リハビリテーションの定義にはいろいろのものがある。一般には,精神障害,身体障害あるいは慢性疾患を有する人間を,身体的,精神的,社会的,経済的に,できるだけ十分に,できるだけ早く回復させる作業過程をいう。〈rehabilitation〉の〈re〉は動詞やその派生語に添えられて〈再び〉の意を示し,〈habilitate〉はラテン語の〈habilitare(適合させる)〉からきている。〈habilitation〉には〈任官〉〈資格を与えられること〉の意があることから,両者が一つの語になって〈復職,復権,名誉回復〉というような意味をもつ。日本では,更生とか療育とか呼ばれてきたが,現在ではその活動の内容を適切に示す言葉としてリハビリテーションということばがそのまま使われている。
病者および受傷者のリハビリテーションには,疾病や損傷が始まったときから開始される連続した作業の過程が含まれている。まず障害を最小限度に防ぎ,そして一時的に機能が失われた場合にはその回復を図り,できるだけ完全に以前の生活が維持されるようにする。さらに永久的な機能障害を残すものに対しては,最大限に身体的・精神的機能を回復させて,残存能力を利用させ,障害者の能力に最もふさわしい条件下で生活でき,労働できるよう環境面から種々の援助活動が行われる。
リハビリテーションは20世紀のことばである。その歴史をみると20世紀における二つの世界大戦の影響を見過ごすことはできない。第1次大戦後に参戦各国において身体障害,傷兵として恩給を受ける者が800万余にのぼったという。その大部分が25~45歳の生産年齢期の者であったため,各国に彼ら傷兵を再教育し,職業更生の道を開く施設がつくられていった。アメリカにおいては,1918年に戦傷者リハビリテーション法が議会を通過し,やがて一般障害者にも立法化が及ぶきっかけとなった。日本では,38年に厚生省が設置され,傷病保護院が特設されて,のちこれが拡大されてその中に職業課が置かれた。ここを中心として,傷痍(しようい)軍人の職業援護,失明傷痍軍人保護,義肢および作業補助具などの援護行政が行われた。実際の例として,たとえば,当時の臨時東京第三陸軍病院では,常時4000人以上の患者が収容され,大学から召集された整形外科や精神科の医師が中心となって診療を行った。この病院に転送される患者は回復期に入った傷兵たちであり,物理療法,運動療法,職業準備教育に大別されたシステムによって治療され,教育されたという。
第2次大戦中,アメリカ空軍の軍医であったラスクHoward A.Rusk(1901-89)は,軍病院に放置されていた多数の戦傷兵に回復訓練をし,独立した生活を可能にさせ,さらに労働に復帰させた。彼は多数の理学療法士,作業療法士とともに努力して医学的リハビリテーションの体系を確立していった。戦後アメリカの影響を強く受けた日本の医学面にも,こうしたリハビリテーション医学が浸透してきた。すでにそれ以前から日本でも高木憲次は身体障害者の福祉に関する啓蒙に努力して,とくに肢体不自由児の療育を唱えて,日本に初めて整肢療護園を設立していた。こうして日本にリハビリテーション医学会が発足したのは63年であった。
障害が発生した場合,患者の医学的治療がまず実施される。そして障害の除去,軽減のために内科的・外科的治療が行われるが,この急性期の段階ですでに医学的リハビリテーションがかかわっていることが多い。すなわち症状が固定する以前から,二次的損傷の防止を目的とした配慮がなければならず,理学療法や作業療法もここに参画する。たとえば臥床継続によって生じる筋や骨の萎縮,関節拘縮の発生を防止し,その他老年患者に生じやすい胸部合併症に対して呼吸訓練や排痰訓練を行う。したがって最近では,救命センターの中でもリハビリテーションの技術がしばしば応用されるようになった。
急性症状が治まった段階になると,基本的動作能力の回復を当面の目標として運動訓練が指導される。多くの場合,総合病院におけるリハビリテーションの努力はこの段階に重点が置かれている。場合によっては病院での訓練がリハビリテーション・センターに引き継がれることもある。これらの過程を終えた人々のうち大半はただちに家庭や職場に復帰するが,一部の人々は引き続き職業リハビリテーションの期間に入る。もし重度の身体障害が存在すれば,介護を要する程度に適した施設に移って,医学的リハビリテーションと社会的リハビリテーションの対象となるわけである。
社会的リハビリテーションの定義はまだ確立されているわけではないが,世界の各国において障害者の生活の場に関する施策がつぎつぎと実施されている。日本でも,まず施設については身体障害者更生援護施設と身体障害児童福祉施設があるが,その施設の中身についてはまだ問題が多い。次いで,障害者の所得保障が重要な項目となるが,その中心をなす年金の支給が,障害によってばらばらであることが,すでに指摘されている。
障害者のための街づくりも進められている。たとえば交通機関の場合,駅の利用についても,視力障害者や車椅子使用者も安全に利用できるような対策が考えられなければならない。こうした問題は障害者自身の実際の詳細な評価がもとになるべきことで,その改善には障害者の意志によるところも大きい。
リハビリテーションの概念の中には,たとえば特殊教育,障害青年の大学教育,成人障害者の生涯教育などが重要な分野と考えられるようになり,教育的リハビリテーションの範囲はなお拡大しつつある。また職業的リハビリテーションとして,障害者の医学的および教育的リハビリテーションのニーズがある程度まで満たされた後に,障害者の職業相談が重要な役割を演じる。日本のこの方面の歴史も新しいものではなく,現在も大きく進展しつつある。しかし,職業的リハビリテーションの従事者のなかで中心的活動を行う専門職である職業カウンセラーvocational counselorの資格づけが日本ではなされていないなど,教育制度面でも立ち遅れていることは問題である。
障害者の一般雇用は,労働省の管轄下にある心身障害者職業センターにおける障害評価,職業能力判定に始まり,身体障害者職業訓練校で職業訓練を行ってから職業紹介にいたる道すじがある。さらに厚生省においても保護雇用として,一般には就職できない障害者に対して,その障害に適した環境や職種などの条件をととのえて労働の機会を提供することが行われている。職業リハビリテーションにおける顕著なできごととして,身体障害者雇用促進法の改正がある。この改正によって,76年から企業の身体障害者雇用が法的に義務づけられた。障害者の雇用率が法定率に達しない企業に対して納付金を徴収するとともに,雇用率を上回った企業に対しては調整金,報奨金,助成金を出すというものである。しかし実際にはまだ大企業ほど障害者雇用率が低い傾向にある。なお,同法は87年改正で精神薄弱者も対象に含め,障害者雇用促進法と改称された。
〈障害〉ということばは大まかに3通りの意味をもっている。すなわち,機能障害impairment,能力障害disability,社会的不利handicapの三つである。この3者はそれぞれ内容が異なっているのに,日本では同様に〈障害〉という呼び方をしている。疾病や外傷などが生じたとき,身体に損傷を受ける。この病理学的変化は自然に,あるいは治療医学の助けにより完全に回復することが多い。しかし場合によっては身体の欠損,変形,麻痺などが残ることもある。これが機能障害の段階である。機能障害は先天的に生じることもある。次に機能障害のために食事動作や更衣動作が障害されたり,歩行が不能であったりすると,これを能力障害という。たとえば下肢切断という身体障害によって歩行不能という能力障害を生じるが,適切な義足装着により歩行可能となった場合にリハビリテーションによって能力障害が軽減されたと考える。さてこの能力障害の内容は目的動作を社会的に拡大して考えると見方が変わってくる。すなわち,年齢や性に応じて,社会的・文化的生活として,ふさわしいあるべきものを考えた場合,どの程度の不利や制限があるかを基準とする見方である。いいかえれば,これは障害者個人の障害分類ではなく,障害者をとりまく社会環境の分類である。能力障害をもつ個人が仲間の健常者と比較して,社会に置かれた立場がどのように不利であるか,人間としての役割達成の制限がどのようであるかを判定する。このように能力障害とは別に社会的不利として障害を考える必要がある。
以上のように〈障害〉ということばには3通りの意味があるが,リハビリテーションの対象となるのはこのすべての段階である。とりわけ目標となるのは第2の能力障害,第3の社会的不利の軽減である。
日常生活動作activities of daily living(ADLと略称)は人が家庭や社会で生活していくために毎日行うべき基本的な動作であって,障害者のリハビリテーションのプログラムやゴールを設定するうえで重要な基準となる。日常生活動作とは,朝床から起き上がる動作,洗面や用便動作などに始まる個人の生活活動をいう。食事動作,衣服の着脱動作,起立歩行や階段昇降動作,車椅子の移動動作など障害の内容によってかなり種類の多い項目がADLのなかに含まれている。このような基本動作を完全に実行できない場合には,障害者は毎日の生活に他人の介助を得なければならなくなる。障害者のなかにはADLのうちの一つか二つ基本的な動作が自立していないために介助を要する生活に入り,家庭に戻ったり職場に復帰できない場合がある。家庭にその介助ができる人がいないとすれば,この障害者は施設に入所するしかない。したがって可能性があればADL自立のために訓練を受けるべきであって,その訓練内容はきわめて多様である。環境のほうに変更を加えたり,種々の自助具が利用される。ADLを独力で行うことは,必ずしも歩けなくても可能である。日本でも家屋などの環境を調整すれば〈車椅子使用者〉として自立しうる。彼らは仕事はできるし,車椅子操作および身のまわり動作ができ,車を運転できるならば職場に通勤も可能である。
以上のように,日常生活動作能力はリハビリテーションにおける一つの目安にちがいないが,近年こうしたADL重視の考え方に反省が加えられ,障害者個人の〈生活の質quality of life(QOLと略称)〉の向上がリハビリテーションの目標であるとする意見が登場している。ADLの自立はそのための一つの因子ではあっても不可欠の条件ではないとする考え方である。QOLはADLを含みつつも,そのほかに仕事や家庭生活,社会活動,趣味など人生の多様な側面を含んでいるので,個人の価値観ともかかわってくる。
リハビリテーション医療は以下に述べる専門職が,主治医を中心として,チームワークによって遂行するものである。
リハビリテーション医学を専門とする医師の役割は,まず障害の診断を含み,総合的治療と援助を与えるものであるが,その対象となる障害は主として,筋骨格,神経筋,それに関連する呼吸と循環,それに心理的・社会的適応の破綻までも含んでいる。リハビリテーション医はしたがって基礎に広いレパートリーをもち,技術を有している必要がある。正確な診断,評価の技術とともに,障害者を全人格として見ることができる能力がなければならず,しかも診断と治療だけで終わるのではない。患者が残存能力を限界まで用いて再び個人の生活にもどっていくことを助けるために,種々の技術を用いあるいは必要な物的・人的資源を組み合わせるリーダーでなければならない。
理学療法は主として運動機能障害を有する患者に対して,物理的手段や運動を用いて改善させる技術である。理学療法士はまず障害評価を行って筋力テスト,関節可動域測定,日常生活動作テスト,さらに必要に応じて歩行分析などを行い,その結果を評価会議に提出する。そして理学療法プログラムが決められる。患者は毎日のプログラムによって治療,訓練を受けるが,適当な時期にリハビリテーション・チームによる再評価会議が開かれてプログラムの変更が行われる。もちろん,それ以外にも毎日の患者の状態と変化は主治医に連絡される。
作業療法士は身体障害者に対しては,やはり患者の評価として運動機能の精密な動作テスト,認知行為の評価,日常生活動作評価,心理評価,職業前評価などを行う。作業療法のプログラムも身体機能改善,認知機能改善,日常生活動作訓練,職業前訓練などであるが,心理的・支持的作業療法として心理面の活動維持に重点を置くこともある。
ソーシャル・ワーカーはリハビリテーション・チームのなかで,患者のゴール決定とその達成に重要な役割を演じており,心理的・社会的問題点を探り出して解決のいとぐちを与える。問題解決のためには障害者の相談にのり,また他の分野の人々に対して専門的なコンサルテーションも行う。その助言には患者の治療に関することも含まれ,種々の情報や観察結果の報告がある。病院とより大きな社会福祉コミュニティとの連携もソーシャル・ワーカーの仕事で,日本の場合,身体障害者手帳,医療費の助成,障害児教育制度・施設,職業訓練,税金の控除や免除,年金や手当,日常生活援助としての人の派遣や物の給付,住宅あっせん,自動車に関する援助などを適切に紹介する責任をもっている。
リハビリテーション・チームには,以上のほかに言語治療士,臨床心理士,義肢装具士,その他リハビリテーション工学技術者も参加する。そして最後になったがきわめて重要な構成員として,リハビリテーション・ナースがいる。単なる看護婦ではなく,リハビリテーション医学の知識をもち,障害(impairmentのレベルとdisabilityのレベルを明確に分けて)の内容が理解でき,障害に対する患者の適応過程に応じてそのニーズに反応する態度をもつことが要求される。すなわち患者の心理的,社会的,経済的な問題の相互関連を知ったうえで,具体的な技術を行うことができる看護の専門職である。
→身体障害
脳性麻痺はリハビリテーション医学の対象として,小児疾患の代表的なものである。運動麻痺が目だつが,これは非進行的であって成長の過程に生じた脳の損傷による。運動および姿勢の異常が要点であって,大きく痙直型とアテトーゼ型(不随意運動型)に分類できる。この脳性麻痺のリハビリテーションには,その開始の月齢と障害の程度により基本的考え方が異なる。乳児期に療育を開始した場合には,運動と姿勢の異常の改善を図り,種々の運動療法を用いて脳性麻痺への進展を防ぐことが目標になる。たとえば首すわりは姿勢のコントロールにおける指標であるが,バランスが崩れたときに元の姿勢に戻ろうとする反応を引き出すことを試みる。元に戻りきれないときは床に手をつくなどして新たな安定姿勢を求める。また腹臥位で頭が床についている新生児の段階から,ひじ立て位,腕立て位,四つばい位,つかまり立ちへと姿勢の調節を覚えさせるのである。これがさらに年長となり,脳性麻痺として種々の悪い姿勢が固定化された段階では,上記のように運動と姿勢の異常を治しつつも限界が生じる。運動療法で改善が困難となった場合には,補装具の使用や手術により異常姿勢を正し,ADL自立の方向へ促すことが必要となる。近年,脳性麻痺の早期発見・早期療育の有効性が唱えられ,脳性麻痺の発生率も減少の傾向にあるが,胎生期に原因があると思われる脳性麻痺には依然変化がない。さて学齢期に入り,てんかん,言語障害,知覚障害,感覚運動統合障害などの合併症がみられる子どもでは学校の選択が問題となる。運動の異常が正常化する見込みは少なく,関節拘縮があるときは,手術的処置が必要となることもある。しかし成人の障害者と違って高次脳機能についてはまだ発達の余地がある。したがって運動機能のみならず,言語や心理発達,学習などすべての面で最大の能力を発揮できるよう助けるため努力し,できるだけ普通の子どもの生活の中へ復帰させる。従来は近くの普通学校への入学を断られ,養護学校に入学し遠距離通学を余儀なくされたが,最近は心身の障害程度が軽ければ普通学校入学の門も開かれるようになってきている。
ところで養護学校入学児の障害程度は千差万別で,教育的ニーズもまちまちである。知的能力の高い児童もいて,その能力をよりいっそう伸ばす教育も行われなければならない。肢体不自由養護学校教育のなかには教科学習のほかに,養護・訓練という領域が特別に設定されており,その内容は心身の適応,感覚機能の向上,運動機能の向上,意思の伝達という四つの柱から成り立っているが,現在のところ指導的教員の不足が目だっている。さらに成長して,高等学校(または養護学校高等部)へ進む者も増加しているが,こんどは卒業後の進路として進学か就労という大きな問題につき当たる。一般に日常生活動作が可能で身辺自立のできる者は,身体障害者授産施設を含めて就労の道が開ける可能性があるが,身辺自立が困難で常時介護を要する者は,たとえ知的能力が高くても,現状では就労の機会を得ることは難しい。
日本では年間1500~2000人の脊髄損傷患者が発生するといわれる。1970年度の厚生省の調査によると,外傷性脊髄損傷患者が約3万人,その他の脊髄麻痺患者が約3万9000人となっている。その後の調査がないが,現在では10万人は下らないものと考えられる。受傷原因は労働災害として転落事故や下敷事故が多いが,近年は交通事故が増加している。またスポーツによる事故も多い。一方では脊髄内外の疾病もあり,とくに老年者において脊椎管狭窄が基礎にあってごく軽度の外傷で脊髄圧迫を起こす例が増加している。実数としては上にあげた年間2000人を超えるであろう。第2次大戦以前には脊髄損傷の多くは合併症のために死亡したが,現在は正しい治療と合併症の防止により平均寿命に近い期間が期待されるようになった。適切な医療と訓練によって再び独立生活に戻りうる。損傷が頸髄レベルであれば四肢麻痺をきたし,体幹機能障害や呼吸機能障害がでる。胸髄レベル以下の損傷では両下肢の麻痺(対麻痺)を生ずる。そして,いずれの場合も膀胱機能障害を合併する。脊髄ショックの期間には膀胱はまったく機能しないので,カテーテルを用いて尿を取り出すが,この方法には無菌的間欠導尿法を行う場合と留置する場合とがある。ショックから回復するとカテーテルをはずし膀胱訓練を行って失禁を改善させる。膀胱内の検査を行いつつ,患者自身の手で排尿可能になるよう指導する。腸管管理(排便)の問題も重要で,排便を刺激するため薬物も用いられる。褥瘡(じよくそう)予防すなわち皮膚管理は,急性期のみならずリハビリテーション後の全過程を通じて注意すべきことがらである。
脊髄損傷者がリハビリテーションに成功して社会復帰が行われると,当然車椅子生活の時間が長くなる。座位生活のなかで褥瘡発生を予防するためには,1~2時間ごとに上半身の持上げpush upが必要である。理学療法と作業療法は,患者が有する残存能力を最大に発揮させるよう訓練して,日常生活動作の自立と社会復帰に向かって患者の再適応に働きかける。リハビリテーションのゴールは基本的には損傷レベルで決まるが,リハビリテーションのプログラムがうまく進行するか否かには精神面の看護がきわめて重要な役割を演ずる。上に述べた膀胱直腸障害に対する管理手技,褥瘡予防に対する心構え,ADLのうえで独立してやっていくための努力とくふう,それらに習熟し,精神的にも安定した〈車椅子の社会人〉となるまでに相当長期間要するのが一般的である。性の悩みも内在している。社会復帰への道を早期から配慮する必要があり,ソーシャル・ワーカーの役割も大きい。車椅子生活者にとって日本式家屋は適当でない部分が多く,洗面所,ふろ場,台所などの改造を行うものが過半数である。次に介護者の問題があり,患者に男性が多いことから母,妻,嫁に依存することになるが,頸髄損傷者は寝たきりになる可能性が強く,女性にとっては重労働である。最後に就業であるが,脊髄損傷者の就業率は50%以下である。これには身体的問題,交通機関による通勤の問題,職場の環境因子,それに患者の職業再教育の問題などが関与している。
日本の切断者総数は人口の約0.11%(ただし身体障害者手帳保持者)で,全国で約10万人と推計される。1979年に日本リハビリテーション医学会が調査した報告によると,(1)男女比は上肢切断で3.5対1,下肢切断で4.9対1,(2)上下肢別では上肢1対下肢2.2,(3)年齢別では上下肢とも18~24歳で切断したものが多い,(4)原因別では上肢は労働災害,一般事故,戦争などの外傷によるものが83%,下肢は同じく69%を占める。下肢の場合,欧米では動脈硬化症や糖尿病による血行障害が切断の原因の60%以上を占めるのに,日本では男性で8.5%,女性で2.5%にすぎない。年齢層も欧米に比して若年であるので,リハビリテーションが比較的容易であるともいえる。義手,義足の問題については,上肢と下肢とで内容が大いに異なっている。まず上肢切断者について述べると,手関節以上のレベルにおける切断者の数は少なく,また義手を装着して訓練を行っても,これを常時用いるとは限らない。その理由は,容易に健側上肢のみによる日常生活動作を覚えて適応するためである。この状況は上位切断になるほど著しく,義手に上肢機能を代行させることは困難である。どのように精巧な義手でも,現在のところ手の完全な代用にはならない。手には機能の一つに知覚情報を受け取る働きがあり,義手ではとくに困難である。ただ成人における作業用義手の使用は多い。次に下肢切断者であるが,上肢の場合よりも義足装着によりリハビリテーションに成功することが容易である。年齢的に若年者ほど義足使用がうまく,老年者では義肢歩行が困難である。切断のレベルと並んで重要なことは,切断の術式,関節拘縮の有無,断端痛,肥満などの存在である。義足の機能は熟練した義肢製作士と医師および理学療法士の患者歩行チェックをもとに改良し,義肢の適合を十分検討して完成させる。ほとんどの場合,老年者を除いて復職が可能である。老年者には臓器循環障害,糖尿病などの原疾患に心不全などが加わり義肢歩行訓練が十分実施できず,結局車椅子生活になることも少なくない。むしろ早期に義足の適応がないことを判定して短期に車椅子レベルで退院させるのがよいが,最近では高齢者でも義足歩行が実用化する傾向にある。
小児の先天性切断の場合,たとえばサリドマイド児(単なる切断ではなく短縮であるが)やその他の先天性切断の場合でも切断のレベルはすでに決まっていて,問題になるのは外科的なことでなく,むしろ心理的なことがらと子どもの成長に関することがらである。第1の問題は,まず子どもの両親が先天性切断の存在を受容し,欠損を有する子どもを理解するよう助けることであり,第2は適応があれば早い年齢で義肢を装着し訓練することである。そして第3は骨成長が皮膚や筋肉の成長を追い越していくために断端の皮膚の壊死を招くという問題がある。
脳血管障害は長い間,日本の死因統計で首位を占めてきた。これに伴って脳卒中のリハビリテーションは多数の対象者を有し,早期から適切なリハビリテーション・プログラムを実施して大きな効果をもたらすことが知られている。急性期死亡を免れた脳卒中患者のすべてが積極的なリハビリテーション医療の対象となるのではなく,きわめて軽症で特別な訓練を要しないもの,あるいは高度の精神障害その他の合併症のために適応のないものもいる。ただこうした患者も含めて,すべての患者に急性期の初期リハビリテーションを実施して,判定することは必要である。
脳卒中片麻痺患者の予後に関連するのは二次的合併症である。関節拘縮や筋萎縮,起立性低血圧,褥瘡,認知症などの二次性精神障害が多いので,適切な初期リハビリテーションによってこれらを防止できれば機能障害の改善が期待できる。もちろんこのほかに加齢に伴う動脈硬化,高血圧,糖尿病,心疾患,変形性関節症,視力障害,聴力障害などが合併していることが少なくない。したがって患者の予後判定には種々の要素を考慮しなければならない。経験的に,発症後2週間で患肢に自動運動が認められなければ回復の予後は不良である。運動機能回復の兆しは最初の2~3日で現れ,2~3ヵ月で急速に回復する場合が多い。その後の回復は遅くなり,発症後3ヵ月以内に歩行可能とならない例では,その後に歩行動作が自立する可能性は非常に低くなる。これはもちろんリハビリテーション・プログラムを早期に組んだ症例にあてはまることで,麻痺の回復が機能改善に結びつくシステムをとる必要がある。年齢の因子も麻痺回復に重要で,若年者では老年者より早く運動能力を回復する。
理学療法としては,できるだけ早く座位訓練に入り,バランスを教える。この時期は肺炎などの胸部合併症を予防するため呼吸訓練を行い,四肢関節の自動運動と他動運動を加える。とくに肩関節運動を忘れないようにする。片麻痺患者に,かなりの高率で将来肩の痛みを主訴とする肩手症候群が発症して,大きな苦しみを与えるからである。肩の亜脱臼防止にはスリングを用いて,歩行訓練に際しては麻痺側下肢に装具をくふうする。右片麻痺にしばしば失語症が合併するので,その場合は言語訓練が必要である。
長期的なリハビリテーションのプログラムを組む場合には,他の疾患と同様,患者の日常生活動作の自立を目標として理学療法と作業療法を行う。退院に当たっては,十分に協力的な家族がいるかどうかにより,実際のプランが異なる。患者の日常生活動作が自立できない場合に,地域リハビリテーション活動の一環としてのホーム・ケア・システムが必要であり,訪問看護や訪問理学療法・作業療法などの充実が望まれる。比較的軽症者に対しては老人福祉センターなどを活用してデー・ケア方式が考えられる。
老人は,老齢に伴う心身機能の低下,労働能力の減退,有病率の上昇,そして他人の援助なしには生活できないことなどの特徴をもつ。70歳以上の者の約4人に1人が病弱または寝たきりという報告もある。81年の厚生行政基礎調査および社会福祉施設調査報告によれば,65歳以上のいわゆる〈寝たきり老人〉は特別養護老人ホームにいる約9万人のほかに,およそ32万人いるとされる。これらの寝たきり老人の多くが屋内移動,着衣,排便,食事などについて介助を必要としている。また痴呆老人(認知症老人)については,その定義が明確でないために具体的な範囲を特定することが困難であるが,80年東京都における実態調査によると,都下の65歳以上のいわゆる〈痴呆老人〉の出現率は4.6%と推計されている。
老人の心身の働きの特徴は予備力の低下である。外界や環境の変化に対して身体が適応する能力が減じるために,外力によっていったん引き起こされた異常な状態から正常な状態へ復帰するのに,より長い時間を要するようになる。また損傷を受けた場合には補修力が減退している。こうした機能の低下は個人によって差があり,また同一人であっても臓器により,また機能の種類により著しい差が認められる。老人にみられる一般的傾向として,たとえば頭脳の働きについてみると,分析と判断,計算などの能力はそれほど低下しないのに,学習能力,記憶力などは著しく低下している。老年期でとくに衰えが目だつのは記銘力と呼ばれる働き,すなわち新しいものごとを頭のなかに覚え込む力である。そのほか視力や聴力の低下が進むと生活圏の狭小化をきたす。平衡機能の低下についてもよく指摘されるところであるが,閉眼片足起立試験における結果は明りょうな年齢的変化を示している。
73年に老人医療費支給制度が実施されて70歳以上の老人医療費が公費負担となってから,老人の入院患者は増加していると推定される。在院日数も長期にわたるものが多く,循環器疾患(脳血管障害を含む)が首位を占めている。長期化の原因として臥床による合併症,廃用性障害があげられており,その意味からも発病あるいは受傷の直後からリハビリテーション医療を適切に導入すべきであると指摘されている。
障害を有する老人の施設としては,特別養護老人ホームが1963年老人福祉法の制定に当たって新たに設けられ,身体または精神上著しい欠陥があるために常時介護を必要とし,かつ居宅においてこれを受け入れることが困難な状態にある65歳以上の者を入所の対象としている。その後の施設増加はきわめて著しく,社会的需要の大きさがうかがわれる。ただし,ここでは医療面の配慮が不十分であることが問題にされており,またリハビリテーション看護を含めたその基本的なあり方の検討も必要である。一方,在宅老人に対する福祉対策についても,従来のリハビリテーションおよび福祉が施設中心であったことへの反省から,最近は地域中心のリハビリテーション施策の必要が強調されるようになった。現在の地域社会の姿は老人の社会参加を困難にするような要素をもっている。老人が身近に合流でき,老人の諸活動も容易に行えるよう生きがいのある場としての環境づくり,街づくりが急がれる。
執筆者:岩倉 博光
精神障害者を,その能力の範囲で,家庭,職場,地域社会内の社会的役割を遂行できるように援助することを目的とする治療手段であり,精神障害者が社会人としての諸権利を回復できるようにする援助のすべてが含まれる。歴史的にはピネルの道徳療法が最初の契機となったが,具体的に精神科治療体系に組み込まれるようになったのは,第2次大戦以降,欧米で精神病院を中心にして展開された活動からである。しかし,その活動の範囲は,患者が病院に入院したその日から始められる社会再適応へのいっさいの活動と拡大解釈するものから,それらの病院内の治療的活動とは一線を画し,家庭内,職場,一般社会での役割再獲得のための働きかけとするものなどがあり一定しないが,だいたい後者を指している。患者に能力障害disabilityの状態が残っていても,よりよい状態に機能を果たさせようとする働きかけとして行われるレクリエーション療法,作業療法,デー・ケアなど病院内リハビリテーションと,デー・ホスピタル,ナイト・ホスピタル,試験就職,患者クラブ活動など病院外リハビリテーションに分けられる。病院外リハビリテーションでは,住居と仕事が優先課題となる。そこで,生活訓練や試験就職が重要視される。生活訓練の場としては,ハーフウェー・ハウス,共同作業所,グループ・ホーム,共同住宅,里親などがあり,試験的就職としては職親制度や授産施設,福祉工場が利用されている。
生活適応訓練に関与する臨床チームの構成メンバーは精神科医,臨床心理技術者(CP),作業療法士(OT),精神科ソーシャル・ワーカー(PSW)などで,これらが利用する社会資源としては,福祉関係の施設(共同作業場,救護施設),労働関係の施設(職業安定所,職業訓練校)などのほか,精神保健福祉法に基づく諸施設(精神保健福祉センター,精神障害生活訓練施設,福祉ホーム,福祉工場,授産施設)などがある。都道府県が独自に設置している公的なリハビリテーション施設は,川崎市社会復帰医療センター(現,川崎市リハビリテーション福祉・医療センター),東京都立精神保健福祉センター(のち中部,多摩にも設置)と岡山県立内尾センター(2006年廃止)の3ヵ所であるが,私立精神病院が別途に運営している施設もある。
精神科リハビリテーションは,身体障害者のリハビリテーションに比して医療費の裏づけが乏しい。1997年現在,診療報酬点数化が行われているのは精神科作業療法報酬として,1日220点である。あとは職親制度が都道府県自治体で一部実施され,補助費が支出されているのにとどまる。精神障害者の保護雇用制度は身体障害者に比し著しく遅れている。
執筆者:加藤 伸勝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
病気や外傷によって身体的あるいは精神的な障害が起こると、本来ごく自然に行われていた家庭的、社会的生活が制約されるようになるが、こうした障害のある人に対して残された能力を最大限に回復させ、また新たな能力を開発し、自立性を向上させ、積極的な生活への復帰を実現するために行われる一連の働きかけをリハビリテーションという。障害のある人の、傷ついた「人間らしく生きる権利」の全体的な回復(「全人間的復権」)を本旨とするもので、一般に「リハビリ」と略してよばれるような、麻痺(まひ)した手足の機能回復訓練などはそのごく一部である。古くから「権利、資格、名誉の回復」という全人格的な意味で使われてきた語で、たとえば「ジャンヌダルクのリハビリテーション」(異端者として火刑に処せられたという無実の罪の取消しと名誉回復)という用法もある。日本ではかつて社会復帰、更生、療育などとよばれていたが、1960年(昭和35)ごろからリハビリテーションの語をそのまま使うようになり、定着している。
[上田 敏]
リハビリテーションは本来総合的なものであり、伝統的に医学的、職業的、教育的、社会的の4分野に分けられる。
医学的リハビリテーションは医師を中心とした医療スタッフによって実施され、基礎的な日常生活行為や家事の能力、また基本的な職業能力の回復・向上を図る。身体障害者リハビリテーションと精神障害者リハビリテーションに大別される。普通これがリハビリテーション全体の入り口であり、これだけで復職、家事復帰(主婦の場合)などの目標を達成できる場合もある。これだけでは解決できない場合に次の3種のリハビリテーションが必要となる。
職業的リハビリテーションは、職業相談、職業能力評価、職業訓練、保護雇用、就職斡旋(あっせん)などを通じて、職業能力を高め、雇用の実現を図る。
教育的リハビリテーションは特別支援教育(旧、特殊教育)ともよばれ、医学的リハビリテーションと並行して(ときにはそれを含みこんで)行われる。障害児の特別なニーズ(肢体不自由、視覚障害、聴覚障害、知的障害、発達障害など)に応じた教育を行い、知育、徳育、体育、人格形成を目ざす。
社会的リハビリテーションは障害のある人が社会生活を営むうえでの困難を克服するための社会生活力の向上を目的に、各種の支援サービスを提供する。
[上田 敏]
リハビリテーションの範囲は前記のように広いため、全体としてみれば各種各様の分野の人々が関与する。すなわち医学、教育学、職業面、社会福祉面、心理学、工学、行政面などの専門家が参加するばかりでなく、一般の社会人もボランティア活動を通じて大きな役割を果たしている。また障害のある人や家族も積極的な参加者である。これらの人々が一つのチームを組んで、緊密な連携のもとに目標を一つにして努力することが重要である。
身体障害者に対する医学的リハビリテーションを例にとると、参加する職種は十指に余り、医師(リハビリテーション医)をはじめ、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士のほか、義肢装具士、ソーシャルワーカー、臨床心理士は不可欠であり、保健師、介護福祉士、職業復帰カウンセラー、レクリエーションリーダー、教師などが加わることもある。これらの専門家が医師をリーダーとし患者を中心とするチームを編成し、個々の患者ごとにつくられた個別的な目標とプログラムに従って、チームアプローチによるリハビリテーション医療を行うのである。
[上田 敏]
リハビリテーションの4分野のうち教育面はもっとも歴史が古く、盲児・聾児(ろうじ)に対する「特殊教育」は世界的には18世紀、日本でも19世紀にさかのぼる。その他の分野は20世紀になって発展した。第一次世界大戦では、とくにアメリカで戦傷病者の社会復帰・職業復帰が社会問題化して、関連制度がつくられ、職業的リハビリテーションが促進された。戦間期、とくに1920~1930年代にはポリオが大流行し、それに対する医学的リハビリテーションが広く行われ、技術が進歩した。第二次世界大戦では、おびただしい数の戦傷病者に対して病床が不足し、おもにアメリカの病院ではそれ以前から一部に行われていた早期離床early ambulationが広く行われ、安静の害と運動の効果が実証された。それに加えて、ミズーリ州ジェファソン空軍基地の病院で1942~45年に戦傷病兵の積極的なリハビリテーションが行われて大きな効果をあげ、これが戦後の医学的リハビリテーションの発展のきっかけとなった。これを指導したのはラスクHoward A. Rusk(1901―1989)で、彼は戦後まもなくニューヨーク大学リハビリテーション医学研究所を創設し教授・所長となっており、リハビリテーション医学の創始者とされている。
日本では、東京大学整形外科教授の高木憲次(けんじ)(1888―1963)が、大正中期以来肢体不自由児の「療育」の必要を唱え、おもにポリオを原因とする肢体不自由児のリハビリテーションを推進した。療育とは医療と教育(一般教育と職業教育)を統合するもので、総合的なリハビリテーションの理念を先取りしていた。第二次世界大戦中には戦傷兵のリハビリテーション、とくに肢切断に対する義肢製作・訓練が進歩した。戦後になって高齢化社会に対応して、またアメリカ医学の影響も受けて、成人・高齢者のリハビリテーションが盛んになった。1963年(昭和38)には日本リハビリテーション医学会が発足し、日本最初の理学療法士・作業療法士学校が東京都の清瀬に開校した(1966年に第1回国家試験施行)。また1965年には第3回汎(はん)太平洋リハビリテーション会議(東京)が開催され、「総合リハビリテーション」理念の普及に貢献した。
これにはリハビリテーションの科学・技術としての発展も伴っていた。これをリハビリテーション医学の方法論を例にとってみれば、次の三つの時期に分けられる。
第1期は前史ともみられるもので、1920年代からおもにポリオを対象に始まった整形外科的アプローチ、すなわち末梢(まっしょう)性運動障害に対応する方法論(筋力テストや筋力増強訓練を中心とした古典的運動療法理論)が確立された時期である。
第2期は1940年代後半、神経学的アプローチ、すなわち中枢性運動障害に対応する方法論が生まれた時期に始まり、整形外科学と神経学の二つの分野からの方法論が有機的に統合された時期であり、リハビリテーション医学が臨床専門分科として独立した時期でもある。
第3期は1960年代以降で、失語、失行、失認をはじめとする要素的精神機能障害に対する方法論(高次脳機能障害に対応する方法論)が確立されてくる時期である。
以上の三つの方法論がそろった段階で初めてリハビリテーション医学は、広義の運動障害医学として運動行動の障害すべてに対して対応が可能となった。
[上田 敏]
リハビリテーションの4分野はいずれも関連一般領域(特別支援教育にとっての普通教育、職業リハビリテーションにとっての一般職業訓練、社会リハビリテーションにとっての社会福祉一般)と共通する点と異なる特徴的な点とをもっているが、ここではリハビリテーション医学を例にとって、これが一般の医学と異なる特徴を三つ列挙する。
(1)復権の医学 治療医学では健康な体に戻ること(完全治癒)を究極の目標とするが、リハビリテーション医学では完全治癒はできなくても人間らしく生きる権利を回復すること、つまり復権はできるというのが理念であり、治癒させ得ない場合でもあきらめない(見捨てない)点が異なる。患者あるいはその家族が「思ったほど治ってはいないが、日常生活でよくなってきた」と実感できれば、リハビリテーションの効果が認められたことになる。
(2)障害の医学 疾患としては治療による改善がもはや見込めなくなった場合でも、残された障害についてみれば改善の可能性がまだ認められることが多く、リハビリテーション医学はそれを追求していく。障害の医学は横割りの専門が要求され、それがリハビリテーション医学の科学技術としての特徴ともなっている。たとえば、片麻痺(へんまひ)という機能障害は脳卒中、脳性麻痺、多発性硬化症、脳外傷、脳腫瘍(しゅよう)、その他さまざま異なる疾患を原因としておこるもので、それぞれの疾患は治療法も違い、循環器内科や神経内科、小児科、整形外科、脳神経外科など担当する科も違う。しかし、機能障害という面からみると、原因疾患の違いや年齢の相違などよりも障害としての共通性のほうがはるかに大きい。片麻痺をこうした運動障害として多面的に研究するのが「障害学」であり、それがリハビリテーション医学の基礎となる。従来の縦割りの専門分科にとらわれない独特な横割りの学問といえよう。
(3)教育的・代償的方法 リハビリテーションは一般に訓練の医学とみられやすいほど、主として運動療法、作業療法、言語療法など種々の訓練を治療手技として用いるが、これには教育的および代償的な性格が強くみられる。ここでいう教育とは、障害のために正しく動かない身体を正しく動かし、必要な行為が行えるように訓練によって学ぶことであり、運動学習をさす。さらに、こうした手足や言語の訓練よりも重要なことは、障害を「受容」して前向きに生きることを学ぶことで、リハビリテーションは一つの大きな人間教育の過程ともいえる。この障害の受容とはけっして「あきらめる」ことではなく、「障害が人間としての価値を損なうものではない」という価値観の転換であり、人間としての発達、進歩という高度な学習過程である。
また代償というのは、障害部位の機能そのものを回復させることが困難でも、見方を変えて他のものを使ってその目的を達することをいい、次の二つの方法がある。一つは健全な体の部分による代償で、片麻痺で利き手の右手が麻痺したとき、左手で字を書く訓練をする利き手変換がその例である。すなわち、健全な部分の隠れた可能性を活用することにより、全体としての能力を向上させるという独特の考え方である。もう一つは補助具による代償で、義肢をはじめ、車椅子(いす)や歩行補助具(杖類)や自助具などが用いられ、障害者の自立のためには欠かせない方法である。一般医学でも眼科での眼鏡や耳鼻科での補聴器のように補助具による代償は行われているが、リハビリテーション医学ではこれがはるかに大きな比重をもっている。
[上田 敏]
リハビリテーションをよりよく理解するためには、障害についての概念と独特の構造を知る必要がある。障害とは「疾患によって引き起こされた生活上の困難、不自由、不利益」と定義され、下記のような四つの側面があると考えられる。なお世界保健機構(WHO)の国際生活機能分類(ICF、2001)は生活機能(functioning)に問題が生じた状態を障害(disability)と定義し、生活機能の三つのレベル(心身機能・構造、活動、参加)に対応して障害にも三つのレベル(機能障害・構造障害、活動制限、参加制約)があるとしている。本論の四つの側面とは、この三者(客観的障害)に主観的障害を加えたものである。
(1)機能障害(構造障害を含む) 麻痺、失語などの機能障害と肢切断などの構造障害をいい、疾患等(ICFでは健康状態)から直接引き起こされる。活動制限や参加制約の原因となる、またはその可能性のある機能や形態のなんらかの異常をさしている。生物としてのレベルでとらえた障害である。
(2)活動制限 健康状態や機能障害と環境因子との相互関係でおこるもので、個人のレベルでとらえた障害をいい、通常当然行うことができると考えられる生活行為(戸外を歩く、日常の身の回り行為、仕事に必要な行為など)を、実用性をもって行う能力が制限あるいは喪失した状態をさす。
(3)参加制約 健康状態・機能障害・活動制限と環境因子との相互作用としておこった、かつて有していた、あるいは当然保障されるべき基本的人権の行使が制約または妨げられ、正当な社会的役割を果たすことができない状態をいう。すなわち、障害のある人が人間らしく生きていくことを困難にする種々のハンディキャップ(社会的不利)のことで、時代や政策、国や地域などによってその差が著しい。すなわち活動制限は同じでも、障害者に対する社会の受け入れ体制や物理的障壁(バリア)の程度によって参加制約は大きく違ってくる。リハビリテーションの最終目的は参加制約を最小限にすることであり、そのためにはこれをおこす前記の四つの要素、とくに活動制限と環境因子への働きかけが重要である。
(4)体験としての障害 主観的障害、すなわち障害者自身の心の中にある悩みや苦しみといったものである。場合によっては客観的(外面的)な障害よりも、はるかにつらいものとなりうる。これがあると、客観的な諸障害の解決を妨げ、しばしばいっそう悪化させるという点でも重要である。この「体験としての障害」の中核にあるのは「障害者は価値の低いもの」という価値観であり、これは現社会に支配的な、障害者に対する偏見が本人の心の中に取り入れられたものにほかならない。障害者はけっして特別な人でなく、ごく普通の人が障害者になるわけで、多元的な価値の併存を認めるべきであるが、現実の社会の優勢な価値観はそうではない。障害者が自己の障害を受容(克服)する(前記の価値観を「障害の存在が自己の人間としての価値を低めるものではない」というより高い価値観へと転換する)ためには、周囲の人々が偏見を克服してその障害者を受容する(人間的価値を認め、それを尊敬し愛する)ことが重要である。また同時に強く前向きに生きる障害者に接することによって健常者の偏見も克服される場合が多い。
[上田 敏]
障害(生活機能低下)の起こり方には大きく分けて二つの類型があり、それにより医学的リハビリテーションのあり方(プログラム)も二つの類型に分かれる。一つは「脳卒中モデル」、もう一つは「廃用症候群モデル」である。
「脳卒中モデル」とは、脳卒中、骨折、脊髄損傷のように急性に発症した疾患・外傷によって生活機能が急激に低下するが、その後一定の回復や安定化をみせるタイプで、リハビリテーションはその回復を促進したり、残された機能を最大限に活用して代償的な活動能力を向上させたりすることが中心となる。脳性麻痺などの出生時から存在している障害は、出生時に障害が発生したものとみなすことができるのでこの類型に属する。この場合は「回復」ではなく「発達」を促進する点が異なるだけである。従来はリハビリテーションの対象もプログラムもこのようなものが主流と考えられがちであった。この類型では障害発生後できるかぎり早期からのリハビリテーション開始が重要である。
「廃用症候群モデル」とは新しく認識された類型で、廃用症候群(disuse syndrome、活発に使用しない心身の機能は衰えること)単独で、あるいは骨関節疾患その他の慢性疾患に廃用症候群が伴ったことによって生活機能が徐々に(しかし細かくみれば階段状に)低下していくもので、高齢者に多い。現在介護保険を受給するようになった人(活動がある限度以下に制限された人)でみると約半数がこの類型である。廃用症候群モデルに対するリハビリテーションの基本は第一に廃用症候群の予防(活動的な生活の維持)であり、第二には生活機能の低下を早期に発見し、早期に働きかけて回復させることである。とくに廃用症候群は、それ自体は運動機能の低下を起こさない病気を契機にして起こる(「病気のときには安静が必要」との思い込みによる安静のとりすぎで)ことが多いため、安静を必要最小限にし早期離床(早期歩行)を図るだけでもその多くは予防・回復できる。この場合のリハビリテーションとして大事なのは、かならずしも「機能」の回復(筋力増強訓練など)ではなく、「活動」そのものに働きかけて向上させる「活動向上訓練」(杖やシルバーカーによる歩行能力の向上など)である。
こういう目で「脳卒中モデル」を見直すと、脳卒中その他の急性疾患でも、急性発症以前にすでに廃用症候群モデルの生活機能低下をある程度起こしていることが少なくなく、また数か月の集中的なプログラムによって生活機能が向上した時期以降(これまでは「維持期」とよばれていたもの)は、「廃用症候群モデル」に移行するものとみるべきである。従来「維持期のリハビリテーション」と称して、長期(ほぼ生涯)にわたって外来・通所の訓練が必要とされてきたことが多かったが、それには正常な生活・人生の再建を妨げ、いつまでも病人意識を温存させる弊害もある。そうではなく「廃用症候群モデル」のリハビリテーションとして、活発な生活を送ることによる廃用症候群の予防と、生活機能低下の早期発見・早期解決という「間欠的(断続的)リハビリテーション」が必要なのである。
[上田 敏]
医学的リハビリテーションでは医師の指示のもとに、理学療法士による理学療法(筋力増強訓練、起立・歩行訓練、義肢・装具訓練など)、作業療法士による作業療法(上肢機能向上、精神機能向上などを目的に木工、手芸、陶芸などの活動を利用した訓練)、言語聴覚士によるコミュニケーション能力向上のための言語療法、聴覚療法が行われる。また看護師とこれらの職種のチームワークによる日常生活行為(ADL)訓練、家事訓練が病棟を中心に行われる。またソーシャルワーカーが家庭復帰、職場復帰、その他の参加向上に向けて支援する。
また、精神障害者リハビリテーションは、医師による薬物療法や精神療法と作業療法士による精神科作業療法、ソーシャルワーカー(精神保健福祉士)による参加向上支援などがチームワークで行われる。
[上田 敏]
『上田敏著『リハビリテーションを考える』(1983・青木書店)』▽『上田敏著『目でみるリハビリテーション医学』第2版(1994・東京大学出版会)』▽『上田敏著『科学としてのリハビリテーション医学』(2001・医学書院)』▽『上田敏著『リハビリテーションの思想―人間復権の医療を求めて』第2版増補版(2004・医学書院)』▽『上田敏編『リハビリテーションの理論と実際』三訂版(2007・ミネルヴァ書房)』▽『上田敏・大川弥生編『リハビリテーション医学大辞典』(1996・医歯薬出版)』▽『秋元波留夫・調一興・藤井克徳編『精神障害者のリハビリテーションと福祉』(1999・中央法規出版)』▽『大川弥生著『生活機能とは何か――ICF:国際生活機能分類の理解と活用』(2007・東京大学出版会)』▽『鶴見和子・上田敏・大川弥生著『回生を生きる――本当のリハビリテーションに出会って』増補版(2007・三輪書店)』▽『上田敏著『リハビリテーション 新しい生き方を創る医学』(講談社・ブルーバックス)』▽『大川弥生著『新しいリハビリテーション 人間「復権」への挑戦』(講談社現代新書)』▽『砂原茂一著『リハビリテーション』(岩波新書)』
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
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(中谷茂一 聖学院大学助教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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【治療】
診断がなされると治療が行われるが,治療は外科的治療と内科的治療に大別される。外科的治療は手術が主であるのに対し,内科的治療は薬物療法,リハビリテーション療法,生活指導に分けられる。内科的治療で最もたいせつなことは,生体に備わった自然治癒力を助長して,早く治癒にみちびくことである。…
…一般には化粧や武装用に身体につける道具を指すが,ここではリハビリテーションを中心に医療の場で用いられる装具orthosisについて述べる。四肢や体幹の障害に対して,これを助けるために作られ装着されるものをいい,その目的として,(1)変形の予防,(2)安静固定,(3)荷重支持,(4)機能の代償,(5)変形矯正,(6)不随意運動のコントロール,などがあげられる。…
…知覚異常や失語症などは1年以上かけてよくなることがある。【楠 進】
[治療,リハビリテーション]
発作直後は安静を保ち頭を低くする。嘔吐のある場合は麻痺側を上にして横臥させる。…
※「リハビリテーション」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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