ニュートン(読み)にゅーとん(英語表記)Helmut Newton

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ニュートン(Helmut Newton)
にゅーとん
Helmut Newton
(1920―2004)

ドイツの写真家。ベルリンに生まれる。裕福なボタン製造業者の家に育ち、ファシズム体制下のドイツで「水泳と女の子と写真にばかり関心をもつ」自堕落な青春時代を過ごす。1936年ドイツの女性写真家イーバYva(本名エルス・ジーモンElse Simon)のアシスタントとなり、本格的に写真を学ぶ。38年シンガポールで新聞社の専属カメラマンとなるがすぐに解雇され、オーストラリアに移る。40年から5年間兵役についたあと、メルボルンに写真スタジオを開き、48年にジューン・ブラウンJune Brawne(1923― )と結婚。ジューンはのちにアリス・スプリングズAlice Springsと名のって写真家となり、彼に大きな影響を与えるミューズの一人となった。
 1958年にパリに移り、ファッション写真を中心に活動するようになる。以後、『ボーグ』『エル』『ジャルダン・デ・モード』Jardin des Modesをはじめとして、多くのファッション雑誌に作品を提供し、時代のテイストを作り出す重要な写真家の一人となった。
 彼が自らの性的な嗜好(しこう)を写真に強く投影するようになったのは、1977年の写真集『ホワイト・ウィメン』White Womenからである。この写真集には、その後のニュートンの写真集にもたびたび登場するボンデージ(身体の束縛、拘束)のようなSM的行為、男女の性の倒錯、窃視症的な視線、暴力と死の匂いなどの要素がたっぷりとちりばめられていた。同時に、その倒錯的なエロティシズムと、長身で肩幅の広い、北欧の女神を思わせる堂々たる肉体をもつ女性への執着が表現されたヌードやポートレートは、ファッション写真の枠組みを越えて注目され、80年代以降は世界各地の美術館やギャラリーで数多くの個展が開催されている。それまでの着せ替え人形的なファッション写真の世界に、なまなましく、直接的なエロティシズムを持ち込んだニュートンの仕事は、多くの模倣者を生むほどの反響をよんだ。
 1980年代以降になると、ニュートンは彼好みの大きな女性たちを撮影した『ビッグ・ヌード』Big Nudes(1981)、有名女優やモデルたちをスキャンダラスなイメージに封じ込めた『ポートレーツ』Portraits(1986)、使用済みのポラロイド写真をコレクションした『ポラ・ウーマン』Pola Woman(1992)などの問題作を次々に刊行し、美術館などでも大きな展覧会を開催できる写真家としての評価を高めていく。『夜のアルシーブ』Archives de Nuits(1992)に代表されるように、その作品は90年代以降さらに冷笑的で暴力的な傾向を強めた。
 なお、1993年(平成5)に女優石田えり(1960― )をモデルに写真集『罪』を撮り下ろすなど日本との関係も深く、「ヘルムート・ニュートン写真展」(2002、大丸ミュージアム、東京)など展覧会もたびたび開催された。[飯沢耕太郎]
『『ヘルムート・ニュートン写真集――Big Nudes』(1991・リブロポート) ▽『罪』(1993・講談社) ▽『ヘルムート・ニュートン写真集――ポラ・ウーマン』『夜のアルシーヴ』(ともに1994・リブロポート) ▽『ヘルムート・ニュートン写真集』(2002・タッシェン・ジャパン) ▽Portraits; Photographies Prises en Europe et Amrique (1986, Nathan, Paris) ▽飯沢耕太郎著『写真とフェティシズム』(1992・トレヴィル)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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