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ロビンソン ロビンソンRobinson, Edward G.

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロビンソン
Robinson, Edward G.

[生]1893.12.12. ブカレスト
[没]1973.1.6.
アメリカの映画俳優。本名 Emanuel Goldenberg。 1930~40年代にかけて活躍したギャング俳優,性格俳優として有名。主作品『犯罪王リコ』 (1930) ,『偉人エーリッヒ博士』 (40) 。

ロビンソン
Robinson, Edwin Arlington

[生]1869.12.22. メーン,ヘッドタイド
[没]1935.4.6. ニューヨーク
アメリカの詩人。 17世紀の女流詩人 A.ブラッドストリートの子孫。ハーバード大学中退後,ニューヨークに出て詩作を始めたが認められず,不安定な暮しが続いた。思想詩『空を背にした男』 The Man Against the Sky (1916) で認められ,『全詩集』 Collected Poems (21,ピュリッツァー賞) で名声を確立。この前後からアーサー王伝説に基づく物語詩を発表,『マーリン』 Merlin (17) ,『ランスロット』 Lancelot (20) に続く第3部『トリストラム』 Tristram (28,ピュリッツァー賞) によって広い名声を得た。その後も『カベンダーの家』 Cavender's House (29) ,『タリファー』 Talifer (33) ,『ジャスパー王』 King Jasper (35) など物語詩を多く発表した。暗い宿命観をもちつつも人間の尊厳を信じた詩人である。

ロビンソン
Robinson, Henry Crabb

[生]1775.3.13. ベリーセントエドマンズ
[没]1867.2.5. ロンドン
イギリスのジャーナリスト,日記作者。法律を学び,ドイツに留学,『タイムズ』の海外特派員,法廷弁護士などを務めた。巧みな座談,愛想のよい人柄によって社交界の寵児となり,多くの知名人と交際があった。有名な『日記,回想,書簡』 The Diary,Reminiscences and Correspondence of H.C. Robinson (1869) を残したが,これは当時の社会情勢や事件,またワーズワス,コールリッジ,ラムその他の文人の消息を伝える資料としてきわめて重要なもの。

ロビンソン
Robinson, Henry Peach

[生]1830
[没]1901
イギリスの写真家。初め絵を学んだが,のち合成印画法による寓意的写真で,芸術写真の代表的存在となる。主著『写真における絵画的効果』 Pictorial Effect in Photography (1869) 。

ロビンソン
Robinson, Jackie

[生]1919.1.31. ジョージア,カイロ
[没]1972.10.24. コネティカット,スタンフォード
アメリカのプロ野球選手。本名 Jack Roosevelt Robinson。 1947~56年ブルックリン・ドジャーズの内野手を務めた,初の大リーグ黒人選手。彼の入団は,野球だけではなく,バスケットボールやアメリカンフットボールなどのプロスポーツ界への黒人進出のさきがけとなった。終身打率3割1分1厘。 1962年黒人初の野球殿堂入り。

ロビンソン
Robinson, Joan Violet

[生]1903.10.31. サリー,カンバリー
[没]1983.8.5. ケンブリッジ
イギリスの経済学者。 1925年ケンブリッジ大学卒業。 27年修士号取得,31年同大学講師,65年経済学教授となった。 71年退職。当初「マーシャル理論」の信奉者であったが,P.スラッファの影響を受け,完全競争と完全独占の二元的分裂を克服すべく,『不完全競争の経済学』 The Economics of Imperfect Competition (1933) を著わした。また R.F.カーン,N.カルドアなどとともに研究者集団「サーカス」を形成し,ケインズの『一般理論』執筆に貢献した。一方でマルクスの『資本論』の影響を受け,『資本蓄積論』 The Accumulation of Capital (56) を著わした。この頃から新古典派総合や新古典派成長論の立場に立つ P.A.サミュエルソン,R.M.ソローらとケンブリッジ論争を展開し,彼らを痛烈に批判しつつ『異端の経済学』 Economic Heresies (71) や J.イートウェルとの共著『現代経済学』 An Introduction to Modern Economics (73) でいわゆるポスト・ケインジアンの立場を明らかにした。ほかに『利子率その他諸研究』 The Rate of Interest and Other Essays (52) ,『経済学の考え方』 Economic Philosophy (62) など著書,論文多数。

ロビンソン
Robinson, John Arthur Thomas

[生]1919.6.15. カンタベリー
[没]1983.12.5. ヨークシャー
イギリス国教会の主教,神学者。マールバラ大学,ケンブリッジ大学などに学び,1959~69年の間ウールウィッチの主教となる。この当時出版した『神への誠実』 Honest to God (1963) は教会の伝統的な教理と現代人の意識の断絶を正面から取上げた意欲的な著作で世界的に大きな波紋を引起し,それをめぐる論争は"The Honest to God Debate" (63) にまとめられている。 69年以後ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ付属教会の司祭長,同大学神学部新約聖書学講師。"Redating the New Testament" (76) では新約聖書諸文書の成立年代を従来の通説よりもずっと早い年代におき,新たな話題を投げかけた。 78年に来日。主著は上記のほか"In the End God" (50) ,"On Being the Church in the World" (60) ,"Can We Trust the New Testament?" (77) など。

ロビンソン
Robinson, Lenox

[生]1886.10.4. ダグラス
[没]1958.10.14. ダブリン
アイルランドの劇作家。アビー劇場の主事(1910~14,1919~23)。ジョージ・バーナード・ショーの秘書を務めたこともあり,作品は辛辣な風刺を特徴とする。『クランシーの家名』The Clancy Name(1908)によって世に出,『お気に入りの息子』The White Headed Boy(1916),『破れた指導者』The Lost Leader(1918)などを発表。『アイルランドのアビー劇場』Ireland's Abbey Theatre(1951)の著書もある。(→アイルランド演劇

ロビンソン
Robinson, Sir Robert

[生]1886.9.13. ダービーシャー,ラッフィールド
[没]1975.2.9. バッキンガムシャー
イギリスの有機化学者。マンチェスター大学で学び,シドニー (1912~15) ,リバプール (15) ,セントアンドルーズ (21) ,マンチェスター (22) ,ロンドンのユニバーシティ・カレッジ (28~30) ,オックスフォード (30~55) の各大学教授を歴任。植物色素,とりわけアルカロイドの分子構造の研究で知られ,マラリアの特効薬の合成にも成功。またペニシリン開発にも重要な貢献をなしたほか,有機電子論の発展にも寄与。 1947年ノーベル化学賞受賞。 49年ナイトの称号を贈られた。 53年に来日している。

ロビンソン
Robinson, Peter David

[生]1948.12.29. ベルファスト
イギリスの政治家。北アイルランド自治政府首相(在任 2008~ )。ベルファストのメトロポリタン・カレッジで学んだあと不動産業を営み,その後民主統一党 DUPの結党に参加し,1975年同党総書記となった。1979年イギリス下院議員に当選。1985年のイギリス=アイルランド合意(ヒルズバラ合意)に抗議して議員を辞職したが,1986年の選挙で国会に復帰。1998年の包括和平合意「聖金曜日の合意」に対しては批判的立場をとったが,新たに北アイルランド議会が発足すると地域発展大臣に就任した。2006年,スコットランドセントアンドルーズで行なわれた自治復活に向けた話し合いでは交渉を主導,DUP党首イアン・ペイズリーを首相,シン・フェーン党のマーチン・マックギネスを副首相とする北アイルランド自治政府と北アイルランド議会の完全復活に向けた準備が整った。ペイズリーの辞任をうけて 2008年5月 DUP党首となり,首相に指名された。2010年妻のスキャンダルで一時的に首相を離職。同 2010年6月に行なわれたイギリスの選挙で落選,議席を失った。

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デジタル大辞泉の解説

ロビンソン(Joan Violet Robinson)

[1903~1983]英国の女性経済学者。第二次大戦前にスラッファの影響を受けて不完全競争の理論を樹立。その後、マルクス経済学を研究し、戦後はケインズ理論の発展に努力。著「不完全競争の経済学」「資本蓄積論」など。

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百科事典マイペディアの解説

ロビンソン

米国の詩人。メーン州生れ。大学中退後,27歳で最初の詩集を出したが認められず,《空を背にして立つ男》(1916年)でようやく世に知られる。アーサー王伝説に題材をとった三部作作曲家を主人公とする《二度死んだ男》(1924年)など,失意疎外をテーマにした物語詩が多い。

ロビンソン

英国のケインズ派女性経済学者。ケンブリッジ大学教授。従来の完全競争下の価格理論を修正した《不完全競争の経済学》(1933年),資本蓄積率と利潤率の関係を究明してケインズ理論の動学化を示した《資本蓄積論》(1956年)等で著名。

ロビンソン

英国の有機化学者。マンチェスター大学卒業後,諸大学の教授を歴任し,1930年―1955年オックスフォード大学教授。植物色素,フェナントレン誘導体,アルカロイド生合成等の研究を行い,1947年ノーベル化学賞。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ロビンソン Robinson, Howard T.

1926- アメリカの労働運動家。
1926年ニューヨーク生まれ。昭和34年国際自由労連(ICFTU)沖縄事務所をひらき,初代所長となる。労働基本権のない沖縄の基地労働者を支援し,米国民政府労働条件の改善を勧告,全沖縄軍労働組合(全軍労)の結成につくした。ニューヨーク州出身。バッファロー大卒。

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世界大百科事典 第2版の解説

ロビンソン【Arthur Howard Robinson】

1915‐2004
アメリカの地図学者。カナダのモントリオールで生まれ,1936年マイアミ大学を卒業,38年ウィスコンシン大学で修士学位を,47年オハイオ州立大学で博士の学位を得た。第2次世界大戦中は軍務に服したが,終戦後は一貫してウィスコンシン大学の地理学教室にあって,地図学の地位を飛躍的に高めた。72年から76年までICA(国際地図学協会)の会長を,80年まで副会長を務めた。ロビンソンの学風は地図を広義コミュニケーションの手段としてとらえ,地図のメーカーからユーザーへの情報伝達の実態を心理学的に研究する点に特色がある。

ロビンソン【Edwin Arlington Robinson】

1869‐1935
アメリカの詩人。メーン州に生まれ,田舎町の人々の暗い生活を素材とした詩集《夜の子ら》(1897)によって詩才を認められ,T.ローズベルト大統領にニューヨークの税関の仕事を与えられた。ホイットマンにささげたソネットでは,アメリカの巨匠の歌がやみ,現代では生きる目的を失ったことを嘆いている。彼の詩風はそうした空疎な人物の描写にすぐれ,T.S.エリオットの〈うつろな人間〉を予想させるところがある。その傾向は《リチャード・コーリー》《フラッド氏のパーティ》などの作品にもみられるが,詩集《空を背にして立つ男》(1916)で頂点に達した。

ロビンソン【Edward G.Robinson】

1893‐1973
アメリカの映画俳優。戦前はジェームズ・キャグニー,ジョージ・ラフト,ポール・ムニらと並ぶギャング俳優として知られ,戦後は芸域の広い性格俳優として脇役に回った。 ルーマニアのブカレストのユダヤ人家庭に生まれ(本名はEmmanuel Goldenberg),10歳のときアメリカへ渡って,ニューヨークのローワー・イースト・サイドで育つ。貧者を助ける弁護士を志してシティ・カレッジに入学するが,やがて奨学金を得てアメリカ演劇アカデミーで学び,1915年にブロードウェーにデビューしたのち,舞台と映画で頭角をあらわした。

ロビンソン【Jackie Robinson】

1919‐72
アメリカ大リーグの黒人選手。1947年ナショナル・リーグのブルックリン・ドジャース(現ロサンゼルス・ドジャース)に入団したが,それまで大リーグは黒人選手の参加を認めておらず,ロビンソンは大リーグ黒人選手の第1号に当たる。ドジャース黄金時代の主軸打者,名内野手として活躍,黒人選手台頭の足がかりをつくり,野球殿堂入りした。56年ドジャースとともに来日,豪快なホームランは日本のファンを魅了した。【広畑 成志】

ロビンソン【Joan Violet Robinson】

1903‐83
イギリスの経済学者。1925年ケンブリッジ大学経済学部を優等で卒業,やがて同大学経済学部講師となる。この間26年に経済学者E.G.A.ロビンソンと結婚。当時支配的であったA.マーシャルの経済学に対しP.スラッファらの批判が起こると,その影響を受けて《不完全競争の経済学》(1933)を書き上げた。その後ケインズを囲む若い経済学者の一人として討論に参加,ケインズの《一般理論》(1936)の成立に貢献した。

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大辞林 第三版の解説

ロビンソン【Robinson】

〔Joan Violet R.〕 (1903~1983) イギリスの女性経済学者。ケインズ学派の一人としてケインズ理論の普及と発展に努めた。新古典派の資本理論を批判して「ケンブリッジ論争」の口火を切る。著「不完全競争の経済学」「資本蓄積論」「異端の経済学」など。
〔Robert R.〕 (1886~1975) イギリスの有機化学者。ストリキニンなどのアルカロイドの構造を決定したほか、植物色素やフェナントレン誘導体を研究。有機化学反応に電子論を導入。

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367日誕生日大事典の解説

ロビンソン

生年月日:1863年6月29日
アメリカの歴史家
1936年没

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世界大百科事典内のロビンソンの言及

【ギャング映画】より

…やがてトーキーによって拳銃の発砲やマシンガンの掃射や自動車の疾走などが〈音〉を獲得するや,その暴力とアクションの魅力で大衆を熱狂させ,30年代初頭にギャング映画は黄金時代を迎えることになる。その口火を切ったのが,ギャング映画の古典として知られる次の3作,マービン・ルロイ監督,エドワード・G.ロビンソン主演《犯罪王リコ》(1930),ウィリアム・A.ウェルマン監督,ジェームズ・キャグニー主演《民衆の敵》(1931),ハワード・ホークス監督,ポール・ムニ主演《暗黒街の顔役》(製作は1930年,公開は32年)で,いずれもシカゴのギャングのボスとして鳴らし,当時まだ獄中にあったアル・カポネをモデルにして主人公の無法の人生と末路を描いた。主役を演じたロビンソン,キャグニー,ムニはいずれも一躍スターにのし上がり,また《暗黒街の顔役》でムニの弟分を演じたジョージ・ラフトとともに,4大ギャングスターとなった。…

【野球】より

…20世紀前半の名選手にはタイ・カッブ,ベーブ・ルース,L.ゲーリッグらがいる。 第2次大戦後の話題の一つは,1945年にドジャースのB.リッキー会長に見込まれ契約し,47年一軍入りして大リーグ初の黒人選手となった内野手J.ロビンソンである。激しい人種差別の中で好成績をあげてナ・リーグ新人王となり,以後W.メーズやH.アーロンなど多くの黒人選手が活躍する道をひらいた。…

【経済学】より

…ロビンズのこの立場は,とるべき手段の適正性,それに伴う費用を重要視するものであって,日本で近代経済学と呼ばれる経済学にとって重要な意味をもつものとなっている。もちろん,J.ロビンソンをはじめとして批判は多いが,ロビンズの考え方は現在にいたるまで近代経済学の指導原理の一つとなっている。
【スミス《国富論》】
 経済学が今日のような形での一つの学問分野としてその存在を確立されたのはA.スミスの《国富論》に始まると一般に考えられている。…

【資本論争】より

… 最近の例は,第2次大戦後とくに50年代半ばから60年代終りにかけて,経済成長理論の発展に伴って生じた一連の論争である。それは主として,J.ロビンソンをはじめとするイングランドのケンブリッジ大学の経済学者と,R.M.ソローをはじめとするアメリカのマサチューセッツ州ケンブリッジのマサチューセッツ工科大学の経済学者のあいだに交わされた論争であるため,ケンブリッジ(資本)論争Cambridge controversies in the theory of capitalと呼ばれる。 それまでの数々の資本論争の再現ともいえるこの論争の根底には資本主義経済における生産と分配そして資本主義経済の発展自体を,どのような角度から分析するかについての対立がある。…

【新古典派経済学】より

…そのうえですべての財の市場において価格支配力をもつ経済主体が存在しないならば,一般均衡が成立することを立証し,しかもその均衡はパレート最適であるがために規範的にも望ましいことを主張する。1930年代に行われたJ.ロビンソンやE.チェンバレンの独占的競争理論も,独占の弊害を指摘し,市場が資源配分にバイアスをもたらすことを明らかにしたものの,合理的行動と市場均衡という新古典派の基本仮説を否定するものではなかった。 ところが,J.M.ケインズの《雇用・利子および貨幣の一般理論(一般理論)》は,新古典派からの逸脱であり,ケインズ革命とよばれるにふさわしい出発点であった。…

【ポスト・ケインジアン】より

…70年代に入ると,戦後の世界資本主義体制を支えたブレトン・ウッズ体制が崩壊するに至り,国内均衡と対外均衡を両立させるポリシー・ミックスが求められるなかで,有効需要創出政策としてのケインズ政策は挑戦を受けたのである。 こうした状況下で,J.V.ロビンソンが71年12月,アメリカ経済学会の記念講演において〈経済理論の第二の危機〉を指摘したことは大きな関心を呼んだ。ロビンソンはケインズに続くポスト・ケインジアンの領袖として《一般理論》の一般化のために蓄積と成長・分配の問題に取り組んだが,そのさい,1960年代後半以降の先進資本主義諸国の現状がケインズ自身の直面した1930年代と識別されるものであることに注意を払おうとした。…

※「ロビンソン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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