在は公認されず、役者の社会的地位も低かったが、日本の近代化とともに女優が公認され、俳優の地位も確立されていった。現在では「俳優」も「役者」も同義に使われるが、アクターとコメディアンの区別に対応させて、演劇論的に両者を峻別(しゅんべつ)する考え方もある。また西欧の演劇が、どちらかといえば戯曲中心であるのに対し、日本の演劇は俳優中心に展開してきたといえよう。
[石澤秀二]
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…これはやがてほとんどすべての先進国をおおうに至った思想と芸術の革新運動に巻きこまれて先鋭化した。すなわち,大学紛争,ベトナム反戦運動,人種差別糾弾などに呼応して,政治的な主題を扱うと同時に,従来の演劇のあり方を批判して,脚本に対する俳優の肉体の優位,観客参加などを唱えたのである。この傾向は70年代後半になってようやく衰えた。…
…俳優が観客のために,身体の動きや言葉や扮装などによって,ある人物を表現すること。俳優術ともいう。…
…しかし,これ以後も関東大震災,第2次世界大戦などに際して,しばしば危機が叫ばれながら,そのつど不死身のようによみがえって,こんにちまで商業演劇としての中心的地位を譲ってはいない。 66年に国立劇場が設立され,国家の重要文化財としての見地から,歌舞伎を保護育成し,その調査研究を促進し,同時に次代の歌舞伎を担う俳優を養成する体制がととのいつつある。また,松竹株式会社の尽力により,国際文化交流の一環として,歌舞伎はしばしば海外公演の機会を持っている。…
…通常の戯曲はその中間にあるわけであるが,実際の上演に際しては,二つの言語内容は互いに矛盾しながら統一される。すなわち,俳優は一方で役の感情を語り,物語の事件を伝えるのであるが,これは言語に関しては指示内容に相当し,しばしば俳優の表情や息づかいやしぐさや,さらには場面の設定そのものなど,言語の付随的な要素によって伝えられる。むしろ,それらを言語の表現内容として伝えようとすれば,すなわち,〈私は悲しいから泣く〉とか,〈二人のあいだに芽ばえたのは愛である〉などとせりふが直接に表明すれば,その感情や事件の迫真性はかえって減殺されてしまう。…
…俳優として必要な実技や基礎知識を教授すること。近代以前の俳優教育は,稽古や公演などの実際活動を手伝いながら経験的に学習する上演集団内の徒弟制度的な見習い方式が,洋の東西を問わず一般的であった。…
… サルタヒコの名義には諸説あるが,もともと猿女君に属する神なのでそう呼ばれたまでであろう。猿女,猿楽などの〈猿〉は〈戯(さ)る〉で,猿女とは宮廷神事の滑稽なわざを演ずる俳優(わざおぎ)を意味した。やがて芸能化していく狂態まじりの滑稽なわざは,元来呪的儀礼で演じられ,自然の活力を回復させる働きをしていた。…
…(1)神楽芸 カグラは神座(かむくら)の音略で,古代祭祀においては,巫者が神座となる榊などの採物(とりもの)を打ち振りながら神霊を迎えて歌舞したことに始まったものとみられる。記紀の天岩戸神話に示された天鈿女(あめのうずめ)命の俳優(わざおぎ)などがそれにあたり,太陽の衰える冬季,巫者が招き迎えた神霊を天皇の御体にいわい込めて,魂の再生をはかる鎮魂祭にこれが行われ,宮廷ではこれが基で御神楽(みかぐら)が生まれた。民間でもこの鎮魂の神楽は陰陽道,修験道,伊勢神道などの信仰や作法を吸収しながら多彩な展開を示す。…
※「俳優」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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